紅学について

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紅学とは] [紅楼夢研究批判] [日本の紅学]
日本の紅学
吉田敬一編「中国文学の比較文学的研究」に収められた、伊藤漱平先生の「日本における『紅楼夢』の流行-幕末から現代までの書誌的素描-」を参考にさせていただきました。

(1)紅楼夢の渡来
 日本に「紅楼夢」が渡来したのは、程甲本成立(1791年・乾隆56年)から僅か2年後の1793年(寛政5年=乾隆58年)とされます。淅江省乍浦(さほ)港を出航して長崎に到着した南京船「寅二号船」に積まれた書籍の中に「紅楼夢」9部18套が含まれており、程甲本の系統と推定されています。

(2)日本の紅学研究
 江戸時代には殆ど脚光を浴びませんでしたが、明治6年に日清修好通商条約が締結されると、「紅楼夢」も北京語の教材として使用されるようになりました。
 1892年(明治25年)に、漢学者の森槐南(もりかいなん)氏が「紅楼夢」第1回縁起を、島崎藤村氏が「紅楼夢」第12回をそれぞれ抄訳し、初の邦訳がなされました。また、同年に森槐南氏は「紅楼夢評論」の一文を「早稲田大学」第27号に発表しました(「紅楼夢」の主題、賈家の家譜のほか、後40回の続作者についても触れているそうです)が、これは王国維の「紅楼夢評論」より12年、胡適の「紅楼夢考証」より29年早いものでした。
 日本の紅学研究はこれより始まり、中国の紅学研究の影響を受けながら中国文学者などによって進められました。専著は、これまでに大高巌(おおたかいわお)氏、合山究(ごうやまきわむ)氏、船越達志氏、伊藤漱平氏、井波陵一氏による5種が刊行されています。

(3)紅楼夢の邦訳
 「紅楼夢」の全訳については、これまでに完訳本5種、抄訳本8種が刊行されています。
 1920~22年(大正9~11年)に本邦初となる幸田露伴・平岡龍城氏共訳の前80回訳本が「国訳漢文大成」の一つとして刊行されますが、これは有正本を底本としたものでした。
 残る4種は120回完訳本であり、1940年(昭和15年)から松枝茂夫氏による120回全訳が岩波文庫として順次刊行され、前後11年を費やして1951年(昭和26年)に完成しました。前80回は有正本、後40回は程乙本を底本としたものでした(その後1972~1985年に改訳)。
 次いで、1958~60年(昭和33~35年)に伊藤漱平氏による全訳が平凡社から刊行され、前80回は兪平伯校訂「紅楼夢八十回校本」、後40回は校本付録の程甲本を底本としたものでした(その後三度改訳)。
 1980年(昭和55年)には飯塚朗氏による全訳が集英社「世界文学全集」として刊行され、程乙本の人民文学出版社本を底本としたものでした。
 そして、2013~14年(平成25~26年)に井波陵一氏による全訳が岩波書店から「新訳紅楼夢」として刊行され、前80回は庚辰本、後40回は程高本を底本としたものでした。

 全訳の抄訳本は、太宰衛門氏、松田茂夫氏、石原巌徹(いしはらがんてつ)氏、富士正晴&武部利男氏、君島久子氏、立間祥介氏、佐藤亮一氏、王敏氏によるものが刊行されています。


日本の主な紅学家
 ▩森槐南(もりかいなん・1863~1911)
明治期の漢詩人。名は公泰、通称は泰治郎。初の紅楼夢の邦訳をし、また「紅楼夢評論」を著して日本紅学の基礎を築きました。宮内大臣書官・式部官を歴任し、伊藤博文がハルビンで暗殺された時、随行していて負傷しました。

 ▩大高巌(おおたかいわお・1905~1971)
中国学者。「紅楼夢」を愛読するあまり、東京美術学校卒業後に中国に渡って多数の紅学論文を雑誌に発表し、帰国後は文化図書館に勤務しながら、専著となる「紅楼夢研究」を著しました。

 ▩松枝茂夫(まつえだしげお・1905~1995)
中国文学者、東京都立大学名誉教授。大学時代より「紅楼夢」を酷愛し、1940年から(戦争による中断を挟んで)足かけ11年をかけて本邦初の120回「紅楼夢」全訳を完成させました。

