意訳「曹周本」


第92回
   蓮舟を浮かべて巧みに蓮花の詩を作り 漁船を配して偶々漁船の曲を詠ずる
 さて、賈母の病気は日一日と良くなり、あちこち歩けるようになると、黛玉もまた日一日と良くなってきました。

 探春はこの日、沁芳亭、寥汀花溆、藕香榭のあたりをぐるりと歩いていました。池を見れば蓮の花がたおやかに咲き、大きな青緑色の葉を引き立たせ、そよ風にゆらゆらと揺れ動き、赤いものは瑞々しく、白いものは気品があります。探春は頷いて嘆息し、「今年も蓮の花を愛でることができたけど、来年は見られないかもしれない。花が艶やかに咲いた今こそ詩社を起こすべきじゃないかしら? もともと私の思いつきで始めたんですもの、今また詩社を開くのも終始一貫というものだわ」。

 そう考えていると、宝玉と湘雲がバラの花棚の下からやって来て、探春を見ると笑って言います。 「あんたも来ていたのか。私たちも詩社を起こす前に見に来ようと思っていたんだ」。 探春は「私もそう思っていました。まずお姉さま(李紈)のところに伺って、二日後に詩社を起こせば、その時には林のお嬢様も来られるでしょうから、みんなで船に乗って見たものを歌うも良し、詩を詠むも良し、題を決めず、韻も限定せず、蓮の花を取り囲んで良い詩や歌ができればいいですね。岸に着いたら書写して評を加えたら面白いんじゃないでしょうか」。 宝玉と湘雲は笑い出して、「あんなの考えは万全だね。私たちもあの江南の子たちに習って船に乗りたいと思っていたんだ」。 探春が「私たちは沁芳亭で船を乗ってぐるりと回り、藕香榭で岸に上がった時に、ご隠居様に蓮の花をご覧いただいてはいかがでしょう?」と言うと、湘雲は拍手喝采します。

 宝玉は「李易安(李清照)の『如夢令』の詩を思い出したよ。『興尽きて晩く船を返し、誤りて藕花深き所に入る。いかに渡らん、いかに渡らん、驚かして起こす一灘の鴎鷺(興尽晩回舟、誤入藕花深处。争渡、争渡、驚起一灘鴎鷺)』。これだって、自分で見たからこそ上手く作れたんだよ。私たちも自分で見て詠めば、きっといいものが出来るさ」。

 三人は話しながら、稲香村にやってきました。見れば門外の垣根に沿って咲いたムクゲやノグワの花が艶やかです。数百本のビワには大きな実が鈴なりの状態で、黄金色に輝き、目を奪われます。

 湘雲は見るなり、手を伸ばして取ろうとします。探春は「また食いしん坊が出たわね。婆やたちに摘んでもらいましょうよ」。 宝玉は「要らないよ、私も手伝うよ」と言って、二人で短いハシゴを運んできました。宝玉がハシゴに登って摘み、湘雲は着物のすそでこれを受け止めます。

 そこへ李紈も出てきて、二人のそんな様子を見ると、まず笑い出し、忠告して言います。 「二人まとめて事故にあいますよ、早く降りなさい! 食べたいのなら、カゴを二つ持ってきますけど、食べきれないなら持ち帰ってもらうことになりますよ!」 湘雲は笑って「持ってきてください。何も山盛りにして食べたいわけじゃなくて、木の枝になっているのを味わうだけ。自分で摘んだものが格別なんですわ」。

 李紋と李綺も手を伸ばして摘みます。李紈は宝玉がうっかりして落ちるんじゃないかとハラハラしていましたが、降りてくるとようやくほっとします。素雲と碧月はお湯を運んできて、彼ら四人に手や顔を洗わせます。また、別の侍女が赤いメノウの皿を運んできて、ビワを洗って盛りつけます。

 湘雲は言葉を待たずに、袖を引いて、ビワを取って皮を剥いて食べます。宝玉も食べながら「本当に甘くて美味しいや。嘘だと思ったら食べてごらん」と言って、皮を剥いて探春に一つ差し出します。湘雲も食べながら、「お姉様と李紋、李綺のお二人も食べてみてくださいよ。よそから買ってきたものよりずっと美味しいですから」。 李紈は「私はこれは好きじゃないのよ。この二人が毎日摘んできて食べていたので、もう食べ飽きたのよ」。 李紋と李綺は笑い出して、自分で剥いて食べたり、探春と湘雲に剥いて渡したりします。

