意訳「曹周本」


第81回
真言を吐いて宝黛、弱女を憐れみ 情勢を推して探春、習奴を懲らす

迎春が泣きながら一同に別れを告げて帰ると、賈家の人々はみな嘆いていました。なかでも宝玉は、いつもの馬鹿げた発作を起こし、こう思うのでした。迎春姉さんはなんて不幸なんだろう、よりにもよってあんな残忍な奴に巡り会うなんて。女の子はどうして自分の思い通りにならないんだろう。女の子のことを考えてくれる人に出会えばいいけど、あんな凶悪な狼みたいな奴に巡り会うなんて、無垢な子羊を虎の口に投げてやるようなものだ。まして、あそこの親御さんたちは人が生きるも死ぬもお構いなしのようだし…。

宝玉は考えるほど気が滅入り、いつの間にか紫菱州のあたりまで来ていました。遠くに迎春のいた家屋を臨めば、二の門は虚しく閉じ、暖簾は空しく垂れ、窓辺もひっそりとして、枯葉が乱れ散っています。枯れた岸辺の葦は寒風に吹かれ、その寂しげな有り様に嘆息はやまず、思わず涙が流れ落ちます。思えば、二の姉さん(迎春)がいた頃は、どんなに賑やかだったことか。今のように人が来ても鳥も飛び立たないとはなんと物寂しいことだろう。宝玉は岸辺の湖山石にもたれ、思わず詩を一つ口ずさみました。

蒼茫烟水待誰帰(蒼き茫たる煙水は誰の帰りを待ち)
漠漠寒風損翠微(漠漠たる寒風は翠の青山を損なう)
不解汀洲沙鷺去(汀洲の鷺が去るを解らず)
江田能有幾鴎飛(江田にはまだ鴎が飛んでいるだろうか)

すると、湖山石の後方から、むせび泣く声が聞こえて来ました。きっと迎春姉さんの侍女が姉さんのことを悲しんでいるんだな。よし、慰めてあげよう。宝玉はそう思って、湖山石のまわりを二歩三歩とまわってみると…なんと林黛玉が涙に泣きくれていました。

宝玉はあわてて彼女の手を取り、「妹妹(メイメイ)、どうしたの? ここはあんたが来るところかい?」。 黛玉はむせび泣いて言葉もなく、しばらくしてから言いました。「あなたこそどうなさったの? あなたの詩を聞いたら我慢できずに涙が出てきたんです」。 宝玉は「あんたが来たから私も来たのさ。さっきは、二の姉さんのことを悲しんでデタラメに詩を詠んだに過ぎないよ」。 黛玉は「あなたが悲しんで、私が悲しまないことはないでしょう。でも、どうして私がここに来たことが分かったんです?」 宝玉は「あんたがどこに来たって、私には分かるさ。着いてこないわけがないじゃないか」。 黛玉はため息をついて「あなたがそうだとしても、私の薄命をどうすることもできないわ。歴としたお嬢様である二の姉さんでさえ、あんなふうに虐められるなんて。まして私は人様の家でお世話になっている孤独の身、将来はどうなることかしら。私に幸あれば、今すぐにでもこの身を落ち葉や青草に埋め、いずれ浄土になれるのであれば、人に踏みつけにされるよりどんなにいいか分からないわ…」。 宝玉はその話が終わるのも待たず、あわてて彼女の口を押さえて言いました。「林妹妹の話は違うよ。天下の男には卑しい輩が多いけど、女の子の考えを分かってくれる男子もいるんだ。彼は自分が女の子になれないことさえ恨めしく、馬鹿な男たちと一緒にはならない。どうして女の子を踏みつけにしたりしようか。妹妹、何の心配があるんだい?」 黛玉は「そうは言っても、事が起きれば思い通りにはならず、みんな離ればなれになってしまうんじゃないかしら」。 宝玉は「お祖母様や伯母様は妹妹を一番可愛がっているんだし、『近きを捨てて遠きにつく』なんてことはないよ。やっと良くなったばかりなんだから、安心して体を慈しむことが大切だよ。さあ、戻ろう」。 黛玉は「邢妹妹(邢岫烟)はまだこちらに住んでいて、二の姉様がいなくなって寂しくしているんじゃないかしら。会いに行きましょうよ」。 宝玉は「やっと良くなったのに、体は大丈夫なの? 日を改めて行ったほうがいいよ」。 黛玉は「どうしても今日行きたいのに、あなたってまた邪魔をするのね。邢妹妹のところで一休みできるじゃないの」。 そう言われて宝玉は思い直し、「僕が間違っていたよ。林妹妹は疲れているし、邢妹妹のところはここから近いから、休むのにちょうどいいね。でもここの道は滑るから、手を貸すよ」。 そう言って黛玉を助けながら小橋を渡って、すぐに紫菱州に到着しました。

