王夫人はさらに彼女をオンドルの上に座らせ、こっそりと話をします。「あんたに来てもらったのはほかでもないの、宝玉もずいぶん大きくなって、前には兵部の黄侍郎の娘との縁談があっただろう。私は思うんだけど、外からの縁談だと器量や性格は良いってしか言わないわけだけど、嫁入りしてみると必ずしもそうじゃない。だから、私は身内で縁談を進めたいと思っているんだよ」。 鳳姐は「奥様のお考えは大変結構ではないですか。身内での縁談でしたら器量も性格も分かっていますから、袋に入れた猫を捕まえる(何をつかませられるか分からない)よりもずっとよろしいですわ。ご隠居様がおよそそういうお考えですもの、奥様もそうお考えなら決まりではないですか。宝玉さんと林のお嬢さんの心配もなくなりますわ」。 王夫人は「林のお嬢さんなの?」 鳳姐は「林のお嬢さんで間違いないでしょう。お分かりではありませんでしたか? 宝玉さんの心は林妹妹にしかありませんし、ご隠居様もきっとそうお考えでしょう。身内で縁談となれば当然そうなりますわ。宝玉さんも喜ぶでしょうし、ご隠居様もお喜びになるでしょう」。
王夫人は「それが違うの。私の考えは林のお嬢さんではなく、宝のお嬢さんなのよ。林のお嬢さんの性格はあんたも知らないわけではないだろうし、加えて、いつも薬を服用しているわ。私には宝玉一人しかおらず、子孫を継がなくてはいけないのに、林ちゃんに子供を生み育てることができるかしら? 早くに命を落とすかもしれない。宝ちゃんのように寛容で体が丈夫な人であってこそ長久の計(将来のある計画)が立つというものだろう。となると、ご隠居様の手前もあるし、何か方法はないものかね?」
鳳姐はこれを聞いて答えます。「宝妹妹に決めるのは妥当とは言えないでしょう。宝妹妹は確かに容貌も性格も言うまでもなく、私どもの家に嫁いで来てくれれば、私の片腕になってもらえます。でも、この件はご隠居様が取りしきっており、ご隠居様が言われたことに誰が口を挟めましょう。つまらない思いをするだけです。それに、宝玉さんと林のお嬢様は小さい時から一緒に大きくなり、宝玉さんの心には林妹妹しかいません。宝妹妹を娶ったらどんな騒ぎが起こるか分かりません。林のお嬢様も病気がちですから、かっとなって命を落とす羽目にもなりかねず、ご隠居様がどうして代えたりいたしましょう? これらの理由からも、奥様には林のお嬢様にお決めになられる方がよろしいかと思います」。 王夫人は大きくため息をついて、「私はやっぱり悔しいんだよ。あのように申し分の無い宝ちゃんを娶らずに、風が吹けば倒れるような娘では、宝玉を愛してくれても、病気で先立たれては私も死にきれないんだよ」。
鳳姐は王夫人がかくも執拗なのを見て、しばらく考えがまとまりませんでした。もし王夫人に従えば、ご隠居様は何とおっしゃるだろう? 従わなければ、王夫人がさらに悩むことになりそうだ。
ちょうどその時、平児が報告にきて、「甄の奥様が若様とお嬢様を伴って上京され、今ご隠居様の部屋にお出でです。ご隠居様から奥様と二の若奥様に早くお来しいただくようにとのことです」。 王夫人はそこで立ち上がります。
鳳姐はこれを聞くと眉をしかめますが、ふと足を叩いて言います。「これで上手くいくわ! 甄の奥様が帰られてからまた相談しましょう」。 平児は鳳姐のこの様子を見て、何事かは分からないものの不審な感を抱きましたが、敢えて尋ねることはせず、一同は賈母の部屋に行きました。