 探春も喜んで食べながら、李紈にこう言います。「私たちは後日詩社を再開するつもりなんです。船に乗って蓮を眺めながら、詩や詞を作り、その後に藕香榭でご隠居様に蓮の花を愛でていただきます。お姉様にも来て取り仕切っていただいのですがいかがでしょうか」。 李紈は「素敵ね。私たちの詩社もいろいろあってずいぶん遅れてしまいましたね。今年は蓮の花もきれいに咲いていることだし、詩社を起こすのは面白いわ。既にご隠居様をお招きしたのであれば、鳳ちゃんにも一声かけるべきね。私たちで招待状を書きましょう」。 探春は「でしたら、私が主人を務めますわ」。 そして湘雲が墨をすり、宝玉が紙を広げ、探春が一枚一枚書いて、それぞれに届けさせました。

 宝玉が「邢妹妹にも来てもらってはどうかな」と言うと、探春は「いいですね。今は琴妹妹も出て行ってしまいましたので、宝のお姉さまと香菱さんもお呼びして、香菱さんには気晴らししてもらいましょう」。 李紈が「香菱さんは病気で来られないんじゃないの」と言うと、探春は「私たちが詩を作ってもらいたいと言っていると聞いたら、喜んで来るかもしれませんわ」。 宝玉も「そうだね」と言って、筆を取ってもう一枚招待状を書き、李紈が急ぎ届けさせます。

 鳳姐は招待状を受け取ると、笑って平児に言います。「三の嬢ちゃんが蓮花社を起こして、ご隠居様と私たちに蓮の花を観賞させてくれるのね。もし選ばれて異国に行くことになれば、この園ともお別れでしょうから、彼女にも楽しんでもらわないといけないわね」。 平児は笑って「ごもっとも。でも奥様は詩なんてお作りになれないのに、どうやって楽しませるというのです?」 鳳姐は「いいのよ、その時になれば考えがあるから」。

 さて、数日経つと、黛玉の病気もだいぶ良くなりました。探春はさわやかな陽気を見て、藕香榭に料理と果物を用意させ、賈母、邢、王の二夫人、鳳姐、尤氏らを蓮の花見に招きました。

 李紈と探春は朝食を済ますと、瀟湘館に黛玉を誘いに行きました。宝玉と湘雲は既に来ていて、みんなで一緒に沁芳亭に行きました。見れば、清流が流れ、石段は天を突き、一同は池を取り囲む欄干にもたれ、漂う河水にまっすぐ伸びる蓮の花を仰ぎ見ます。心には荷塘泛舟の情(蓮池に舟を浮かべたくなる心情?)が起こります。

 しばらくすると香菱と宝釵が現れ、惜春、岫烟、李紋、李綺も前後してやって来ていました。探春は喜んで「皆さんお揃いでよくお出で下さいました。それでは船に乗りましょう」。 娘船頭たちが船場から船を進めてくると、船上には白いカーテンが張り広げられ、小舟や棹も備え付けられています。船室の中はきれいに用意が出来ており、左側の蓮の花模様の洋卓の上に紙筆墨硯などが揃えてあり、花模様を彫った金の小卓には菱の実、オニバスの実、ビワなどの果物が、別の洋卓には漱ぎ盆、払子、ハンカチなどが、右側の洋卓には名茶、船室の中には痰壺が置かれています。

 李紈は「林妹妹は風下にお座りなさい」と黛玉を洋椅子に座らせてます。宝釵は香菱に手を貸して黛玉に並んで座り、宝玉と姉妹たちもみな船に乗ります。待書、素雲を除く各部屋の侍女は後方の小舟に乗り込みます。

 李紈はみんなが座ったのを見て、大声で言います。「本日の詩社は蕉ちゃん(探春)の発案によるものです。私は取り仕切りを頼まれましたので、規則に沿って行わせていただきます。今日は蓮をぐるりとまわって詩を詠んでもらうだけで、お題も韻もありません。良い光景を見つけたり、心に感じるものがあれば詩や詞を作っていただき、詠んでもらってみんなで聞きましょう。ここから船で出発し、藕香榭に着いたら岸に上がりますので、それまでに詩か詞を一首作ってください。もし白紙のままなら、岸に上がってから罰を受けていただきます。皆さん、分かりましたか?」 一同が「分かりました」と言うと、李紈は縄を解かせて船を出しました。