院内に入ると人の姿は見えず、落ち葉が池を覆い、枯れ草は黄色くなり、まるで誰も住んでいないかのようで、宝玉と黛玉は訝しがりました。ふと、邢岫烟の侍女の篆児が出てきて、二人の姿を目にすると、喜びもし、驚きもし、やがて顔を赤くしてうなだれ、手に小袋を隠しました。宝玉と黛玉はこの様子を見ておおよそのことを察しました。

宝玉は「お嬢さんは家にいるのかい? その手に持っているのは何だい? どこかのお姉さんがお前に刺繍してくれた香袋じゃないのかい?」。 篆児はうつむいて声も出せず、しばらくしてからやっと「私たちのお嬢様は中で刺繍をしています。どうぞお会いになってください。とっても素敵な刺繍ですから」。 宝玉は「その手にあるのも確かに綺麗な刺繍だね。どれ、よく見せてごらん」。 篆児がやむなく取り出したのを見ると、なるほど、新しく刺繍したピンクの綸子の香袋で、中には邢岫烟がここ何日か身につけていた玉簪と一対の腕輪が入っていました。迎春が嫁いでいった時に邢岫烟に譲ったものでした。宝玉は「どこに持って行くんだい? どこぞのお姉さんが借りたいって言ったのかい?」 篆児はうつむいて畏まります。黛玉は「馬鹿な子ね。何を隠すことがあるの? 邢のお嬢さんが要らなくなったものじゃなくって?」 篆児は黛玉に内情を言い当てられ、そこでやむなく「お二人に尋ねられた以上、どうして隠せましょう。考えてもみてください。私たちのお嬢様はここではちゃんとした主人と言えますでしょうか。二のお嬢様がいた時には、ここのばあやさん方はまだおとなしくしていました。二のお嬢様が嫁がれる時に四人のお姉さんと何人かのばあやさんが付いていき、数人のお姉さんと庭掃除、御用達のばあやさんが残り、加えて二のお嬢様の乳母の兄嫁、つまり王住児さんの妻が私のお嬢様に仕えることになりました。お嬢様はずいぶん遠慮しているのに、あの人達は面白くないらしくて、「前の主人について行った連中はいい思いをしているんでしょうよ」なんてこぼしています。平日でも、寒くなると酒を飲んだり肉を食べたりしています。どこの奴才だって父母から生まれない者はいないのに、こんな貧しい主人についたばっかりに何にうま味もないってね。この簪と腕輪も、もとは二のお嬢様が嫁がれた時に、私のお嬢様に残していったものです。だんだん寒くなっているから、お嬢様はこれらをお金に代えてくるようにと言ったんです。ばあやさんたちも喜ぶだろうって」。

黛玉はこれを聞いて同情の念を起こしました。思えば、自分も今はお祖母様の加護を受けているけど、お祖母様にもしものことがあれば、邢岫烟と同じ目にあう。岫烟はすでに薛蝌との結婚が決まり、お互いに満足していると聞いていたが、人に踏みつけられ、日々悔しい思いをしているのだ。こう思うと涙が出てきました。