そこには甄夫人と若君、姫君が揃って来ており、王夫人と鳳姐を見ると立ち上がります。鳳姐は急いであいさつし、王夫人も甄夫人にあいさつして尋ねます。「いつ上京されたんです? 皇恩は広く有り難いものですね。先日官報を拝見して、甄の大殿様が復職され、没収された家産も全て返却されたと知り、私どもも喜んでおりましたわ」。 甄夫人は「これも皇帝陛下のお陰です。今日やっと聖恩に感謝するために上京できましたわ」。
王夫人は「こちらが甄家の若様ですか? 私どもの宝玉とそっくりで双子のようですね」。 賈母は甄宝玉の手を握り、頭から足までじっくり見て、笑って「こちらの宝玉さんが私どもの園にいたら、侍女たちはきっとうちの宝玉だと思うだろうね。誰も見分けられないかもしれないね」と言って、鴛鴦に金の首飾り一つと状元及第の金の飾り四つを持ってこさせて甄宝玉に贈りました。
鳳姐は賈母がそのように喜んでいるのを見ると、おどけてこう言います。「ご隠居様がお気に入りでしたら、孫になさったらどうです。二人の宝玉さんを膝に乗せたらどれだけ楽しいか分かりませんわよ」。 賈母はハハハと笑って、「私が二人の宝玉を欲しがっても、甄家の奥方が放したがらないよ」。 甄夫人は笑って、「ご隠居様が気に入られたのでしたら義孫にしてくださいませ」。 賈母はすぐに王夫人に命じてそのようにさせ、王夫人もとても喜んで、多くの品物を贈るのでした。
そこへ宝玉もやってきて、甄夫人にお目通りし、甄夫人も多くの物を賜ります。さらに、甄宝玉とも対面しました。
賈母と王夫人が二人を見ると、背丈も同じで、もし賈宝玉が胸に金のミズチの瓔珞を下げ、五色の絹糸で美しい玉を下げていなかったら見分けることができないところでした。一同は二人が向かい合って礼をするのを見ると笑い出しました。
侍女たちは、甄宝玉とうちの宝玉がそっくりだと聞いて、みんなこっそりと見に来ました。見れば二人の顔立ちは確かに一緒なので、みな奇妙に思って、もし宝玉さんがここにいなかったら、きっとうちの宝玉さんだと見間違えてしまうでしょう、と話すのでした。一同がしばらく談笑してから、甄夫人は別れを告げます。賈母は引き留めようとしますが、甄夫人が「上京したばかりですることが沢山あるんです。後日また参りますわ」と言うと、王夫人が一同を連れて見送りに出て行きました。
さて、宝玉は甄宝玉を見送ると、再び賈母の部屋に戻ってきました。賈母は「どうしてまた戻ってきたんだい? 私が甄家の坊ちゃんを気に入ったよのが面白くないのかい?」 宝玉は笑って、「私は素敵なお兄さんができて本当に嬉しいですよ! 今参ったのはご隠居様にお願いがあってのことです」。 賈母は笑って、「言ってごらん」。
宝玉は「以前、どなたかが私の縁談を持って来られたそうですね、どちらかの侍郎のお宅の娘さんだとか。ご隠居様、この孫をお救い下さい。何とぞ、この縁談をお認めにならないでください」。 賈母は笑って「なんだい、そのことかい。お前の兄さんたちはこの縁談を聞いてとても喜んでいたけど、お前は気に入らなくて飴菓子みたいに捻れているのかい?」 宝玉は「その侍郎のお宅の娘さんはどんな器量なのかご存知なんですか? 唐突に屋敷に連れて来られて結婚させられるなんて考えたら捻れもしますよ」。 賈母は笑って「いい子だから、捻れることはないよ。私たちも皆こうしてやってきたんだから、すぐに上手くいくもんだよ」。 宝玉は「璉二の兄さんと鳳姐も、一緒に育った身内で結婚させるのが自然だっていっていますよ」。 賈母は「お前の父さんは言っていたよ、身内で結婚させることはできない、やはり外の厳しい人ならお前も管理してもらえていいだろうって」。 宝玉はこれを真に受け、大声で泣き出します。
