意訳「曹周本」


第107回
   賈宅は抄(かす)められて両府は罪に罹(かか)り、家廟に入りて家を挙げて悲声を放つ
 さて宝釵は、薛蟠が逮捕されて投獄されたと聞き、急いで薛未亡人のところへ駆けつけました。薛未亡人は泣きすぎて声も枯れ、宝釵を見ると引き寄せて泣きつきます。「あんたの兄嫁はあんまりだよ! 私はどうしたらいいんだい?」

 そもそも金桂は、大騒ぎした末に実家に戻ると、毎日銭富との快楽に溺れ、漆の如く膠の如く一時も離れず、二人は夫婦として一生添い遂げることを望むようになりました。

 銭富は金桂を妻に娶りたいと思い、金桂はこんなことなら薛蟠に嫁ぐべきではなかったとこぼしていました。嫁入り道具の簪、イヤリング、ネックレスといったアクセサリーや高価な衣服を運び戻すと、どうやって薛蟠をやっつけるかを銭富と話し合いました。金桂は結婚した後、薛蟠が上京したいきさつについてはうすうす分かっていましたが、さらに秋菱と仲の良いふりをして、彼女の口から真相を聞き出していました。

 その日、銭富は茶館で賈璉が訴えられたことを聞き、家に戻って金桂に相談しました。「この機に乗じて薛蟠を告訴すれば、賈家も巻き添えにすることができるんじゃないだろうか?」と言って、すぐに訴状を書いて役所に届け出ました。

 役所では数日のうちに薛蟠が人を打ち殺したとの訴状が二通持ち込まれたため、すぐに逮捕状を取って牢獄にぶち込みました。薛未亡人は慌てふためいて賈家に助けを求めますが、いかんせん賈家でも罪を犯し、自家を守るのも危ういのにどうして構っていられましょう。

 王夫人は夜になってから時間を作ってやってきました。姉妹は顔を合わせて泣くばかりで、どうしていいのか見当もつきません。薛未亡人は泣きながら、「考えもしなかったことがここ数年続き、今また家をひっくり返すような事が持ち上がり、私はどうしたらいいんだろうね?」 姉妹はしばらく相談した末、やはり王子騰に頼むのがいいだろうということになりました。実の兄であり、助けを求めればきっと力になってくれると考えたのでした。

 しかし、王子騰も鳳姐と賈璉の件で非難を受けていました。病気で京師での職を退いた後、持病が再発して家で療養しており、しばらく消息を聞きませんでしたが、近頃になって病気が重くなり、治療の甲斐もなく既に危篤状態に陥っていました。薛未亡人はいかんともしがたく、薛蝌に銀子を渡して運動させますが、兪府尹(ふいん)は受け取ろうとしないため、薛蝌はやむなく獄使の何名かに働きかけ、薛蟠の獄中での苦しみを和らげてもらうことにしました。

 薛未亡人はこれを知って両目を泣き腫らし、「私も年を取り、あの不肖の子があるだけなのに、あの子にもしものことがあったら私は生きていけないよ」。 宝釵と宝琴がなだめすかして薛未亡人はやっと少し落ち着きました。

 一方の賈家ではさらに大混乱に陥っていました。邢夫人は事態に困惑しながらも賈赦に目をやると、顔には血の気がなく、食事も喉を通らずに終日行ったり来たりして夜も眠れないので、とても心配していました。

 王夫人は部屋で涙に暮れており、宝玉は肩を叩きながら慰めます。家僕たちはみな大慌てで走り回り、動静を探っていました。「璉二の旦那様は獄中におられますが、状況は大変苦しく、兪府尹は法に則って裁かれるつもりのようです」との報告があったかと思えば、「薛家でも形勢は不利で、薛の二の若様が働きかけをされています」との報告が上がるといった具合でした。