 娘船頭がちょっと棹を動かすと、船はすぐに蓮の花の中に入っていきました。李紈はさらに付け加えて、「みんな、おとなしく座っていてね。水に落ちますから船室からは出ないように。よく観察していい詩を作ってね。私は今一首浮かんだわ。もちろん良い詩じゃないけど、叩き台にもなるでしょうから聞いてちょうだい」。 一同は笑って「稲香老農はもう出来てしまったんですね。詠んでみてください」。 湘雲は「急かさないで。私が書き留めますから」と言ったので、それから李紈が詠みます。

 古樹依稀禁暁煙、回欄曲檻映前川 (老木は彷彿として暁煙を禁じ、折れ曲がりし欄干は前川を映す)
 依然青草連幽径、不尽園荷送碧天 (依然たる青草は幽径(小道)に連なり、尽きぬ園の蓮は青天に送る)
 哪得馨香流雅韻、何来秀色逐華年 (何ぞ得ん芳しく雅韻流れ、何ぞ来たりて秀色華年(還暦)を追う)
 風標高格群芳妬、最怕狂風折画船 (風格高くして群芳を妬み、恐るるは狂風が画船を折る)

 宝玉、黛玉、探春、岫烟はこれを聞くとどっと笑いました。一同がすかさず「何がおかしいのです?」と尋ねると、岫烟は「鴛鴦さんが数日前に林のお姉様のところに行って、蓮の葉が『天より青し(碧于天)』だと言ったんです。宝のお兄様が、蓮の葉じゃなくて韋端已の詞の『春水は天より青し』だよっておっしゃったんですけど、鴛鴦さんは『彼女が見たのもきっと蓮の葉で、後日きっとそれを詠む人がいるはずですわ』って。そしたらお姉様が真っ先に『青天に送る(送碧天)』の句を使われたので、それで笑ってしまったんですわ』。 李紈は「岸の上から蓮の葉が晴天に続いているように見えたので、それで『晴天に送る(送碧天)』の句を使ったのよ」。 湘雲は「老杜(杜甫)の『不尽の長江滾々として来る(不尽長江滾滾来)』の句を使って、痕跡を残さずにうまく変えましたね」。 宝玉は「鴛鴦さんの言ったあの句は、私も詠もうと思ったんだけど、稲香老農に詠まれてしまったので、私は消さなくてはいけないな」。

 この時一陣の風が吹いて、蓮の水が揺れ動き、清らかな香りが漂いました。香菱は深く息を吸って、「いい香り。この蓮の香りは久しぶりなので、とても新鮮に感じます。私は七言絶句を一つ作りましたので、お嬢様方聞いて下さい」と言って詠み上げます。

 淡淡清清欲试妆、凌波出水一茎香 (淡泊なる粧いを試さんと欲し、細波の水に出でし一茎の香)
 無情桂樹空相妬、哪得芬芳繞碧塘 (無情なる桂樹は空しく相妬み、青き池を纏う芳しきものなし)

 人々はこれを聞くと皆、嘆息して言いました。「その桂も本当にひどいわね、何事もないのに蓮の花に嫉妬するなんて。香菱さんの詩は情緒があってかなりの腕前ね」。 みんなはしばらく嘆息してから、また景色を眺めるのでした。

 船は次第に綴錦楼付近に差しかかります。探春が眺めれば清波は微に漂い、垂柳は煙のごとく、両岸には赤き楼閣が道を挟んでいます。今日は姉妹達とここで遊んでいるが、今後はもう叶わないのではないかと考え至ると、思わず清愁の思いがこみ上げ、『虞美人』の詞が一首出来たので、「私は詞を一首作りました。詠みますので聞いて下さい」と言うと、一同は詞だと聞いて「早く詠んでください。みんなで聞きますから」。そこで探春はこう詠みます。

 煙霞垂柳風光好、水溢芙蓉沼。櫂歌猶自下蓮舟、愛君亭亭出浴挹清愁
 (煙霞なる垂柳の風光優れ、水溢るる芙蓉の沼。舟歌に蓮舟乗るがごとく、愛君は聳え出浴して清愁を生む)
 飛甍夹道窺朱影、誰擎沙浣镜? 碧波淡蕩伴愁生、戴去一江離恨故国情
 (飛甍の夹道に朱影を窺い、砂に捧げて洗鏡せしは誰ぞ? 青波淡く揺れて伴いし愁い、戴去せし一江の故国離恨の情)

