皆様からのご意見集

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■Mさん(2003年07月29日)
最近PCの調子が悪くて管理人さんのサイトを楽しむことができなかったのですが、掲示板が更新していたのですね。
読ませていただきました。さて、名作(私にとっては迷作なのかも・・・)めぞん一刻の疑問と矛盾です。まずは経済のことですが、
五代のやっている保父の給料で、人並みの生活ができるのでしょうか、話に聞くとかなり安月給と聞きました(現役の私立の保母さんです)
五代自身、家業を継ぐのがいやで大学へ進学という形をとりますが、「定食五代」この店、一人息子(本当に甘ったれたバカ息子)を東京の
大学へそれも一人暮らしができるよう(大学浪人と言う贅沢なオマケ付)毎月の仕送り、この店けっこう流行っている店だと思いますし、ここの
ご両親なかなかの仕事をやっていたと思います。五代自身「あんなせこい店」などとほざいていますがその本人、自分の子をそこまでさせてやれる
経済力があるのでしょうか?(おそらく高橋先生、そうなれば響子さんのご両親の経済力のバックアップ、そしてご両親の住んでおられるマンション
自動的に響子さんを経由して五代の物に、というまた五代の都合のいい描き方をなさると思いますが(笑)・・・)
この経済的な疑問、私以外の人も感じていたみたいでした。
それと、以前管理人さんからメールを頂いて疑問に思ったことは、「無駄な余韻を引きずらずに、大円団で終わるという理想的な結末だったと思っています。」
と書いてありましたが、本当にそうなのでしょうか?
茶々丸のマスターと朱美さんは別としておいて、(明日菜さんは、ああいった娘だから本当に三鷹さんが必要なのかも)三鷹さん、こずえちゃんは無理やり
の妥協をさせられたようなものです。それと響子さん、五代と結婚してハッピーエンドというわりに笑顔が全くありませんね。
「二回目だからしかたがないか。」と一之瀬さんが言ってたような気がしますが、響子さん自身、五代への不安、(こんな男でも仕方がない)と
何か心の中で割り切っているような感じがします。(もちろん惣一郎さんのこともあると思います。)本当の意味でうかれているのは、五代だけではないのでしょうか?
それともう一つ、掲示板の方に書いてあった、「数々の苦労を乗り越えて成長していく。」と五代のことですが、どこがどう成長したのですか?
私には、全く成長していないように見えます。本当に子供のままの男です。響子さんという新しいお母さんをもらったようなものです。
色々と皮肉(申し訳ございません)を書きましたが、ここまで思い込んだり考えさせられる漫画はこの「めぞん一刻」が初めてです。やはり名作なのですね。
(管理人より)
順にコメントさせていただきます。
(1) 保育師(保母)は仕事が過酷な割に安月給なことは有名ですが、五代夫婦の場合、家賃がかからない上、曲がりなりにも共稼ぎですから、人並みな生活ができないことはないと思います。
(2) 五代君の両親は息子の5年間の学費+食費をバックアップしています。確かにスネかじりの息子ですが、私立とは言え文系学部ですし、一刻館の家賃も安いですし、五代君もアルバイトもしていましたし、経済的に不可能とは思いません。
(3) 全体の構成上、三鷹さんやこずえさんが最後に主舞台から降りることは決まっていました。結局は響子さんは三鷹さんを見ていなかったし、五代君もこずえさんを見ていなかったということになります。高橋留美子さんは、三鷹さんには明日菜さんを、こずえさんには広田さんをあてがいました。妥協はあるにしろ、共に納得・満足して結婚をしています。繰り返しますが、無駄な余韻を引きずらずに大円団を迎えています。
(4) 私はどう読んでも、結婚を迎える響子さんに「やらせ」の喜びを感じることはできません。
(5) 保母になるという決意、プロポーズの文句、惣一郎さんへの誓い・・・大学時代の五代君には無理だったと思います。社会・人間経験が五代君を成長させたことは自明です。

■スチュアートさん(2003年07月21日)
 はじめまして、僕はつい最近初めて見て、はまってしまった者ですが、時計坂という場面設定について感じたことがあるので書き込ませていただきます。見当違いならご勘弁を。
 坂・踏切、効率を優先する時代にあっては不用物かもしれませんが、この作品においては絶対不可欠な存在ですよね。坂の途中で..、踏切にひっかからなければ..。坂をのぼるのはしんどいし、時間の無駄だと思ってしまうけど、この登場人物は苦にしないどころか明るい。強いはずですよね、僕等はじかんに拘束されているけど、彼らは客観的時間ではなく自分なりの時間を持っているのだから。換言すれば時間を支配・超越しているのだから。
 そしてふと考えると、時計坂という町自体がこぢんまりとして、ほどよく住民がつながっていて(イベントに必ず参加)、まさにローカリズムを地でいくような所ですよね。グラスゴー等のような強烈な地域・民族意識は日本にはないけど、そこで生まれ、一生を過ごせるという、人生のステージとして閉じた中世の都市のようなあたたかさを感じます。
 五代君らの選択は゛もっとお金持ちになりたい”゛広く世界で活躍したい”という価値観からすれば貧乏・落ちこぼれで進歩も望めないかもしれない。だけど追求は逆に継続なる不満足と考えれば、小さな世界で身丈に合った幸せを求めるのもまた別の゛幸せのカタチ”なのかなと思うと、なんとなく楽になりました。僕にとって坂をのぼりきった高台にある一刻館がある一帯はまさに"a City upon a Hill"、理想郷です。
 長々と、そして神学的になってしまってごめんなさい。