賈母は笑って宝玉を引き寄せて、「いい子だから、悲しまなくていいよ。お前をからかっただけなんだから。お前の縁談については早くから決めていたんだよ。ただ、林の嬢ちゃんは体が弱いし、お前達はまだ年も小さいから、二年も経ったらの話と思っていたんだよ」。 宝玉は林の嬢ちゃんと聞いて、思いがけない喜びに急いで跪き、「ご隠居様はやっぱり私と林妹妹を可愛がってくれていたんですね。そういうことでしたら、早く取り決めてください! 私も林妹妹も大きくなりましたし、ご隠居様にこの件を決めていただけるのであれば、将来私は大亀になってご隠居様を背負って墓参りをし、私と林妹妹への恩情に報いましょう」。 賈母は少し考えてから、「あと何日かしたら、お前の父さんは南方に巡察に出かけるから、お前の母さんもその旅支度で忙しいだろうね。いっそのこと、二ヶ月後に帰ってきた時に、私がお前の父さんと母さんに話をするとしよう! 良い日を選んで決めてしまえば、それで私の心配事もなくなるわけだ。あの早死にした娘(賈敏)にも顔向けができるというものさ」と言い終えて目を赤くし、涙を流します。宝玉は跪いて賈母のふところに飛び込み、衣服で賈母の涙をぬぐいます。賈母は宝玉を抱き寄せて、「いい子だから、この事は林妹妹には言わないでおくれよ。あの子が知ったらしばらくお前とは会えなくなるんだからね。時が来れば、私からあの子に言うから、他に漏らしちゃいけないよ」。 宝玉は嬉しさに涙がこぼれ落ち、賈母に向かって二度叩頭してから立ち去るのでした。
宝玉はそのまままっすぐ瀟湘館に行き、紫鵑をつかまえてこの話をしました。紫鵑は嬉し涙を流して、「どうです? 私はご隠居様にお願いして欲しいとだけ申しましたのに、上手くいきましたね。この日をどれだけ待ったことか! 私どものあの方(黛玉)が知ったら、どんなに喜んでお泣きになるか分かりませんわ」。 宝玉は「私が林妹妹に伝えれば、心配せずに済むんじゃないかな」。 紫鵑はこれを引き留めて、「何を急がれます、今伝えに行ってあなたの顔を見たら、あの方は喜ぶのも泣くのもまずいし、更に悩まれるかもしれません。やっぱり私が夜こっそりと伝えますわ」。 宝玉はちょっと考えて、それもそうかと思い、紫鵑に向かって一礼して、「紅娘大人が気を揉んでくれたお陰だよ。将来事がなれば、どれだけ感謝していいか分からないね」。 紫鵑は「お礼なんて要りません。お嬢様が泣くことがなくなれば、これ以上喜ばしいことはありませんわ」。 宝玉は心うきうきとして立ち去ります。紫鵑は「あちこちで人に言いふらして、あの方に知られたらどうするのです!」 宝玉は歩きながら、「私もやきがまわったな、事はまだ成っていないのに、人に漏らして歩いたら呆れられるところだったよ」。 この時、黛玉はまだ昼寝から覚めず、宝玉が来たことは知りませんでした。
宝玉は怡紅院に戻ると、あまりの喜びに泣くでもなく、笑うでもありませんでしたが、麝月はこれを見て、「何かうれしいことがありましたか? そんな笑顔、久しぶりに見ましたわ!」 宝玉が「襲人姐さんは?」と尋ねると、麝月は「奥様のところにシロップをもらいに行きましたわ」。 宝玉は「早くお酒を持ってきてよ。今日は思う存分飲んでやるんだ!」 麝月は「そう急かなくてもすぐに夜になりますよ。厨房に言って少し料理を作ってもらいましょうか?」 宝玉は「そうしてよ」。 そこで麝月は、春燕を柳の家内に申し伝えに行かせます。一方で合歓(ねむ)の花を浸した酒を持ってきて、梅型の白いキャンディー(梅花雪片洋糖)、蝶餅(?)、ケーキ、さらにブドウ、茘枝、鬼蓮(オニバス)、梨を盛って並べました。
