紅楼夢地名事典

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(1)直隶(直隶省)
順天府(北京)
 明清代の行政区で現在の北京市に相当します。紅楼夢の作者・曹雪芹は実家の零落後に家族と共に北京に移り、晩年は北京西郊で紅楼夢の執筆に没頭したとされます。このため、作中ではことさらにぼかされていますが、紅楼夢の主舞台となる栄国府・寧国府は北京にあります。
 長安・中京(凡例・第6回)
 紅楼夢の冒頭で、「長安」は昔から慣用している名称だから、「中京」は天子様のお膝元は中をもって尊しとすべきであるから、としてわざわざ使用する上で注意書きをいれています。また、第6回で劉婆さんが「この長安の都は…」と言っています。
 寧栄街(第2回)
 寧国邸と栄国邸の所在地。
 興邑(第24回)
 賈璉が賈芸に「明日は興邑までひとっ走りせねばならん」と言っています。「紅楼夢語言詞典」によれば北京南郊の大興県を暗示しているといいます。
 興隆街(第32回)
 賈雨村が住んでいたところ。「紅楼夢語言詞典」によれば、現在の北京前門外にこの名前の通りがあるそうですが、「紅楼夢小考」によれば、清代光緒年間には北京城内に興隆街と呼ばれる通りが5つもあったそうです。
 紫壇堡(第33回)
 長安の東郊外の村。蒋玉函が家屋敷を買い入れたことを、宝玉が忠順親王に語っています。
 小花枝巷(第64回)
 寧栄街の裏手二里ほどにある横町で、賈璉が尤二姐と新婚生活を送りました。「紅楼夢小考」によれば、清代光緒年間には花枝胡同という横町が北京の内城西城と牛街付近に二つあったそうですが、同名の横町は各地に多く、これから大観園の位置を特定することはできない、とあります。
 鼓楼西大街(第57回)
 薛家の管理する恒舒質店があり、邢岫烟が綿入れの着物を質に入れました。「紅楼夢語言詞典」によれば、現在の北京にこの名の通りがあり、鼓楼と徳勝門を結んでいるそうです。

(2)山西省

大同府(第80回)
 孫家(孫紹祖)の本籍地。現在の山西省大同市。雲崗石窟で有名。

(3)江蘇省(江南省)

江寧府(第13回)
 現在の南京市に相当し、清初に江南省(康煕年間に安徽省と江蘇省に分かれました)の省府となり、上元県、江寧県、句容県、溧水県、江浦県、六合県、高淳県の7県が置かれました。江寧府は曹雪芹の故郷であり、曾祖父の曹璽が康煕2年に江寧織造(こうねいしょくぞう)に任じられてから60年余りにわたって曹家が勢力を張りました。
 作中では、賈珍が載権に渡した賈蓉の履歴に「江南江寧府江寧県監生」と書かれています。
 金 陵(第2回)
 賈・史・王・薛家の原籍地。賈家の留守宅があり、金彩夫婦(鴛鴦の父母)が屋敷番をしています。また甄家の主人・応嘉が金陵城内の勅任体仁院総裁をしていました。
 金陵は南京の呼称また雅称。戦国時代、楚の威王の時、金を埋め城を築き、金陵と称したといいます。三国時代に呉の都(建業)となり発展しました。 
 石頭城(第2回)
 南京の別名。賈家の留守宅があり、通りの北側の東が寧国邸、西が栄国邸となり、両邸が続きあって街の大半を占領した形になっています。
 もとは戦国時代に楚の威王が築いた金陵邑城を、三国時代に呉の孫権が石頭城と改めたことに由来しています。
 応天府(第3回)
 賈雨村が賈政の力添えで金陵応天府の知事になりました。
 応天府は明代の政区名で、南京とその周囲を含む地区を指し、永楽帝が北京に遷都してからは南京と改名されました。