 人々は探春がいつの日か離れ去るかもしれないと言っていることを知り、この詞を聞くとしばらく言葉がありませんでした。湘雲も自分の身の上に思い至って、気持ちを強く動かされ、「私も『更漏子』(詞の一形式)を作りましたわ」と言うと、一同は「みんなで聞きましょうよ」と言うので、湘雲は大きな声で詠みました。

 平沙岸、水清浅、碧藻園荷飛燕。風吹過、月明洲、美人隔画楼
 (平砂の岸は水清く浅く、青藻の園の蓮に飛びし燕。風吹けば、月は砂州を照らし、美人は楼閣に隔つ)
 香霧薄、情懐悪、空対藕花池泊。南枝怨、舟行遅、相看能幾时。
 (香霧薄く心情悪く、空しく藕花の池に留まる。南枝は恨むも舟行は遅く、相見えるは何時か

 一同は、「お二人とも哀愁を詠まれたのは、この蓮の花がもともと憂いを帯びているからですね」。 黛玉は「枕霞旧友は妹の夫(義弟)のことを思い、楼閣を隔てて心情を害されたのね。さらに『南枝は恨むも船行は遅し(南枝怨、船行遅)』とか、『香霧は薄く、心情悪し(香霧薄、情懐悪)』ですって、私に言わせれば、三杯の罰が妥当ですわ」。 一同は笑って「そうですね。この詞では誰かを偲んでいるようですもの」。 湘雲は「瀟湘妃子さんったらでたらめを言って。蓮の花に敬意を表して『相見えるは何時か(相看能幾時)』の句があるのに、いい加減な解説するんですもの」。 黛玉は「他人をとやかく言うべきじゃないわ。あなた自身は楼閣を隔てて何を憂いるの? 『南枝は恨む(南枝怨)』ですって? 何を恨むの? はっきりおっしゃいよ! 宝のお姉様、早くこの方に三杯飲ませてよ」。 湘雲はカッとなって、酒杯を逆に黛玉に飲ませようとします。宝釵はこれを制して、「瀟湘妃子が言ったことも道理ですから、やはりあなたが飲まないといけませんね」と言って、湘雲に一杯飲ませて「妹妹、怒らないでね。義弟さんはきっと元気ですから、しばらく相見えなくなるなんて心配はいらないわよ」と言ったので、一同は笑いました。湘雲は「蘅蕉君にも瀟湘妃子の無駄口が移ってしまったのですね。私、お二人がどんないいのを詠むのか見てあげますわ」。 宝釵は「私はまだ出来ていませんよ」。 李紈は「言わせてもらいますが、あなたと蕉ちゃんの二首とも良かったわ。蕉下客さんの『水溢るる芙蓉の沼(水溢芙蓉沼)』は薛道衡(隋の文学者)の句ですが、上手く持ってきて使いましたね。 『舟歌に蓮舟乗るがごとし(櫂歌猶自下蓮舟)』『戴去せし一江の故国離恨の情(戴去一江離恨故国情)』の句はとても自然なものですね。あなたの『平砂の岸は水清く浅く、青藻の園の蓮に飛びし燕(平沙岸、水清浅、碧藻園荷飛燕)』は、眼前に風景が思い描けますね。 『南枝は恨むも舟行は遅く、相見えるは何時か(南枝怨、舟行遅、相看能幾時)』は離れがたき心情を詠んでいて素晴らしいわ。他のみなさんもよく考えてね」。

 李紋は「私は五言絶句を作りました。詠みますけど皆様に教えを請いたいのですが?」と言うと、一同はみな「結構です。早く詠みなさい」。 そこで李紋は詠みます。

 芳池多素女、翠蓋掩裳紅 (芳池に素女(道教の神女)多く、緑蓋は裳の赤きを隠す)
 婉転娉婷玉、飛香度碧空 (美しき艶玉に転じ、飛香は青空を渡る)

 岫烟は「よい詩ですね、私は『芳池に素女多し』の一句が好きですわ。私も紋妹妹に習って五言絶句を作りましたので、ご教示ください」と言って詠みます。

 南風吹碧樹、緑葉満池潭。 (南風は青樹に吹き、緑葉は池に満つ)
 綽綽虹粧女、榴花応対慙。 (綽々と粧いし女に、榴花も恥じて応対す)