■たにちゃんさん(2003年06月21日)
ミニ用語辞典の原作編最初の「一刻」ですが(他のホームページにも書いたことありますが)、もし「一刻」が意味するのが一刻館の建て物や大時計ではなく、「音無響子」だとすると「一刻」という言葉のもう一つの意味が出てきます→
頑固で、人の言うことを聞かない様子(三省堂国語辞典より)
こっちの意味だと響子さんの性格というかイメージみたいなのにぴったりだと思います(高橋留美子先生がこういうふうに考えていたかはわかりませんが)。なんとなく参考にしてみてください
(管理人より)
つまり、「一刻者」ですね。響子さんの名前の由来については、高橋留美子さんが「時計台のあるアパートの管理人だから」と述べています(小学館「オレのまんが道」より)ので、moment以外の意味については考慮しませんでした。でも、確かに言われてみれば・・・ですね。

■オトナシソウジロウさん(2003年04月28日)
 満開の桜と桜吹雪を眺めつつ思うことがありました。
 『めぞん一刻』の魅力を語るうえで「桜」はやはり外すことのできないキーワードだと思います(この「めぞん一刻小事典」のページでも桜のイメージが用いられていると思います)。
 以前、『めぞん一刻』における桜の季節と桜吹雪が象徴する意味について私は「死と再生の意味を併せ持つ」と述べたことがありました。そして管理人様から確か「エピソード性を強調する演出効果だと思います」といった内容のお返事をいただきました。
 仰るとおりだと思います。ただし、原作者及び編集サイドの側からならともかく、物語(あるいは情報)の受け手であるわたしたち読者はここで立ち止まらずに、なぜ満開の桜や桜吹雪の描写が演出面で効果的なのかについて深く考える必要性があると思います。
 管理人様が仰られたように、桜の季節は確かに「出発」や「変化」のイメージがあります。しかし、『めぞん一刻』という物語において桜が象徴していたものとしてはやはり「死と再生」のイメージがより強かったような気がします。もちろん管理人様が仰られたとおり読者が自由に解釈できる部分であることにはちがいありませんが、この物語の魅力を考えるうえで「死と再生」というテーマの重要性は否定できないと思うのです。
 私はこの物語は事実上、音無惣一郎の「死」から始まり、五代春香の「誕生」によって終わったと考えています。より厳密にいえば、一刻館を出て行こうとした五代君の行動と老管理人の管理人職放棄は一刻館の崩壊の危機、つまりある意味においての「死」でしたが、音無響子の管理人赴任によって五代裕作は一刻館に留まり続け、このふたりが演じる誤解続きのラブ・コメディーが一刻館を「再生」させました。そして五代裕作が音無惣一郎を想い続ける響子を想いでごと包み込んで彼女と新しい生活を歩む決意をして、響子もそれに応えることで彼女自身「解放」され「再生」しました。五代春香の「誕生」と五代一家および一刻館の住人たちを描いた最後のシーンが「再生」のイメージをさらに強めたといっても過言ではありません。
 さて、満開の桜や桜吹雪が「死と再生」を象徴しているということについては既にさまざまな学問的考察もなされています。わたしたちが考えなければならないことは、わたしたちのこのような素朴な美意識・美的感覚とは裏腹にいつの時代でも為政者・権力者たちがこれを歪めて、自分たちの都合の良いように解釈して宣伝し、戦争の遂行に利用してきた歴史的事実です。さきの第二次世界大戦でも「愛国心」だの「死の美化」だのに桜が利用されてきたことをわたしたちは決して忘れてはいけないと思います。昨今、ふたたび全体主義・ファシズムの跳梁跋扈をみるにつけ、その思いを強くします。参考までに最近出版された大貫恵美子著『ねじ曲げられた桜』(岩波書店)をあげておきます。
 私にとって『めぞん一刻』は、「平和な日常」と「寛容さ」の大切さを教えてくれた名作のひとつです。
 管理人様にとっての『めぞん一刻』はどうでしょうか?