宝玉はこれを聞いて怒りがこみあげ、「なぜ伯母様(邢夫人)のところに戻ってしまわないんだい?」と尋ねると、篆児は「ダメなんです。私たちのお嬢様は引っ越したいと言っていたんですが、邢の奥様が賛成されません。ここに住めるのは都合がいいし、月に二両のお手当もいただけます。ここを出てしまえば、誰がお嬢様の月のお手当、侍女やばあやさん方のお手当を出してくれましょうか。なかったものが増えるのは厄介なのでしょう。お嬢様は諦めるしかありません。しかも、邢の旦那様が人をよこして金を無心してきますので、お嬢様と私は昼も夜もなく刺繍をし、宝玉様の部屋の焙茗さんの母に頼んでお金に換えてもらい、なんとかやりくりしています。でも祭日がくるのが悩みの種なんです。あと数ヶ月でお正月になりますので、お嬢様はお小遣いをあげる心配をされているんです」。 宝玉は「そんなお金、あげてもあげなくてもいいのに。お前のお嬢さんは気が小さいんだし、奴らに空っぽにされちゃうよ」。 篆児は「もう全部話してしまいますわ。先日も、王住児さんの母が賭け事をしたことで、宝玉様やお嬢様方がお許しをお願いしていただきましたね。今は乳母さんが二のお嬢様について行ったので、上の方でもあまり構わなくなりましたが、下ではまた昔の病気が出てきたんです。王住児さんの妻が、日夜屋内を看守して忙しいと言ったって、寒くなれば牌で遊ぶこともあり、最初はちょっと遊ぶだけだったのが、掛け金がどんどん大きくなり、儲かっていればともかく、金がなくなれば手を代え品を代えてお嬢様にお金を催促するんですもの。どうしてお嬢様が逆らえましょう。もう三吊二串ものお金を持って行かれているんですよ」。 宝玉は地団駄踏んで「本当に体面も何もないんだな。こんなおかしなことってあるだろうか」。 黛玉は「あなたが焦ってもダメよ。今はあなたのお母様が、煕鳳さんが忙しいからって、三ちゃん(探春)に家事をお願いしているんだから、三ちゃんに来てもらったらいいんじゃなくて」。

そこへ紫鵑が猩猩緋のマントを持ってきて、「外は雪になりそうですよ」と言います。宝玉はこれを受け取って黛玉に着せてあげました。黛玉は紫鵑に探春を呼んでくるように言い、「私と宝玉さんが用があってここで待っていると言うんですよ」と伝えると、紫鵑は「はい」と言って出て行きました。

岫烟は屋内で錦のふとんに刺繍をしていましたが、宝玉と黛玉の声を聞くと、すぐに迎えに出てきて中に招き、自ら上等のお茶をたてて言いました。「妙師父(妙玉)からいただいたものです。お二人に飲んでいただきましょう」。 黛玉は笑って「構わないで。あなたが縫ったのを見るだけなんだから。この鮮やかなこと、すぐにでもお嫁に行こうっていうの?」 岫烟は顔を真っ赤にし、黛玉をポンと押して笑いながら「林のお姉様は口の悪い方ですね。暇ですることもないので、針仕事をして時間を潰しているだけですわ。次にいらっしゃった時には香袋に刺繍してさしあげますわ」。 黛玉「どうして面倒をかけられましょう。あなたの部屋のばあやさん方はひどすぎるわ。さっき篆児を問い詰めてやっと白状させたのよ。あなたが分かった人だからこそ尋ねるんですからね」。 岫烟は顔を真っ赤にして恥じ入りましたが、心中は感激の気持ちでいっぱいになり、うつむきながら嘆じて言いました。「すでに御存知のとおりです。私が生まれつき運が悪いというだけのことで、お二人にはご心配をおかけしました」。 宝玉は「こちらのばあやさんたちは男のにおいに染まって、立ち回りようは男よりもっと悪い。妹妹、安心しなよ。さっき三妹妹を呼んだところだから」。 岫烟はこれを聞いて遮ろうとすると、外ではすでに「三のお嬢様がいらっしゃいました」との声。