 黛玉はうなずいて、「お二人の妹妹のはわずか四句ですけど、どちらも面白く、筆墨の画法でこの光景を描いていて見事なものですね」。 宝玉は「ほかの人のものをあれこれ言っているけど、あんたはまだ出来ないの? 私もようやく二つ三つの長短句が浮かんだところだけど」。 黛玉は宝玉も詞を作っていることを知り、「どうぞお構いなく! 蕉さん(探春)と枕霞さん(湘雲)はもう素晴らしい詞を披露したんですから、笑われないようにしてくださいね」。 宝玉は欄干にもたれて思案を始めます。

 たちまち芭蕉塢に着き、蓮の花が波間に健気に咲いています。宝玉は船室の外へ出て何枝かを摘み、興を起こしてそれを短笛にして吹き始めます。李紋、李綺、湘雲、探春は思わず笛に合わせて歌い出し、後方の侍女たちも一緒に歌います。李紈は「今は詩詞を作らないといけません。怡紅公子は規則に反していますから罰を受けてもらいますよ」。 宝玉が慌てて短笛を置いて「もう出来てますよ」と言うと、李紈は「出来ていなかったら罰ですよ。早く詠んでください」。そこで宝玉は詠みます。

 風微霧薄、花紅葉翠、綽綽芳姿如許! (風微かに霧薄く、花赤く葉は緑、綽々としてかくも芳しき姿)
 閑来猶自梟婷婷。听無奈、幾番風雨  (徒然になお猛く美し。やむなく聞きし一頻りの風雨)
 清愁露滴、知音難遇、携得一枝帰去  (哀愁にて露滴り、知音には遭い難く、一枝携えて帰去す)
 両情脉脉棹歌回、怕謝却芙蕖一樹  (愛情脈々として舟歌にて巡り、謝絶を怖れる芙蕖(蓮)の一樹)

 湘雲は「ないと言っていたのに、こんなに良いものが出てきましたね。『花赤く葉は緑(花紅葉緑)』はとても鮮やかな句で、蓮の葉の緑と花の赤とをうまく詠みましたね。この詩は『鵲橋仙』ですか?」。 宝玉は「まさしく『鵲橋仙』です」。 探春は「『一枝携えて帰去す(携得一枝帰去)、謝絶を恐るる芙蕖の一樹(怕謝却芙蕖一樹)』も素晴らしいですね。今日は笛を吹いたら良い詩句が出てきたのですから、怡紅公子にはもう一曲吹いてはいかがです?」 宝玉は湘雲と探春の二人が褒めるので嬉しさが込み上げます。さらに笛を吹いてほしいと言われて、ますます興が乗って笛を吹き始め、湘雲、探春らは曲に乗せて歌います。笛の音は抑揚が美しく、水の音と相まって石洞に響きます。小舟は既に寥汀花溆の一帯に差しかかっていました。見れば二本の垂柳が天を覆い、さざ波は滔々と流れ、赤い花がたおやかに咲いています。一同が「ここの景色は素敵ですね、まだ詩はできませんか?」と言うと、李綺が「七言絶句を一首作りました」。 宝玉は「妹妹、早く聞かせてよ」。 そこで李綺は詠みます。

 皎鏡移来照玉容、紅巾梳罷五更風。  (明鏡移り来て玉貌を照らし、紅巾梳きし五更の風)
 百花粉黛無顔色、愛它芳姿自不同。  (百花粉黛(化粧)せしも顔色なく、その芳しき姿の不同なるを愛す)

 一同はいぶかしげに、「本当に良いのができましたね。『紅巾梳きし五更の風(紅巾梳罷五更風)』なんてよくも考え出したものね」。 李綺は「蓮のつぼみが開きかけていて、そよ風が吹いて、垂柳が頭をそっと撫でたので、娘さんが髪を梳いているみたいだなって思ったんです」。 李紈は笑って「良い詩なもんですか、たまたま一句出来たもんだから大きな口を叩いているだけですよ。目の前のお姉様たちが作ったものこそ、本当の良い詩というものですよ」。