 賈政は夜遅くに、自らのけじめとして辞表を書き上げました。翌日には北静郡王、南安郡王にあいさつに伺い、また気心の知れた同僚の役人のところへ行って便宜を図ってもらおうとしました。しかし友人たちも、賈貴妃が陛下の寵愛を失った末に薨去し、賈璉は牢獄につながれ、御史(ぎょし/主に官吏の監察に当たった古代の官名)が既に参本(官吏の罪状を摘発して朝廷に奏上すること)をしたので、賈家の権勢が急落し、まもなく大きな災いが降りかかるのは避けられないことを知っているので、わざわざ世話を焼く者はおりません。それでも二人の親王が、時機を見て陛下に上奏しておこうと言ってくれました。賈政は少し安堵したものの、事態がどう転ぶかは全く分からず、大きな不安をかかえたまま屋敷へ戻るしかありませんでした。

 賈赦がこれを迎え、急いでいきさつを尋ねます。賈政は眉を寄せ、かぶりを振って嘆息し、「璉児のことは難しい。兪府尹のところにはネズミ一匹入れないし、全てのことが一度に露呈してしまった。御史が参本をし、陛下はひどく御立腹されたと聞いている。私は辞表を書いて二人の親王殿下にお願いしてきた。何とか二つの世襲職を保てればよいが、これさえどうなることか。はっきりしたことは何も分からない」。 賈赦はこれを聞くと恐れおののき、髭さえも驚きで打ち震えました。賈政は「二人の親王殿下に祖先の顔を立てていただき、上手く取り計らってもらえれば、或いは陛下もこれ以上追究されず、そのうえで再び働きかければ事態は収まるかもしれない」。

 兄弟二人がそんな議論をしていると、大門から慌てて駆けつけた者が報告し、「忠順親王殿下が錦衣衛(きんいえい/明代の秘密組織・軍事組織)の方々を従えてお見えになりました」。 賈赦と賈政はそれが不吉な知らせであることを悟り、跪いて迎えようと慌てて駆け出します。忠順親王は早くも大広間に入ってきたので、賈赦と賈政は急いで平伏しました。

 忠順親王は二人には目もくれず、勅旨について伝えます。「何事もなければ軽々しく伺うべきではないところだが、聖旨を伝えに参った。錦衣衛の官吏を従えて家産を取り調べさせていただく」。 賈赦と賈政は身震いし、恐縮して地に平伏しました。

 忠順親王は告げます。「勅旨の趣を伝える。賈赦は役人と通謀し、勢力を頼んで弱き者を迫害し、品行定まらず、子息の不法を赦し、朕の恩顧に背いた。よって世襲職を褫奪(ちだつ)し、身柄を捕拿す。賈政は家務に厳然と当たらず、子孫の悪事を赦し、祖徳を辱め、朕の意向に背いた。よって工部侍郎の職を罷免するが、処罰は免ずる。その他の家人の財産は封印して監視をつけよ。以上!」 錦衣衛の司官(清代の各部づきの小役人)はすぐに賈赦や宝玉たちを捕縛するよう命じます。その他の者にはそれぞれ監視がつき、身動きを取ることができません。

 間もなく、錦衣衛の司官と王府の長史(ちょうし/古代の高官職)は、司員と番役(ばんやく/明清代の捜査・捕縛・尋問に当たった小役人)に全ての門を固めさせました。女性の親族は大庁の両側にある廂房に押し込め、監視をつけました。侍女や婆やたちは別の部屋に集め、こちらにも監視をつけました。司員と番役は分担して部屋ごとに取り調べを始め、天地がひっくり返るような大騒ぎとなりました。

 しばらくすると、錦衣衛の司官が報告に来て、「東院より土地家屋の権利書を発見し、加えて違法に利息を取っていた借用証書二箱が二重壁の中に隠してありました」。 忠順親王は冷笑して、「やはり暴利で搾取していたのか。訴えは本当だったんだな。すぐにその王煕鳳と申す者を捕らえよ」。 司官は「はい」と答えて下がろうとすると、忠順親王がさらに言います。「もう一度よく調べよ。他に法に違反したものはないか?」 司官はようやく辞します。

 またしばらくすると、王府の長史が報告に来て、「宮中御用の衣服や品を若干見つけましたので、殿下のご指示をお願いします」。 忠順親王は「別に数冊の冊子にし、その他の取り調べたものは一ヶ所にまとめておくように。あとで検める」。