見れば探春は、紫貂の昭君套をかぶり、赤羽の緞鶴長衣を着て、紫鵑と侍書に支えられながら歩いてきました。探春は「雪になりそうですよ。邢妹妹に会いたくて来たのに、お二人ったら先に来ていたのね」。 黛玉は「こちらに座って暖まるといいわ」。 探春は「構いませんわ。誰もあなたみたいに風が吹けば倒れる人とは違うもの」と言って、長衣を脱ぎ、黛玉のそばに座って「私を呼んで何をさせるつもり? もしかして、また私を主人にして詩会を開こうってでもいうの?」 黛玉は「あの詩社は元々あなたが雅心を起こしてできたものだし、次は当然あなたに社長になってもらうわよ。でも今はそのことじゃないの」。

宝玉は詩社と聞くと嬉しくなって手を叩き、笑って言いました。「そうだ、私たちの詩社もやらなくちゃ。二の姉さんが去り、宝姉さん(宝釵)が引っ越していってから、詩社のことは日一日と忘れられてしまったね。でも以前、林妹妹が雅心を興して桃花社を起こしたんだっけ。いつ詩社を再開しようか?」 探春は「もう少し暖かくなって、黛ちゃんの病気も良くなったら、雲ちゃん(湘雲)を呼んで、宝姉さんにも来てもらいましょう。李紋、李綺妹妹もしばらくいるようだし、邢妹妹、四妹妹(惜春)、お嫂様(李紈)、宝琴妹妹を加えれば、賢人が勢揃いというわけですわ」。 宝玉は大喜びで、すぐに詩社のことに取りかかろうとします。

黛玉は「だからあなたは無事忙(つまらないことに忙しい人)なのよ。邢妹妹のことがまだ片付いていないのよ」。 岫烟は慌てて、「もともと大したことじゃないんだし、どうして三のお姉さんにまでご心配いただく必要がありましょう。きっと篆児の口がいけないのね」。 探春「邢妹妹も遠慮することはないわ。実をいえば、あなた方に聞かなくても大体のところは分かっていますから」。 黛玉は「あら不思議、何かの仙術を会得されたのかしら、それとも人の心を読む能力をお持ちなの?」 探春は笑って「何を馬鹿なことを言っているのよ。さっき来た時、こちらの庭院(母屋の前の庭)が荒れ果てて、草ぼうぼうなのに、一人も人の姿が見えないんですもの。こちらのばあやさんたちが邢のお嬢さんのことを何とも思わずに、連れ立って酒を飲み、賭け事をしているんだったら、どんな悪事が出てくるか分かったもんじゃないわ」。 宝玉と黛玉は手を叩き、笑って「三妹妹は本当に神仙が降臨したかのようだね。で、どうしたらいいだろう?」 そこで探春は侍書に「林のおかみさんを呼んできなさい」と申しつけます。岫烟は慌てて、「どうして小事を大きくする必要があるんです? 何事かと思われますわ」。 探春は笑って「これは妹妹だけの問題じゃないの。この習奴っていうのは本当に碌でもないものなのよ。思えば、二年前に伯母様が私に家事を見るように言われた時、呉(呉新登)のおばさんが難癖をつけに来たし、ちょっと前には邢の奥様の介添えの王(王善保)のばあやさんが私たちの部屋検めに来ました。私たちのような家でこんなおかしいことってあります? 妹妹は人がいいから、ますます彼女らをのさばらせ、いずれは妹妹のお世話もしなくなるわ。連中が賭け事に負けたら、妹妹が代わってお金を返さなくてはならず、連中を庇うかわりに妹妹が苦労することになるのよ」。 黛玉はうなずいて嘆息し、「こんな話ってあるかしら。理屈からいえば、私たちとは関わりのないことだけど、肝が冷える思いだわ。邢妹妹をやっつけたら、次は私に矛先を向けるんじゃないかしら」。 探春は笑って「あなたにはお祖母様や伯母様がいるでしょうよ。あなたみたいに吹けば飛ぶような体でまだ心配を背負い込もうっていうの?」 宝玉も「林妹妹は取り越し苦労をしすぎだよ。どうすれば安心するんだい? 私たちがみんな死んじゃえば妹妹が百才まで生きられるのかもね」。 黛玉は「誰にも分かるもんですか。邢妹妹だって、連中にお金をかすめ取られて、逆に連中を庇うようになるなんて、以前は思いもよらなかったわ。今日もまた、首飾りを抵当に…」。 探春はびっくりして「それって本当なの? そんなことになっているなんて」。 黛玉はそこで篆児の話を繰り返した。探春は「あなたの番にはなっていないけど、邢妹妹にこんな屈辱を受けさせておくわけにはいかないわ」。