 急に宝玉が叫びます。「見て、あれは宝のお姉さんの部屋じゃないかな!」 湘雲、李紋、岫烟らは蓮が群生している所で花を摘んでいましたが、宝玉が叫ぶのを聞いて頭を起こします。果たして蘅蕪苑でした。一帯は磨いたような石壁で、多くの珍しい草花が蔓を伸ばし、石穴に入り込んでいます。湘雲は宝釵を押して言います。「蘅蕪君も早く詠んでいただけませんか?」 宝釵はちょっと考えて、「私も一首出来ているんです。ここには珍しい草花が多く、藤蔓が絡んでいますけど、蓮の花がお題である以上、私もやはり蓮の花を詠みましょう」と言って詠もうとした時、突然一対の鴛鴦が水中で遊び戯れ、サギの群れが驚いて飛び立ちます。一同は手を叩いてワッと声を上げます。宝釵は笑って「これなら二句を直したほうがよさそうですね」。 探春は「では直したうえで詠んでください!」 そこで宝釵は詠みます。

 平湖煙渺、翠柳鳴啼鳥、蒼波翠、蓮蓬小、鴛鴦随碧水、鴎鷺飛清沼。蓮舟動、藕花深処声声笑。
 (平湖に煙霞み、緑柳に鳴きし鳥、蒼波は緑にして、蓮蓬(蓮の花托)小さく、鴛鴦は碧水に従い、鴎鷺は清沼を飛ぶ。蓮舟動き、藕花深き所にて談笑す)
 莫道知音少、自有人家繞。蘅蕪畔、生青草。心随香草緑、夢繞芙蕖俏。憑誰問、軽舟一棹歌声好。
 (言う勿れ知音少なく、自ずから人家に巡る。蘅蕪の畔、青草生ゆ。心は香草の緑に従い、夢に巡る芙蕖(蓮)みめよし。誰に問わん、軽舟に舟歌の声美し)

 李紈は「やはり蘅蕪君の詞は情調が明るいですね」。 探春は「『藕花深き所にて談笑す(藕花深处声声笑)』の一句は特に情緒がありますね。先ほどのサギと鴛鴦にも良い句をもらえましたね」。 宝釵は「あなたの『飛甍の夹道に朱影を窺い、砂に捧げて洗鏡せしは誰ぞ?(飛甍夹道窺朱影、誰擎浣沙鏡)』にも独自の世界観が見て取れますね。どうして思いついたんです?」。 湘雲は「『軽舟に舟歌の声美し(軽舟一棹歌声好)』は私らしい詞句でしたのに、使われてしまいましたわ。この詞は『千秋髪』ですか?」 宝釵は「そのとおりです。あなたの『風吹けば、月は砂州を照らし、美人は楼閣に隔つ(風吹過、月明洲、美人隔画楼)』も真に迫って、格別の世界観があっていいですね」。

 この時、船が荇葉渚のあたりに差しかかると、緑楊の影で一艘の小舟が網を打って魚を捕っていました。宝玉は立ち上がって手を叩いて叫びます。「あの漁船一つで面白みが増しますね。あそこで魚を探っているのは誰だろう?」

 すると、鳳姐がへさきに出てきてしきりに手招きしています。「ここでずっとあなたたちを待っていたのよ。みんな、早く魚を捕るのを見にいらっしゃいよ!」 一同はようやく鳳姐が用意していたことを知りました。宝玉、湘雲、探春、李綺はすぐに行こうとし、鳳姐は急ぎ娘船頭に手助けするように言います。「足下に気をつけてね、そこの踏み板は滑るから水に落ちないようにね」。 四人は船を渡ってきて網を持ちます。船は蓮の花の群生に進んでいき、四人と鳳姐が力を込めて引き上げると、網の中には十数匹の魚が勢いよく飛び跳ねており、船上の娘たちは手を叩いて笑います。

 鳳姐は言った。「いかがです? 今日は皆さんを楽しませているのに、詩はまだお出来にならないの?」 探春は「私たちはみんな作ったんですもの、あなたも一首作ってみてはいかがです? 律詩でなくてもいいですし、言葉も俗で構いませんし、ただ面白ければいいんですよ」。 鳳姐は笑って「意地が悪すぎるわ、私が詩なんか作れるわけがないじゃないの」。 李紈は「だから俗っぽいのをおっしゃいよ、詩のようなものでも詩でなくても構わないんですから」。 鳳姐は「ちょっと考えさせて」と言って笑い、「出来ましたが、馬鹿にしないでね」。 一同は笑って「どうして馬鹿にしましょう。どうぞお詠みになって」。 鳳姐は「民謡を一つこしらえてみましたので、どうぞお笑いくださいね。『漁船曲』ですわ」と言って、笑いながら詠みます。