蘇州府
 現在の蘇州市。隋代の大運河開通、宋・元代の海外貿易により繁栄し、明・清代には全国有数の経済都市として発展しましたが、太平天国の乱で衰退し、上海にとって代わられました。曹雪芹の祖父・曹寅は当初蘇州織造に任じられ、その後、曹寅の義兄に当たる李煦が20年余りに渡って同職を務めました。
 姑 蘇(第2・16回)
 林如海の本籍地で、彼の死後、賈璉と黛玉が柩を送っていきました。また、第16回では元春の省親にあたり、賈薔が芸事の師匠の招聘・女の子の買い入れ、楽器等の購入のために出向いています。
 姑蘇は蘇州の別名で、西三十里にある姑蘇山からついた名前です。
 閶門(しょうもん・第1回)
 蘇州城の西門で、一帯は明清代には中国最大の商業エリアとして発展しました。春秋戦国時代に呉軍が楚を討つためにここから出発し、凱旋したことから破楚門ともよばれます。
 十里街(第1回)
 閶門外の町。架空の地名。仁清巷という小路の奥に葫蘆廟と甄士隠の屋敷がありました。
 玄墓山(第41回)
 妙玉はかつて玄墓山蟠香寺で修行をしていました。玄暮山は蘇州にある鄧尉山の別名。
 虎邱山(第67回)
 薛蟠が宝釵に土産としてもってきた中に虎邱山で作らせた自分の人形がありました。蘇州の北西にあって「呉中第一名勝」と称され、春秋時代に呉王の夫差が父親の阖闾を葬るために造った丘だと言い伝えられています。

鎮江府
 現在の鎮江市で、清代には丹徒県、丹陽県、金壇県、溧陽県の4県が置かれました。
 京 口(第69回)
 煕鳳に張華の暗殺指令を出された旺児が、逐電して3日目に京口で殺害されたと報告しました。
 京口は現在の江蘇省鎮江の古名。三国時代に孫権が京口県を置いたのが始めで、以後南北水陸交通の要所として発展しました。「紅楼夢語言詞典」によれば、作者は京の辺境の意味でこの地名を借用した、とされます。

毘 陵(第120回)
 現在の江蘇省常州市の古名。長江の渡し場で、江南の穀倉地帯。賈政が金陵から長安に帰る途中、ここで坊主姿の宝玉に出会いました。
 「紅楼夢小考」によれば、前漢の時代に毘陵県、西晋の時代に毘陵郡が置かれ、明代には常州西門外に毘陵駅が置かれ、水上交通の要所になっていたそうです。

揚州(維揚)(第2回)
 現在の揚州市で、揚子江の北岸で大運河に臨む江蘇省の都市。明・清代には中国最大の産額を誇った両准(りょうわい)塩の大集散地として栄えましたが、太平天国の乱で廃墟と化しました。城内には両淮塩運使が置かれ、作中でも林如海が巡塩御史として赴任し、一家と共に住んでいました。

(4)浙江省

湖州府(第1・92回)
 賈雨村の出身地。太湖の南に位置する浙江省の都市で、上海・蘇州・杭州と運河で結ばれます。ただし、甲戌本では「胡州」で、脂批によれば「胡讒(でたらめ)である」の意味を寓していましたが、その後の写本では「湖州」となり、程高本では「浙江湖州府」となり、作者の原意から遠のいていったようです。

(5)河南省

 北邙山(ほくぼうさん・第1回)
 河南省洛陽市の東北にある山。茫茫大士と渺渺真人が、三劫ののち北邙山で待ち合わせて太虚幻境に報告に行こうと相談しています。

(6)陜西省

京兆府(第103回)
 賈雨村が京兆府の知事に昇進しました。「京兆」は西安の旧名で、五代十国時代に京兆府が置かれました。ただし、作中では北京近郊を指しているものとされます。

(7)架空の地名
大如州(第1回)
 甄士隠の岳父・封粛の本籍地。脂批によれば「大概かくの如きの風俗なり」の意味を寓しています。

鉄網山(第13回)
 薛蟠が、潢海(こうかい)鉄網山から切り出した「檣木」という板を秦可卿の棺材にしてはどうかと賈珍に勧めています。

長安県(第15・16回)
 長安府長安県(長安とは別地)は長安から百里足らずにあり(なんかややこしい)、雲光が節度士をつとめています。浄虚が出家した善才庵があり、熙鳳の謀略で張金哥と李衙内(李若殿)の悲劇を生みました。

黒山村(第53回)
 寧国邸の荘園の所在地で管理者は烏進孝。長安まで1ヶ月かかって到着しています。

孝慈県(第58回)
 都から往復10日くらいにある、先帝の御陵のある地。老太妃殿下が逝去したのち、内裏の偏宮に21日間安置されてからここに移され、賈家一同が参列しました。