 司員、番役たちは手ぐすねを引いて、喜色満面で取り調べに入り、宝石、首飾り、金杯、玉石の皿などは懐に押し込み、嵩が大きい骨董品、家具、衣服、屏風といったものを一つずつ帳簿に記録します。

 屋敷内には泣き声、怒鳴り声、激しい罵声がやみません。忠順親王は賈政を叱責し、「平素より礼法を遵守せず、今や大罪を犯しながら、かくも泣き喚くとは、勅旨に逆らうつもりか?」 賈政はしきりに叩頭し、「犯官(罪を犯した役人)一家が勅旨に逆らったりいたしましょうか。しかしながら、泣くことは粗相には当たらないかと存じます」。 忠順親王はふんと鼻を鳴らし、「ならばおとなしく罪に服すように、お主が申しつけて参れ。また泣き騒ぐようなら私も責任を持てない、とな」。 賈政は驚いて全身に冷や汗をかき、慌てて叩頭し、起き上がると廂房に入って女性たちにそう申し付けました。

 さらにしばらくして、王府の長史が再度報告に来て、「園内にある櫳翠庵に有髪で修行中の尼僧がおり、名を妙玉と申します。元は貴妃娘娘が省親で屋敷に戻られる時に読経するために入園しておりますが、取り調べを行うかどうかは殿下の判断を仰ぎたいと存じます」。

 忠順親王はちょっと考えて、その尼僧は元より賈家とは関わりがないのだし、経典や財物まで取り調べるのはやり過ぎだろう。そう思い、「ここに来る前は、その者はどこにおったのだ?」と尋ねると、王府の長史は、「問い質したところ、本山の牟尼院とのことでした」。 忠順親王は「ならば、尼僧と道具類は園から出し、その尼僧は牟尼院に戻して住まわせるように」。 王府の長史は「はい」と答え、さらに「園内には親族があと数名住んでおります。一人は邢岫烟と申す者で、賈赦の妻の邢氏の内孫です。あとの三人は賈政の長子の妻(李紈)の叔母と従妹で、かつて国子監の祭酒を務めた李守中の親族です」と告げると、忠順親王はイライラして、「親戚に当たる者は通してやってよい! その者たちの荷物は全て運び出すように」。 王府の長史は了解し、親族の女性のうち、妙玉と李未亡人たちは荷物を整理させてそれぞれの家に帰すように命じました。

 李未亡人たちは監視の者に付き従って園内に戻り、荷物を片付ける際に、李紈の首飾りや衣服も一緒に入れて持ち出しました。後に李紈が解放されてからその手に渡りますが、これは後の話になります。


 さて、賈家が取り調べを受けている時、宝釵は薛家で罪を犯したため、薛家に戻って薛未亡人を慰めていました。「どうか心を広くお持ちになって。兄上はしばらく牢に入るだけです。蝌児があちこちに働きかけていますから、すぐに出て来られますわ。今、お母様がまた病気になられたらどうなるんです?」 薛未亡人は宝釵を引き寄せ、涙を流して、「ねえ、あんたの兄上にもしものことがあれば、私は将来誰を頼りにしたらいいんだい? あんたの義姉さんはあんまりだよ」。 宝釵は「今、あの人のことを言ってどうします! ここは兪府尹に渡りをつけて便宜を図ってもらうしかないでしょう」。 薛未亡人は「あんたのお屋敷でも罪を犯し、璉さんは牢獄につながれたし、これ以上煩わすことはできないよ。あんたの伯父上は病気で虫の息だし、いつもは私たちに良くしてくれた者もみんな顔を背けて他人事のようにしている。いったい誰に頼んだらいいんだい?」 宝釵は嘆息して、「人情が紙のように薄いのは昔からのことだし、今更驚くことじゃありません。今、珍のお兄様が支援を求めに行きましたので、何とか道が開けるかもしれませんわ」。