 誰家女児下蓮塘? 誰家姑娘撒網忙? (どこの娘が蓮池に入る? どこの娘が網を投げる?)
 下蓮塘、撒網忙、喜煞江辺捕魚郎。 (蓮池に入り、網を投げ、歓喜する川辺の漁夫)
 鮮魚活跳美酒香、郎喜妹来妹愛郎。 (生魚跳ねし美酒の香、若者は妹来たりて男を愛するを喜ぶ)

 一同はみな笑って、「二の奥様もご冗談を。この民謡はよく出来ていますけど、私共のようなところで『若者は妹来たりて男を愛するを喜ぶ(郎喜妹来妹愛郎)』なんてことはないでしょう」。 鳳姐は「やがて東海の方へお嫁に行ってしまったら、魚が捕れる所だし、若者が愛する妹の訪れを喜ぶということになるんじゃないかしら?」と言うので、一同は一斉に探春を見て、大笑いとなります。

 探春は笑って罵ります。「鳳辛子さんったら何て立派なことをおっしゃいますやら! 二のお兄様がしばらくいなくなってしまったものですから、お兄様を慕って民謡なんかをこしらえ、代わりに私に恥をかかせようっていうのね! お姉様、早くこの方に三杯飲ませてください」。 李紈が酒を持ってくると、鳳姐は許しを請いて言います。「好妹妹、この三杯の酒は婚礼のお祝いの時まで取っておきましょう。今は船を漕いで蓮の花を見に行きましょうよ」。 探春は「ますますふざけたことをおっしゃるのですね」と言って、李紈の手から酒を受け取り、鳳姐にしっかり三杯飲ませるのでした。鳳姐は笑って「好妹妹、私は民謡を作ったし、お祝いの酒も飲んだし、妹妹たちも詩詞を作り終えたことだし、藕香榭にご隠居様を迎えに行くとしましょう!」

 実は鳳姐は今しがた知らせを聞いており、使いの者が戻ってきて言うには、三のお嬢様が八割方東海国に行くことになりそうで、聖旨はこの両日中に下されるとのこと。だから探春に冗談を言ったのでした。一同は、鳳姐がみんなが詩詞を作り終えたと言ったのを聞くと、黛玉と惜春を指して言います。「瀟湘妃子と藕榭がまだ作っていませんわ!」 惜春は「良いのはあなた方が作り終えてしまいましたもの、もう作れませんわ」。 湘雲は「良いのが残っているかもしれませんし、読み尽くすなんてことはありませんよ」。 惜春は「それならば私もお姉様たちに習って、詞で『菩薩蛮』の一首を作ってみます」。 鳳姐は「詠んでみて。私も聴きますから」。 そこで惜春は詠みます。

 藕花揺曳清波绿、池塘有女顔如王。 (藕花揺れ清波の緑引き、池に王の如き女顔あり)

 一同は素敵と叫びます。「やっぱり良いのが残っていましたね。藕榭のこの二句は素晴らしいですわ」。 惜春は続けます。

 芳草添新愁、淡煙和露幽。 (芳草は新しき愁いを添え、淡き煙は幽かに顕わる
 生来何晒腆、身潔知音鮮。 (生来何ぞ手厚く晒し、身清く知音少なし
 偕隠赴蘭田、黄昏听暮蝉。 (共に隠れて蘭田に赴き、黄昏に暮蝉を聴く

 一同は「なるほど格別の面白みがありますね」。 宝玉は「藕榭も大きくなって、詩や詞にも進歩が見られ、私たちのと比べても勝っているくらいだよ」。 李紈は「藕榭のこの句は人に後れを取るものではありませんが、詩翁の皆さんのもそれぞれ優れたところがありますよ」。

 鳳姐はわざと口を尖らせて、「皆さんのが全て合格で、私のは不合格だって言うの?」 李紈は鳳姐を指さして笑って言います。「皆さん、鳳辛子さんのこのしおらしい様子をご覧なさい。あなたの『漁舟曲』も俗っぽいながら、とても味わいがありましたわよ」。 鳳姐はこれを聞くと太ももを叩いて、「ほら、この『漁舟曲』を作ったことで私も詩翁の仲間入りね。明日も姉妹達が詩を作るのなら、私という詩翁も欠かせないわね」。 一同は「明日も当然あなたをお呼びしますわ」。 鳳姐は笑って「私を主人にしなさいな! 明日は先に言っておきますけど、二席の料理をお届けして、詩は作りませんし、たぶん私は出られませんけど、詩翁の名はいただきますわ」。 一同はこれを聞くと、笑って言います。「計算高いですね。詩を作らないなら詩翁にするわけにはいきませんわ」。 鳳姐はびっくりして、「私が屋敷でお仕事をしていると、たくさん付け届けをくれる人がいますから、その人に出させるつもりでしたのよ。詩翁である以上は酒席だけとはいきませんから、私も明日はちゃんと出せばいいのね」と言ったので一同は笑いがやみません。