そんな話をしていると、林之孝の妻がすでに来ていたので、探春は「王住児の妻を呼んできなさい」と申しつけます。林之孝の妻はすぐに裏庭に行って人を呼びますが、探春は「ここにはいないわ。おそらく賭博に行ったんでしょう。探し出して連れてきなさい」。林之孝の妻が出て行こうとすると、探春は「お待ち!」と声をかけました。「事がはっきりしたら、二の奥様(煕鳳)に申し上げて、平児さんにもこちらに来てもらって」。 林之孝の妻は承知して出て行き、ほどなく、賭け事の道具を手にして、王住児の妻の一行を連れてきました。林之孝の妻は「この嫂さんは屋敷内のばあやさんたちと賭け事をしていたんですよ! 呼んでも来ようとしないんだから」と申し出ます。

当の王住児の妻は、探春を見ると魂が飛び出すほどびっくりして、あわてて頭を叩きつけ、許しを請いて言いました。「私たちが間違っておりました。二のお嬢様のお顔に免じてこのたびはお許しください!」。 探春は冷笑して「私だって二の姉さんのお顔を立てたいのに、立てたくないのは誰なんだい? あんたは二の姉さんの乳母の兄嫁なんだから、二の姉さんの顔を立てたいと思ってるのなら、どうして先頭に立って賭け事なんか始めたのよ! 放っておいたらますますつけ上がることでしょうよ!」。 そして大声で決を下し、「今月の手当を差し止め、棒で打って追い出し、今後邸に入ることはまかりなりません!」

ちょうど平児がやって来て、この様子を見て「この王住児の妻はもっと早くに追い出すべきでした。よくやっていただきました。私たちの奥様も同じ考えで、大板で四十打って追い出すようにとのことでした」。

王桂児の妻は望みがないことを知ると、叩頭して泣きながら辞しました。他のばあやたちもみな頭を叩きつけてお情けを請いました。探春は「見たでしょう? 邢のお嬢様はお客さんで、気持ちの優しい人なんだから、一人一人がちゃんとやってもらわないと」。 ばあやたちが「全ては彼女(王住児の妻)が先になってやらかしたことで、私たちは彼女の意思に逆らえなかったんです」と言うと、探春は冷笑して「あんたたちは早くに私たちに教えるべきだったのよ。どうして庭院の掃除もせずにみんなで賭け事をしに行ったの?」 そして「おのおのの一ヶ月分の手当を差し止め、後は今後の反省ぶりを見てからとします」と言い渡します。婆やたちは叩頭して「どうか御容赦を。今月のお手当がいただけませんと、我が家はどうして生活できましょう」。

ここで岫烟もとりなしをしようとしたので、平児はすぐに目配せしました。探春は「あんたたちはみんな邢のお嬢さんにお仕えするために遣わされたんでしょう。許しを求めるんなら邢のお嬢さんにしっかりとお仕えしないとね」。 ばあやたちは急いで邢岫烟に向かって叩頭し、許しを請いました。岫烟は助け起こして「今後は事をわきまえてちょうだいね」。 ばあやたちはこれに答えて「お嬢様ご安心を。今後は決してしませんから」。 探春は「さっさと庭の掃除に行きなさい。まさかお嬢さんにやらせるわけじゃないでしょうね!」 ばあやたちは感謝して叩頭し、出て行きました。探春は平児に向かって「戻ったら奥様(煕鳳)に、王住児の嫁の分の補充として、ここに夜番の者を一人置くようにって伝えてよ」。 岫烟は慌てて、「ここには人が多いのに、どうしてまた補充するんです? 人が多ければ管理が届かず、心配の種となりますわ」。 探春はちょっと考え、岫烟の言うのももっともと思い、欠員分を省くこととしました。