■石田さん(2003年04月09日)
ご回答、本当にありがとうございました。
私は、「めぞん一刻」に対し、疑問と矛盾はあっても決して愚弄はいたしませんので、
しばらくの間、お付き合いお願いします。

平山さんのおっしゃった「響子さんの罪は、五代君と、三鷹さんを、6年以上もしばりつけて
いたこと」についてですが、本当に響子さんの方に罪があるのでしょうか?
私が思うのには、三鷹さんはともかく、五代の優柔不断さが、こずえちゃん、響子さんをしばり、
苦しませていたのではないのでしょうか、この方が、はっきり言って罪ですよ。
確かに、響子さんが五代に対してヤキモチを焼くシーンが沢山出てきますが、
その相手の女性との間に入って妨害したりはしなかったはず、
逆に五代の方は、三鷹さんと響子さんとの恋路の邪魔(結果的に、三鷹さんの負けになってしまう)
更に、響子さんが行くところ、行くところ後をつけいく、まるで一人の女性をいやらしぐらいに、監視
している、見ている方としては「いったい何様のつもりだ」と思ってしまうぐらいです。

それと、もう一つ
「めぞん一刻」は、奥の深いストーリーと、よく言われていますが、
原作14巻、15巻を読んでいると、五代の為だけに世界が、そして地球が回っているかのように
五代に都合のいい条件ばかりで、最終回を迎えるように思えます。
はっきり言って、これでは内容が、薄っぺらく感じます。
最初の内は、奥の深いストーリーなんだろう、とは思っていましたが、
主人公のようである、五代裕作、最初から最後まで何も変わらないまま、響子さんと結婚

これで、本当に感動というものが湧き上がってくるのでしょうか、
それと、高橋留美子先生は、いったい何が言いたかったのでしょう、(三鷹さんと響子さんに対して、残酷すぎる)
私にとって不公平さと、後味の悪さ(こんな男と結婚して、響子さんは本当に幸せになっていくのだろうか?)が
この「めぞん一刻」という物語に残ってしまいました。
これが私の思っている、「めぞん一刻」なのです。


(管理人より)
まずは次の6点を確認させていただきたいと思います。
1)高橋留美子さんはめぞんを描き始めるにあたり、平凡な人間たちの繰り広げるホームコメディを描きたかった。
2)高橋留美子さんは「ダメ男をしっかりとした女性が支える」というパターンをよく使う。
3)高橋留美子さんは、五代君も響子さんも「優柔不断でわがまま」という性格付けにしている。
4)五代君と響子さんが結ばれることは最初は考えていなかった。
5)話がラブコメディに転換した時点で、五代君と響子さんが結ばれるゴールが決まった。
6)響子さんの心情変化を軸に、かなり長期間の連載を想定していた節がある。
つまり、五代君は聖人君子ではなく、極めて平凡な人間であることを押さえておかなければならないと思います。響子さんに心を寄せながらも、自分を好いてくれるこずえさんに時に心ひかれ、三鷹さんに嫉妬の炎を燃やし・・・まさに無責任・優柔不断・自分勝手・わがまま・甲斐性なし・・・しかしどこにでもいる男です。そんなダメ男が(自らまいた種とはいえ)数々の苦労を乗り越えて成長していく姿に、或いは自己投影し、或いは親のような立場で見守る、というのが多くの読者の姿だと思います。
見当違いの回答になりましたらすみません。

■石田さん(2003年03月29日)
めぞん一刻のホームページをやっている方が、これ程沢山いられるのに、ビックリしました。
私は、響子さんの大ファンです。
ところが、めぞん一刻の色々なホームページを拝見させてもらったのですが、「響子さんは、ずるい女だ」、「嫉妬深い女だ」、「嫌な女だ」などと、ボロクソに書かれているのを見て、とても私は、悲しく思います。『人に、それも女性に、嫉妬をさせておいて平気でいられる男の方にかなり問題があるように思えますが・・・』響子さんが、「ずるい女、嫉妬深い女、嫌な女」とは、私には絶対に思えません。
なぜ、響子さんが、このようにボロクソに、言われているのですか、
これでは、可哀相でなりません。
(管理人より)
私は響子さんがボロクソに書いてあるというページを見たことがないのですが、響子さんの性格に責められる部分があるのは、やむを得ないのかなとも思います。
響子さんは亡夫・惣一郎さんを生涯の伴侶としており、他の男性に心を動かすことを自らに禁じていました。これは彼女の一途さ、貞操観念の強さに由来するもので、決して責められるものではありません。
しかし、結果として五代君と三鷹さんを6年以上も「縛りつける」ことになりました。二人のアプローチはやんわりとかわしながらも、彼らが他の女性と仲良くするのを好まない。見方によっては、自分は二人に心を寄せられないのに、二人には自分を見ていて欲しい、という身勝手さとも受け取られかねません。もちろん、響子さんは惣一郎さんという免罪符があるから許されているわけですが・・・。