 そんな話をしていると、突然宝琴がうろたえて部屋に駆け込んできて、「お姉様のお屋敷に大勢の制服を着た人たちがやってきて、各部屋の門を固め、タンスや戸棚をひっくり返しているそうよ。家産の取り調べですって!」 宝釵は驚いて顔を土気色に変え、立ち上がって、「それって本当なの?」

 そこへ薛蝌が倒れ込むように飛び込んできて、「ダメだ、ダメだ! 大殿様、宝玉のお兄様、鳳姐のお姉様はみんな錦衣衛の官員に連れて行かれてしまった」。 宝釵はびっくりして肝を潰し、慌てて薛蝌を問いただし、「宝玉さんと何の関係があるの? どうして連れていかれたの?」 薛蝌は「門前で聞いた話では、宝玉のお兄様は母君の侍女を手込めにして死に至らしめてしまったのと、林四娘の詩で朝廷を揶揄したためだそうです」。 宝釵は「わっ」と泣き出し、「いったい誰の仕業なのよ!」と言って、涙を拭って出て行こうとします。宝琴はこれを引き留めて、「あちらは混乱の最中で、お姉様が行ったところで自ら網に飛び込むようなものですわ」。 宝釵はどうしても行こうとしますが、宝琴は離そうとせず、「お姉様は物わかりのいい方ですのに、どうして今日は分かってくれないのです? 行ったところでどうなるというんです? ここで宝玉のお兄様を助ける方法を考えましょうよ」。 これには宝釵も諦めるしかなく、泣きじゃくりながら、「私も焦ってばかりで何も考えられなかったわ」と言って、頭につけた金のかんざし、首飾り、手につけた腕輪、イヤリングを全て外して宝琴に渡し、預かってもらうことにしました。

 薛未亡人は驚きのあまり昏倒していました。宝釵と宝琴は涙を拭きながら呼びかけます。宝琴が丸薬を飲ませると、薛未亡人は次第に目を覚まし、涙を流しながら尋ねます。「ねえ、宝玉さんはどうなったんだい?」

 そこへ薛蝌が息を切らしながら再び駆け込んできて、「終わりだ、終わりだ! 東のお屋敷も取り調べに遭い、珍のお兄様も連れて行かれてしまった。賭場を開いたことに加えて、蓉さんの奥方の棺材に分不相応にも皇族用のものを使ったためだそうだ。様子を見にお屋敷に入ろうとしたら、番役と司官に怒鳴りつけられ、私まで捕まるところだったよ」。 宝釵は痛哭して「もうお終いよ! うちではどうにもならないわ!」

 ちょうどそこへ王子騰が亡くなったとの知らせが届き、薛家の人々はさらに泣き叫ぶのでした。


 さて、賈家では混乱の極みに達していました。家具や衝立が室内いっぱいに並べられましたが、乱暴に扱われて破損したり、足が欠けたものもあり、割れたガラスや磁器の破片が床一杯に散らばっていました。番役たちは飽くことを知らず、大声を上げて騒ぎ、女性の親族たちはびっくりして肝を潰します。

 侍女や婆やたちの中には恐怖で震え上がる者もいれば、天罰に当たったんだと言って手を叩いて快哉を叫ぶ者もいました。

 忠順親王は土地家屋の権利書、文書などを一つ一つ封印させ、園の後方にある家廟と南京にある先祖代々の墓地を除く全ての不動産を没収しました。家廟の後門を番役に監視させて賈家の人々を家廟に押し込め、再びしかりつけてから、郡王府の長史と衙役(がえき/小役人)、錦衣衛の司官と番役たちを従え、列を正して意気揚々と去って行きました。

 賈家の人々は家廟に入りましたが、まさに驚天動地の出来事でした。

 宝釵は忠順親王が去ったことを知ると、急いで家廟へやって来ました。王夫人は泣きじゃくっており、宝釵を見るとさらに悲しみを増し、「よく戻ってきてくれたね。宝玉も連れて行かれてしまい、どうしていいのか分からないよ!」 宝釵はこれを聞くとあまりに悲嘆して言葉がありません。