一方、黛玉は宝玉と一緒に辞して出てきました。黛玉は「このところあなたが病気に伏せっていた時、伯父様(賈政)に呼ばれませんでした?」 宝玉は笑って「私は病気だったので今まで呼ばれなかったんだけど、父上がなぜか外で、風流秀逸な話を聞き、それが父上の心中にある『忠義』の二字にぴったり合う物語だったので、機嫌良く戻ってくると食客たちを集め、私と蘭ちゃん、環ちゃんをも呼んで、詩を一首ずつ作らせたというわけ。あの日の父上はご機嫌で、自ら筆をとって、私が一句詠むのを書きとめたんだよ。とっても妙な話でしょう?」 黛玉は笑って「伯父様はあなたの詩を褒めまして?」 宝玉は頷いて「うん、写して外の人にも見せに行ったんだよ」。 黛玉は笑って「本当に妙な話ね。でも私、今日はちょっと疲れているので、あとで聞かせてね。いったいどんな物語でして? あなたはどんな詩を作ったの?」 宝玉は頷いて承知し、黛玉を瀟湘館に送りました。


この時、探春と平児は一緒に秋爽斎に戻っていました。探春は「二の姉様のことだけど、あんなふうに虐められているの? あなたの奥様は何もお尋ねにならないの?」 平児は「お尋ねになってはいるんですけど、間にいろいろ問題がありましてね」と言って周囲を見渡し、「漣の旦那様は前に一度孫家を訪ねたんですが、大殿様(賈赦)はそれを知ってひどくお怒りになり、嫁に行った女は、撒いた水のようなものだ。若い夫婦のいさかいなどよくあることで、どこにいちいち大騒ぎする奴がいるか! とこうですの。大奥様(邢夫人)も、鶏に嫁げば鶏に従い、犬に嫁げば犬に従うというのが人の運命です。人様の家庭に口を出すなんて面目を失うだけだし、人に聞かれたら笑いものですよ、とこうおっしゃるのですよ。お嬢様、どう思います? 漣の旦那様と奥様に何ができましょう! 二のお嬢様のようないい方が、こんなふうに大殿様に見捨てられるなんてあんまりですわ!」。 探春もため息をついて、「ちっとも知らなかったわ。自分の娘があんな目にあっているのに、当の両親は平気だなんて。平素はこの家がいかに権勢を誇っていても、肉親さえ守れず、人に踏みつけにされるなんて恐ろしいことじゃなくて?」 平児は「このままでは、二のお嬢様のことは事なきに済まされてしまいますわ。二のお嬢様が前に言われた話は本当らしくて、うちの大殿様は孫家にこんなに銀子をお使いになったんですって」と言って五本の指を伸ばした。探春はびっくりして「その話って本当なの? 大奥様や大殿様はどうして放っておかれるの? それじゃあ二の姉様を苦しめるだけじゃないの」。 平児は慰めて「そうだとしても、こちらからは足繁く通わないといけませんね。一つには二のお嬢様を安心させ、二つにはこちらが頻繁に訪ねるのを見れば、孫家でもおとなしくするかもしれませんから。すでに昨日も旺児の妻に物を届けさせましたの」。 探春は頷いて「よかった。あなたの奥様も気にかけてくれているわけね。でも、二の姉様はとても気の弱い人だから心配だわ。私たちもよく気をつけましょうね」。平児は「はい」と答え、探春と別れました。

平児が煕鳳のところへ戻ると、煕鳳は珠のついた対襟の皮褂を着て、椅子に腰掛けて手あぶりの炭をシャベルで掻き出しているところでした。平児は笑って「奥様、寒いですか? 外は雪が降りそうですよ。寒くなるのが早くなりましたね。園のお嬢様たちはお揃いの赤い猩猩氈に赤い緞鶴のオーバーを着ていましたわ。奥様、お座りになって。手あぶりの蓋を持って来させますから」。 煕鳳は頷いて「奥様のところからの帰りに、あそこの甬道を通ったら風に吹かれてね。本当に寒くなったと思ったわ」。