 藕香榭がもう目の前になっていました。湘雲は「まだ作っていない方は大変なことになりますよ」。 宝玉は慌てて黛玉を押します。「今日はどうしたの? まだ出来ていないだなんて。舟を降りたら罰を受けないといけないんだよ!」 黛玉は冷笑して「あなた方はみんな、良い詞、良い詩を詠まれましたけど、私が作ったのは『蓮船曲』という五言古詩ですので、きっと罰を受けなくてはいけませんね」。 宝釵は「瀟湘妃子は成算がおありでしょうから、きっと圧巻の作なんでしょう。早く詠んでください」。 そこで黛玉は詠みます。

 田田蓮葉渚、緩緩泛蓮舟。蓮霧沾衣湿、蓮香拂我憂。
 (田は蓮葉の渚、緩やかに蓮船浮かべる。蓮霧濡れて衣服湿り、蓮香は我が憂いを払う)
 低頭弄蓮葉、顧影添憂愁。蓮荷何清瘦?泪洒蓮江頭。
 (低頭して蓮葉を弄び、影を顧みて憂愁を添える。蓮は何故痩せ細る?涙こぼす蓮の江岸)
 晨曦侵暁露、野鶴渡蓮洲。蓮塘揺清緑、蓮亭花影羞。
 (曙光は朝露を侵し、野鶴は蓮洲を渡る。蓮池は清緑に揺れ、蓮亭に花影恥じる)
 蓮溪深不測、蓮江載泪流。采蓮帰未晩、何事苦淹留?
 (蓮溪深く測れず、蓮江に涙溢れて流れる。蓮採りて遅れずに帰り、何ぞ苦しみて滞在す?)
 南風有晴意、送我沅湘游。娥皇挙桂樟、女英結蓮楼。
 (南風に晴意あり、我を沅湘(沅江と湘江)に送りて遊ぶ。娥皇は桂楠を挙げ、女英は蓮楼を結ぶ)
 篙穿波底月、荷醉雨中秋。半江漁火暗、一池風露幽。
 (棹は波底の月を突き、蓮は雨の中秋に酔う。半江の漁火暗く、池風かすかに顕わる)
 茅篷宿花影、茅舍淡煙浮。星光暗蘭芷、月残听鳴鳩。
 (茅とまは花影を宿し、茅舍は淡煙に浮かぶ。星光は蘭芷(蘭とヨロイグサ)に暗く、月残りて鳩鳴くを聴く)
 天際労辛苦、知音信難求。羽化随風去、魂系一沙丘。
 (山際に辛苦を労い、知音信じるも求め難し。羽生え風に従いて去り、魂は砂丘に連なる

 黛玉が一句詠むたびに、歓声が上がり、詠み終えるとすっかり静まり返ります。宝玉は思わず涙をこぼしそうになります。しばらく経ってから、李紈は嘆息して、「瀟湘妃子のこの詩は、情緒が深く細やかでまさしく圧巻の作だと思います。ただ感傷的すぎるので、蘅蕪君の鷹揚な明るさには及ばないでしょうね」。 一同は「そういうことであれば、こちらが第一等ですね」。 宝玉も「その評価は公正ですね」。

 一同が談笑しているうちに藕香榭に到着しました、見れば水を跨ぐように岸をつなぐ欄干の上には既にたくさんの人が立っていました。鴛鴦は賈母を扶けてそこにいました。侍女たちは船が岸に近づくと、みんな船に乗って手を貸します。一同は笑って「私たちがご隠居様を出迎えなければいけないのに、ご隠居様が私たちを出迎えるようになっちゃいましたわね」。 賈母は大声で叫びます。「しっかりと手を出して、嬢ちゃん達が水に落とさないようにするんだよ」。 詳しく知りたい方は次回をお聞き下さい。