 人々は寄り集まって泣いており、率先して取り仕切ろうとする者は誰もいませんでした。宝釵は悲しみをこらえて、「大殿様はお出かけになられたんですか?」と尋ねると、王夫人は「今しがた役所に事の次第を問いただし、支援を求めに行かれたよ。私たちみたいな女ばかりが残されてどうしたらいいんだい!」 宝釵は「奥方様は一家の主です。男の方々は表を駆け回っていますし、ここは上の奥方様に相談なさってはいかがですか?」

 その一言に王夫人ははっと気がつき、急ぎ人に命じて邢夫人を呼んで来させます。二人はしばらく相談した結果、邢夫人は東側の正房に惜春と共に住み、王夫人は西の主屋に趙氏と環と共に住み、東側の三間の耳房は尤氏と賈蓉の妻の住まいとし、西の耳房は李紈が賈蘭と共に住み、東の廂房には鴛鴦と平児が巧姐と共に住み、西の耳房には宝釵、襲人たちが住むことにしました。配置が決まると、各部屋の侍女と婆やに掃除をさせ、廟内にある家財道具や用具を各部屋に分配しました。

 しかし、宝釵が園の入口の門に行って見ると、賈家の人々が追い出された後、まだ封緘(ふうかん)紙が貼られていなかったので、持参した首飾りを門番の衙役に渡して入れてもらい、まだ封印されていない机や椅子、使用人が寝室で使うベッドや幌などの使用物や着る物を運び出したので、各部屋でも幌つきのベッドで寝起きができるようになりました。

 この時、頼大、呉新登ら数名の執事も拘束されましたが、周瑞と林之孝は取り調べの時に屋敷内にはいなかったので、戻ってきて密かに賈政と面会しました。賈政は二人にしばらく身を隠させ、家廟の神棚の下に隠しておいた銀子を取り出して、数名の使用人と共に働きかけに行かせました。

 賈家の成人男子と使用人は市場で競売にかけられるところでしたが、北静郡王、西平郡王、南安郡王が密かに話し合って手を打ったので、被害を受けずに済みました。これは不幸中の幸いでした。

 宝釵は邢、王の二夫人に相談し、「今まさに『木が倒れると猿も散ってしまう(=頭が失脚すれば取り巻きも散らばる)』事態になりました。侍女、婆や、小者たちはどのように処置すべきでしょう? お二人の奥方様の考えをお聞かせ下さい」。

 邢夫人は「私は思うんだけど、いっそ人買いを呼んで売ってしまえば、生活の足しになるじゃないかい? 身の周りには一人、二人の侍女と婆やさえ残しておけばいいんだし」。 王夫人は「私たちの家ではこれまで人を売ったことはありません。みんなに辛い思いをさせるのは嫌だし、侍女や小者たちも可哀想ですよ。家がある者は帰らせましょう。私たちはまだ何とか生活はできるんですから彼らを売ることはないですわ」。 宝釵は「まもなくそんなことに構っていられなくなります。彼らが出て行っても吉と出るか凶と出るかは分かりませんわ」。

 一同はしばらく相談し、王夫人は玉釧児を残し、邢夫人も一人を置いておくことにしました。平児は豊児を、李紈は素雲を残すことにしました。しかし、宝釵の侍女である鶯児、麝月、秋紋はしきりに懇願して、「どんなに苦しくても二の若様、奥様と一緒に暮らしたい」と言うので、彼女たちだけは売らないようにお願いしました。

 王夫人はこれを聞いて涙を流し、宝釵に「襲人が出て行かないと言うのなら構わないよ。鶯児は小さい時からあんたに仕えてきたんだから残してやりなさい」と言いますが、宝釵は「でしたら、襲人と麝月を残しておきましょう。宝玉さんが戻って来た時に旧知の者がいたほうが嬉しいでしょうから」と言いながら嗚咽するのでした。王夫人は涙を流して、「いい子だね、本当にあんたは大したもんだよ」。 李紈は「珍の義姉様の身辺には仕える人がいません。蓉さんの奥さんと側室の方も数名いますから、鶯児と秋紋が出て行きたくないと言うのなら、二人には珍の義姉様に仕えてもらってはいかがでしょう?」 宝釵と王夫人も納得し、二人に尤氏に仕えるように言いました。鴛鴦は平児と一緒にさせました。