 ▩伊藤漱平(いとうそうへい・1925~2009)
中国文学者、東京大学及び二松学舎大学名誉教授。日本の紅楼夢研究における第一人者で、松枝氏に続いて「紅楼夢」の完訳を果たし、また紅楼夢に関する多数の研究論文を発表されています。

「紅楼夢」邦訳本一覧
書名訳者刊行出版社・刊物備考
「紅楼夢の序詞」森槐南(署名は「槐夢南柯」)1892年04月「城南評論」第1巻第2号城南評論社第一回縁起の抄訳
「紅楼夢の一説-風月宝鑑の辞」島崎藤村(署名は「無名氏」)1892年06月「女学雑誌」第321号女学雑誌社第12回の抄訳
「紅楼夢第45回訳注」長井金風1903年08月「文章講義録」日本文章学院第45回の一部抄訳
「支那戯曲小説文鈔釈」宮崎来城1905年07月早稲田大学出版部第6回の大部分の訳注
「新訳紅楼夢」上巻岸春風楼1916年04月文教出版社第39回までの抄訳
「国訳紅楼夢」上・中・下幸田露伴・平岡龍城1920~1922年国民文庫刊行会「国訳漢文大成」第14~16巻初の80回全訳本
「新訳紅楼夢」太宰衛門1924年三星社「新訳名著叢書」全2冊、「国訳漢文大成本」編訳第80回に拠る
「紅楼夢研究」野崎駿平1932~1935年「華語月刊」第20~42期、アジア同文書院華語研究会(上海)文字同盟社(北京)1~5回前半部分までの訳注
「支那語読本」倉石武四郎1939年11月弘文堂書房第6回の大部分の編訳注釈
「紅楼夢」松枝茂夫1940年03月~1951年04月岩波文庫120回全訳本、全14巻
1955年平凡社「世界名著全集」第5巻 
1961年平凡社「世界文学全集」 
1967年講談社「世界文学全集」2全2冊
1972~1985年07月岩波文庫全12巻、改訳本
1976年講談社「世界文学全集」14重版
「紅楼夢講話」神谷衡平1942年02月「華語集刊」2期、蛍雪書院第33回訳注
「紅楼夢(灯謎)」近藤昌1943年08・09月「支那語」8月、9月号 外語学院出版部第22回後半部の翻訳注釈
「新説紅楼夢」陳徳勝1952年07月~1954年07月「東亜資料」東亜文化研究会 中華文化研究所前60回の翻訳、全8冊
「尤三姐-紅楼夢第65、66回訳注」野崎駿平・志村良治1963年「文化紀要」10第65・66回訳注
「紅楼夢」大高巌1957年12月~1958年03月「新声」第1~4号第4・23・27・34・45回等抄訳
「新編紅楼夢」石原巌徹1958年02月春陽堂出版社宝黛愛情を主に編訳、全1冊
「紅楼夢」伊藤漱平1958年12月~1960年12月平凡社「中国古典文学全集」24~26巻120回全訳本、全3巻
1963年02月平凡社「中国古典奇書シリーズ」全3巻、改訂普及版
1969~1970年平凡社「中国古典文学大系」第44~46巻全3巻、改訳本
1987~1988年平凡社「奇書シリーズ」全3巻、改訳本
1996年09月~1997年10月平凡社ライブラリー全12巻、改訳本
「紅楼夢」富士正晴・武部利男1965年河出書房「世界文学全集」 
1968年08月河出書房「カラー版世界文学全集」第3巻 
「紅楼夢」君島久子1967年盛光社「中国文学名作全集」児童書
「紅楼夢」増田渉・松枝茂夫・常石茂1970年08月平凡社「奇書叢書」 
「紅楼夢」立間詳介1971年01月「世界文学全集」第4回 
「紅楼夢」飯塚朗1979~1980年集英社「世界文学全集」11~13120回全訳本、全3巻
「紅楼夢」林語堂1983年六興出版佐藤亮一訳、全4巻
「紅楼夢」堺行夫1989年葦書房1巻20回のみ
「物語版紅楼夢」王敏2001年10月ソレイユ出版太虚幻境の巻のみ
「要訳紅楼夢」2008年11月講談社全1冊
「新訳紅楼夢」井波陵一2013年05月~2014年03月岩波書店120回全訳本、全7冊
参考:孫玉明著「日本紅学史稿」(北京図書館出版社)