平安州(第66回)
 都から半月ほどかかるようです。賈赦の使いで賈璉が出向きました。州境で薛蟠が強盗に遭い、柳湘蓮に助けられています。

郝家荘(第93回)
 栄国邸の荘園の一つがある地。家人が小作料を運んできた時、京郊外で役所の者に積み荷を押収され、賈政のもとへ訴え出ています。

十里屯(第96回)
 長安から二百里余りにあり、王子騰が内閣大学士に昇任して長安に帰る途中、この地で頓死しました。

太平県(第99回)
 長安から南に二百里余りにあり、ここの宿屋で薛蟠が給仕人の張三を打ち殺して投獄されました。

知機県(第103・120回)
 急流津という渡し場近くの寺で賈雨村が隠士隠に会いました。「知機」は天機を知るの意味で、最終回で雨村が罪を犯して平民に落とされ、急流津で再び甄士隠に会い、宝玉・仙草・通霊玉が真の姿に還ったことを告げられます。これにより雨村は天機を知ったというわけです(よく分からなかったみたいですが)。
 急流津(第120回)
 「急流」は官途は急流勇退すべし(急流で転覆する前に退け)の意味を寓したもので、雨村への戒めを暗示したとのことです。
 覚迷渡口(第120回)
 急流津の渡し場。「紅楼夢語言詞典」によれば、仏教で「迷」は海、「覚」は岸に例え、迷いから悟りに至ることを意味したものとされています。

南韶道(第84回)
 食客の王爾調が、宝玉の縁談相手に南韶道台の張氏の娘を勧めています。雲南省(南詔国がありましたから)の地名だと思っていましたが、「紅楼夢語言詞典」では不詳としています。

(8)外国の地名
爪窪(ジャワ)の国(第10・100回)
 インドネシアのジャワ(爪哇)島のこと。第10回では金氏(賈璜の妻)が胡氏から塾騒動の顛末を聞いて寧国邸にねじこみに行きますが、尤氏の話を聞いて、その意気込みは「ジャワの国」あたりに飛んでいってしまいました。また、第100回では金桂が薛蝌がいじらしいまでにかしこまっている様子を見て、驕慢の気がたちまち「爪窪の国」に飛んでいってしまいました。
 「紅楼夢小考」によれば、「爪窪(ジャワ)の国=とても遠いところ」という意味で「爪窪の国に飛んでいく」という言葉が当時一般に使われていたようで、「金瓶梅」や「鏡花縁」にも見られるそうです。

女児国(第17回)
 賈政が「女児棠」という海棠について「俗に女児国からきたもので、その国ではこの種類が最も盛んに作られていると申します」と説明しています。

シャム国(第25・26回)
 現在のタイ(泰国)のこと。第25回では煕鳳がシャム国からの貢ぎ物のお茶を姉妹達に届けさせ、黛玉のみが美味しいと言いました。また、第26回では薛蟠が宝玉を自分の誕生祝に招待する時に「シャム国から献上した霊柏香で薫製したシャム豚だのが手に入った」と言っています。

茜香国(第28回)
 架空の国。蒋玉函が宝玉に緋色の腰帯を渡した時に、茜香国の女王からの献上品であると説明しています。

真真国(第52回)
 宝琴が父に付いて西海岸へ行った時に逢った、中国の詩書に通じている真真国の女の子の話をしています。
 真真国は「真は即ち仮、仮は即ち真」の意味にもとづく架空の国ですが、「紅楼夢小考」では、(1)赤い髪で西洋画とそっくりな美人(つまり欧州人)であること、(2)彼女が詠んだ五言律詩が海島の風光を描いていること、(3)民末にオランダが台湾を占拠した歴史があることから、台湾に長年居住したオランダ人ではないかと推定しています。

哦羅斯(オロシヤ)(第52回)
 現在のロシア(俄羅斯)のこと。史太君が宝玉に雀金裘を与え、「哦羅斯国で孔雀の毛を糸によって織ったもの」と説明しました。

波斯(ペルシャ)(第62回)
 現在のイラン(伊朗)のこと。宝玉の誕生祝いに、煕鳳が波斯国製の玩具を届けてよこしました。古来には「安息」と呼んだイランとは、中国は古くから交易がありました。

福朗思牙(フランス)(第63回)
 フランス(法蘭西)のこと。宝玉が「福朗思牙に金星玻璃という宝石があって、その国の蕃語で温都里納というそうだ」ということで、(耶律雄奴と名づけた)芳官を温都里納と改名しました。

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