 執事は林之孝と周瑞が残りました。旺児夫妻は、自分に罪が及ぶのを恐れ、賈璉の事件が露顕すると密かに外地へ逃げていきました。その他に、李貴ら数名の使用人、焙茗と賈政づきの二人の小者が残りました。厨房では柳の女房が取り仕切って毎日の粗食を作り、さらに四、五人の婆やが残りました。

 賈家がこのような不幸に見舞われ、彼らはこの先暮らしていけるのでしょうか? 実は賈政と王夫人は、元春妃が夢枕に立った後、園内の家廟を修繕し、屋敷内の貴重な値の張る物や、金銀の首飾り、金や銀の塊などを家廟の神棚の下に隠していました。それを取り出して生活費に充て、宝釵も薛家からいささかの物を借りて、何とか一家数十人の糊口を凌ぎました。

 趙氏はそもそも見識がなく、賈璉、鳳姐、宝玉さえ倒せば、世襲職は当然彼女が産んだ賈環が継ぎ、自分は夫人の立場になるものと思っていました。まさかこんな騒ぎになって全てがひっくり返り、自らも災いに巻き込まれるとは思いもよらず、後悔しても及ばず、ただ怒りをこらえ、王夫人に従って日々を暮らすしかありませんでした。

 賈環は人がいない時を見計らって趙氏に恨み言を言います。「これもみんな、あんたがけしかけたことだぜ。どうな気分だい? 世襲職を失ったのはまだしも、飯を食っていく当てすらなくなって。みんなに知られたら、皮を剥いで肉を食われたっておかしくはないんだぜ」。 趙氏は慌てて賈環の口を塞ぎ、「お前は死にたいのかい? 今さらそんなことを持ち出して! まさかお上が白黒問わずにいっしょくたに処理されるなんて思わなかったよ! 先に分かっていたらこんなことにはならなかっただろうさ」。 賈環は「なんでも元妃娘娘が陛下の寵愛を失ってから、お上は我々の粗探しをしていたんだそうだ。この事態も我々が招いた結果というわけさ」。 事ここに至ってはどうすることもできず、運命だと諦めるしかありませんでした。毎日の粗食は喉を通りませんでした。王夫人は病気になり、頭痛や息苦しさを訴えました。宝釵と李紈は心配し、お金を出して医者に診てもらい、また、いささかのお金を柳の女房に渡し、鶏や卵を買って王夫人に料理を作ってもらいました。王夫人は食べようとしませんでしたが、宝釵と李紈があれこれと慰めてようやく少し食べ、残りは賈環が持っていってしまいました。

 一方で賈政は、林之孝と周瑞を従えて毎日奔走していました。賈赦は賈雨村が薛蟠の案件を審理した一件で既に免職となり、石阿呆の十二本の扇を奪い取って死に追いやったことでさらに罪一等が加わりました。賈赦はようやく賈雨村が自分に罪を押しつけたことを知り、あんな扇子を欲しがるのではなかったと深く後悔しました。賈赦、賈珍たちはみな牢につながれ、鳳姐も女牢に入れられました。獄吏、獄卒たちは賈家からかなりの金銭を受け取っていたので、処遇は穏便に行われ、鳳姐は一人部屋に入りました。賈赦と賈珍は罪状が重かったため二人で一部屋になりました。宝玉は罪が軽く、獄神廟に入れられました。

 賈政たちは幌つきベッドなどの物を届け、また毎日食事を届けて獄中の賈赦や賈珍らを安心させ、外では金をばらまいて運動していました。

 とは言え、彼らは生まれてこの方、綺麗繁華、富貴温柔の郷で育ったため、どうしてこんな窮屈な思いに耐えられましょう。獄吏が便宜を図ってくれるとはいえ、ずっと同じ場所に留め置かれ、牢獄の部屋は賈家の屋敷の最下層の人々の部屋にも遠く及びません。下は泥土で非常にジメジメしており、林之孝に頼んでボロボロのベッド二台と椅子一脚を入れてもらいました。賈赦と賈珍はこんな部屋で暮らしたことなどありませんでしたが、どうすることもできず、我慢するしかありませんでした。一日過ぎるのが一年のように長く、屋敷の情景を思い出しては涙を流すのでした。