■bouraさん(2002年12月13日)
自分は、高一の男で初めてめぞん一刻に会ったのは、キッズステーションで会いはまりました。めぞん一刻を読んでいて気が付いたのですが最終話で五代と響子さんが結婚してからは、二人はなんて呼び合っていたのですか。また、春香ちゃんは五代と響子さんをなんて呼んでいたのですか。
(管理人より)
想像でお答えするしかありませんのでご了承ください(^^)
響子さんが結婚後に直接五代君を呼んでいる場面はありませんが、響子さんは前夫を「惣一郎さん」と呼んでいたことから「裕作さん」との呼び方が妥当ではないかと思います。
或いは、響子さんが五代君に向かって「あなたは…」と言うことが何度かありましたし、五代君の妄想の中では、響子さんは「あなた」と呼んでいましたので(^^)、「あなた」もありかと思います。
次に、春香ちゃんが二人を何と呼んだかについてですが、最終話に響子さんの「パパとママが初めて…」というセリフがある以上、「パパ・ママ」との呼び方が妥当だと思います。

■めぞん歴9年(2002年11月9日;掲示板より)
人物事典で紹介されてた五代君の友人、小林君と江川君ですが、サクラサキオさんの推測でほぼ正しいと思います。何故なら「うる星やつら」の主人公:諸星あたるの「あたる」という名前は、江川卓の弟の名前から拝借したと作者が言ってますし(愛蔵版うる星やつらの1巻(・・・だったかな?)の巻末)、また作者は大学入学時の自己紹介で「野球は阪神、相撲は魁傑」と言うくらい阪神ファンだそうです(ソースは・・・1ポンドの福音だったと思います)。
ソースの記憶が非常に曖昧で申し訳無いのですが、恐らくプロ入り前から球界を騒がせつづけ「怪物」の呼び名を誇った江川卓が、ドラフトで阪神1位指名だったにも関わらずに巨人に入団した事を非常に悔しく思い、作品に登場させたのではないかと私は思います。
(管理人より)
情報ありがとうございました。高橋留美子さんが熱狂的阪神ファンであることは有名ですし、その線で間違いないでしょうね。

■ごんぞうさん(2002年09月24日)
こんにちわ! いつも楽しくHP拝見させていただいてます。 意見というか、「豆辞典」を見ていてふと気づいたことなんですが、一刻館にはいくつテレビがあるか、というところで、朱美さんの部屋にはないことになってますよね。その理由の一つとして、たしか最初の年末のお話の中で、朱美さんが大晦日は管理人室で紅白を見るとか言ってた気がするんですよ。単に一人きりはさみしいから、なのかもしれませんけど。それで朱美さんはテレビを持ってないのかも、と思ったのでした。つまらないことでスミマセン。これからもますます突っ込んだ情報、楽しみにしてまーす。
(管理人より)
ご指摘の年末の場面については、朱美さんがテレビを持っていない根拠とするには弱いようですが、状況証拠の1つにはなるかと思います。
朱美さんの部屋には原作でもテレビかな?というものが描かれていたりするのですが、はっきりテレビの存在を示す証拠は見いだせませんでした。

■kumaさん(2002年08月31日)
私は鹿児島の出身ですが、子供の頃、鹿児島ローカルのコマーシャルで響子さんが 出てくるものがあったものでメールさせていただきました。
「さつま 五代」という焼酎があるのですが、私の記憶では、響子さんがこの焼酎の 一升瓶を抱いて「五代さん・・・」とつぶやくものだったように思います。
おそらく1986年くらいだったかと・・・ あやふやな記憶で確定はできないのですが・・・
こちらの会社の製品です。

気になってしまったのでざっと検索かけてみました。
http://www.ne.jp/asahi/kiku/hp/teleca_col/teleca/mezon_mt/mezon_mt_no02.html
http://member.nifty.ne.jp/rumic_shin/rumic_list2.html

アニメファンの方で、「さつま五代」の広告キャラクターに「めぞん」が使われたことを知ってる方でも、どうやらテレビCMがあったことまではご存知ないようでしたので、再度ご連絡差し上げた次第です。
私の記憶をたどってみますと、もしかしたらCMはアニメ放送の前だったかもしれません。
おそらく84,5年くらい? 80年代半ばだと思います。
響子さんの声は、アニメの声優さんとは違う声だったように記憶してます。
CMはアニメでなく、上のテレカの静止画像だけだったと思います。
地方のCMでよくある低予算CMの典型的なものだったと思います。


(管理人より)
調べてみると、めぞんMLでも過去に一瞬だけこの話題に触れたことがありましたが、結局は詳細不明で終わっていました。
その意味でも大変貴重な情報をいただきました。

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