平児はすぐに、二人のばあやに手あぶりの蓋を持ってこさせると、笑いながら煕鳳に言いました。「奥様は、三のお嬢様が二のお嬢様の乳母の兄嫁の王住児の妻を追い出したことをご存知でした?」 煕鳳はちょっと驚いて「いつのこと? ちっとも聞いていないけど」。 そこで平児は、先ほどの一部始終を煕鳳に話し、最後にこう言いました。「三のお嬢様は、戻ったら奥様にこう申し上げるようにとのことでした。本来は奥様に決裁してもらうところですが、宝玉さんと林のお嬢様は、奥様が病気ということで、大事でもないので、三のお嬢様に頼んだんです。お嬢様は断るわけにもいかないので処置をしましたが、奥様、ご安心を。連中が二度とへらず口を利かず、恨みの残らないようにしましたから、と」。 煕鳳はため息をついて「二のお嬢さんのところの人については本当に面映ゆかったわ。彼女らが主人で、二のお嬢さんが家奴みたいだったもの。二のお嬢さんの性格では抑えられるわけがないわ。嫁に行っても孫家で苦しい目に遭っており、邢のお嬢さんにまで悔しい思いをさせてしまったのね。幸い三のお嬢さんがこうして大鉈を振るってくれたから、彼女たちも二度と間違いを起こさないでしょう。邢のお嬢さんは邢の奥様の家の人ですもの。あのまま騒ぎを起こされて病気にでもなったら、奥様に顔向けできないところだったわ。三のお嬢さんのおかげで心配事も減ったというのに、逆に彼女は、私が心配するんじゃないかと思ってあんたにあんな報告をさせたのね」。 平児は笑って「奥様が分かったお人だからこそ、三のお嬢様はこんなに見事な処置をされたんですよ。もし他の人だったら、どれほど奥様が心配しなくちゃならないか分かりませんわ!」

煕鳳は頷いて笑いながら「三のお嬢さんはいずれはお嫁に行かなくてはいけないわ。ちょっと前にも縁談が二つ持ち込まれたっけ。ガマガエルは白鳥の肉を食べたがる(身のほど知らず)とのことで、奥様に一蹴されたけどね。でも、彼女が嫁に行くのは少し遅いといいのにね。この二年間、ずいぶん助けられて今日まで持ちこたえてこれたのかもしれない。私もあまり人からとやかく言われずに済んだわ」。 平児は手を合わせて笑いながら、「おやまあ、奥様がそう思ってくださるのは結構ですわ。私も奥様のお陰で、何か申すたびにとやかく言われずに済みそうですわ」。 煕鳳は笑って「馬鹿なことを! 私が今後ビシビシやる時は後ろにいるつもりのくせに、お前がどうして人にとやかく言われるはずがあるかい」。 平児も笑って「奥様はもうお分かりになったんですから、また仇同士にならなくてもいいでしょう。私は奥様と一緒に福を受けられれば十分なんですわ!」 そしてまた、「すぐに旺児の妻をやって、つけ届けをさせ、二のお嬢様を見舞わせておくとよろしいですよ。先ほども、三のお嬢様がお尋ねになり、私たちに気にかけておいて欲しいとおっしゃいました。私は、奥様は昨日すでに旺児の妻を行かせましたよ、と言っておきましたわ」。

煕鳳はこれを聞くと、笑いながら頷いて、「よくも臨機応変で大した才覚だこと。本当にしつけた甲斐があったというもんだわ」。 平児は冷笑して、「奥様のお側で多くのことを経験してきたんですもの、しつけたも何もないもんですわ!」 煕鳳は笑って「お前も言った手前、早く旺児の妻を行かせなさい。ついでに旺児に、あの利銀はお前が使ってしまったのかいって聞いておくれ」。 平児は笑って「利銀でしたら、午前中に旺児の家が届けてきましたわ」と答えました。