 賈珍は賭場を開帳しただけならまだしも、平素から賈珍に恨みを抱いていた家人から、息子の嫁と不倫関係を持ち、死に至らしめたとの訴えまで起こされ、大いに驚愕していました。

 叔父と甥の二人は相対して座り、顔を覆って泣き、「元妃娘娘が寵愛を失われた後、陛下は早くから私たちの粗を探しておられ、とうとう二つの世襲職とも失ってしまった。いずれどの面さげて地下の歴代の御先祖様にお会いできようか!」と言いながら、また涙を流して嘆息するのでした。

 鳳姐は獄中で更に死なんばかりに泣いていました。鳳姐は元々気丈な女性ではありますが、こんな苦しみを受けたことはなく、尤二姐の死や張金哥夫妻の自殺を思い起こせば、自分が責任を免れることはできず、死んできれいになるしかないと考えるのでした。

 鳳姐が早まったことをしようとしていることは、牢獄の女性看守が気付きました。実は、その女性看守は宝玉の部屋づきだった茜雪の母親でした。看守することになったのが栄国邸の奥方と聞いて非常に驚いていたのですが、鳳姐が食事を摂らずに死のうとしているのが分かったので、時折そばに付き添ってあれこれと慰め、「奥様は心を広く持ったほうがよろしいですわ。事ここに到れば、落ち着き方を考えるべきでしょう。私の娘婿は衙門で文書係の師爺(しや/明清代における官僚の私設秘書)をしていますので、必要な時は、奥様に手心を加えて書いてもらうようにお願いしましょう。奥様には嫁入り前の娘さんもいるのに、どうして見捨るようなことをされるのですか!」 鳳姐は巧姐のことを持ち出されると非常に悲しくなり、声も上げずに泣くのでした。

 女看守はさらに、「奥様はどうして命を粗末にされるんです? この獄中には奥様より重い罪を犯したものがたくさんいるんですよ! それでもその者たちは死にたいとは思っていません。俗に『天が人を絶やす道はない(≒捨てる神あれば拾う神あり)』とか『後ろに一歩退けばきっと楽になる』と言うではありませんか。娘さんの身になってみてください。獄中の旦那様は、助けてくれる人がいなくてもしっかりと生きていかないといけないんですよ!」

 鳳姐は賈璉のことを言われると、更に悲しくなって泣きました。思えば今、夫婦二人がともに獄につながれ、会うことも出来ません。巧姐一人を残して、どうして安心できましょう。もし自分が先に出られたなら、賈璉が助け出された時に、自分の罪がちょっと軽くなるかも知れない。そう思うと、床に跪いて、女看守に何度も叩頭して言いました。「あんたは私を生まれ変わらせてくれた大恩人よ! もし私を助け出してくれるのなら、今世ではあんたに報いることができないけど、来世は馬に生まれ変わって、あんたを乗せて西方に行き、仙人なり御仏なりになってもらいましょう。何とかよろしくお頼みします!」。 その女看守は慌てて鳳姐を助け起こし、「奥様、お礼は要りませんわ! 『人の一命を救うは七層の仏塔を造るに勝る』と言うじゃありませんか! ましてや栄国府の奥様ですもの。娘婿に頼んでみます。知らせがあったらお伝えしますので、奥様にはご安心下さい」。 鳳姐はふたたび枕の上で二度叩頭すると、悲しみも少し和らぎ、毎日食事を取るようになりました。

 平児は数日おきに巧姐を連れて会いに来て、食事の世話をしました。鳳姐は涙を流し、言いたいことはたくさんありましたが、あまり話すことはできませんでした。続きはどうなるでしょうか、次回をお聞きください。