銀子の話が出たので、平児は邢岫烟のことを思い出し、煕鳳に言いました。「奥様はまだ御存知ないでしょうが、今日邢のお嬢様のところに行きましたら、彼女は年越しのことを心配していましたわ。二のお嬢様がいた時には、二のお嬢様が下の者にお年玉を上げるのが当たり前になっていたらしいんです。二のお嬢様がいなくなったので、邢のお嬢様にお鉢が回ってきたんですわ。私は、大奥様(岫烟の母?)の分として銀子を何両かお渡しすればいいと思うんですが」。 煕鳳は笑って「お前も気を回すようになったね。いいでしょう、百二十両の銀子を渡してあげて。年越し用に使うようにって言うんだよ」。 平児は笑って「はい」と答えましたた。それから二人はしばらく話をして休みました。

次の日、平児は銀子を持ち、また、羊の皮の内掛けと毛皮のスカートを包んで小女中に持たせ、自分は後ろを歩いて、まっすぐ紫菱洲に岫烟を訪ねました。

岫烟はこれを見ると顔を真っ赤にし、慌てて断りました。「何でもないことなのに、かえって煕鳳姉さんとお姉さんに気を遣わせてしまいました。この銀子と衣服は断じて受け取れませんわ。お姉さん、お持ち帰りください。御厚意だけは頂戴しますので、煕鳳姉さんには本当に感謝していますとお伝えください」。 平児は笑って「お嬢様、遠慮するには及びませんわ。うちの奥様は用事が多いですが、一時も目を離してないんですよ。間もなく正月がやってきますが、以前は二のお嬢様がいましたので、お嬢様はあまり気を遣わなくてよかったのに、今ではお嬢様が頼られる番になりました。どこに要らないお金なんてあるもんですか! ですから、奥様が何両かの銀子を届けるようにと私に言われたんです。どうぞ使ってください。この内掛けとスカートも奥様からお嬢様にくださったものです。お嬢様がお嫌でなければお収め下さい。何も特別に結構な品というわけでもないんですし」。

邢岫烟は感謝の気持ちで一杯になり、うつむいて頭を赤くして言いました。「煕鳳姉さんとお姉さんには御迷惑をおかけしました。まさか嫌なはずはありませんわ。このように結構な毛皮の服であれば、どんなに寒くてもきっと暖かいだろうなと思いますもの。ただ、私がここで食べるもの、使うものにも毎年どれだけのお金がかかっていることでしょう。今また訳もなくこれらの品をお持ちいただき、どうしていただけましょう。お姉さん、やっぱりお持ち帰りいただいて、煕鳳姉さんによろしく言っていただけませんか」。 平児は笑って「奥様がくださると言うのに、持って帰ったりしたら、お嬢様に嫌われているのかって疑ってしまいますわ。どうぞ貰ってください。遠慮が過ぎますと仲違いしたようにみえますよ」と言うと、岫烟はちょっと考えて、もらっておくことにしました。

それから平児は、岫烟が刺繍した靴を手に取り、何度もひっくり返して言いました。 「お嬢様は針仕事がお上手ですね。この蝶々なんて本当に飛んでいるみたいですもの」。 岫烟は笑って「でも金糸で撚ればもう少し精巧になるんですけど。どうぞ履いてみてください。ぴったりだといいんですけど」。 平児はそこで履いてみました。「ぴったりだわ! お嬢様、私にいただけませんか?」 岫烟は笑って「お姉さんに喜んでいただけるのなら、どうぞお持ちになってお履きください。あと二足ありますので、煕鳳姉さんにも差し上げてください」と言って、靴箱を開けて持ってきました。

平児は喜んで、急ぎ煕鳳に代わってお礼を言いました。岫烟はまた、あとで巧姐のオーバーに刺繍をしたいので、巧姐は何色が好きなのかと尋ねました。平児は笑って「でしたら、桃色の緞子に刺繍してもらえますかしら。先に嬢ちゃんに代わって礼を言わせていただきますわ」と言って、小女中に靴を持たせて辞しました。あとはどうなるでしょうか、続きは次回にて。


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