しばらくすると五児と春燕が料理を運んできました。麝月と春燕は急いでテーブルを運んできて設えます。宝玉は「みんな、座って飲んでおくれよ。今日は存分に飲もうじゃないか」と言って、五児を座らせようとしますが、五児はどうしても従おうとせず、宝玉は何度も口説いてようやく五児を座らせます。
宝玉はポットを取ってみんなに酒をつぎ、自らは梅花の徳利を選んで酒を注ぎます。ガチョウの水かきを摘まんで口に入れると、五児に向かって、「これは本当に美味いよ。あんたの母さんがこしらえて、お姐さん自ら運んできてくれたんだね」。 五児は「この料理は母ではなく私がこしらえたんです。母には及びませんわ。お褒めにあずかり恐縮です」。 宝玉は喜んで、「なんとお姐さんはこんな腕前を持っていたとは。今後の料理は是非お姐さんに作ってもらおう」。 五児は「二の若様が召し上がったその五香豆腐も母に教わったんです。まず油で揚げ、大豆油を加え、鍋に移してさらに揚げ、ゴマ油と生姜やネギなどの薬味を加えれば出来上がりです。酒の肴にも最高ですわ」。 宝玉は笑って「信じられないな、本当にそれだけでこんなに美味しくなるの?」 五児は「二の若様を騙したりしませんわ。もう一度味わって見てください」。 宝玉は一つまみ口に入れ、笑って五児に言います。「やっぱり美味しいよ。明日はもっとたくさん作って、林のお嬢さんにも届けてあげよう」。 五児は口をすぼめて笑います
この日の宝玉は上機嫌で、何もかも好転したような気がして、いつもは嫌っているものさえ今日は愛らしく思えるのでした。ふと襲人のことに思い至ります。彼女はここ数年苦労ながら自分に対してまめに仕えてくれている、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。そこで麝月に、「襲人姉さんはいないけど、この五香豆腐はとても美味しいし、金華ハムの餃子もあの人の好物だから取っておいてあげてよ!」と言うと、麝月は「この豆腐は二の若様がお気に入りのようですから食べて下さい」と言って餃子を下げて覆いを被せます。宝玉は衣服を脱いで綸子の打ち衣一枚になりました。
この時、秋紋・碧痕が戻ってきて、この様子を見ると、「いつ決まったのよ? 私たちを呼ばないなんて!」 宝玉は「さっき戻ってきたら、ちょっとお酒が飲みたくなって厨房に言って作ってもらったのさ。あんた達も早く座って飲みなよ」。
五児は、人数の割に料理が少ないのを見て、もっと取りに行こうとします。が、ちょうど鳳姐が小紅を寄こしてキジと鴨の舌を一盆ずつ届けてきたので、一同は「これで取りに行く手間が省けたわ」。 宝玉は喜んで、小紅にも座って飲ませようとします。
小紅は「今日はどなたの誕生日です? ずいぶん賑やかですこと」。 麝月は「誰の誕生日でもないわ。二の若様が何だかお喜びで、お酒を存分に飲みたい、私たちみんなにも飲むようにって言うの。私たちも何事か分からないのよ」。 宝玉は笑って、「何かないとお酒を飲んじゃいけないの? 今日は心から楽しくて、花は笑っているようだし、柳の枝は手招きしているし、鳥の声はいつもに増して美しく、日の光は優しいし、あんたたちもいつもよりずっと素敵だよ。いつも私が悪いのに、あんたたちにひどく当たってきたからね」。 一同はこれを聞いてみな笑い出し、「二の若様ったらふざけたことを言わないでください」。 秋紋は「ご覧なさい、二の若様はふざけてなんかいないわよ。何か嬉しいことがあったんじゃないかしら」。 ひとり麝月は心配して、こう思うのでした。襲人さんはどうしてさっさと帰って来ないんだろう。戻ってきたら若様がどんなに騒いだって構わないのに。
小紅はびっくりしてこう思うのでした。二の若様のこんな様子は私も見たことがないわ。世の中のことがみんな素晴らしいと思えるだなんて。気持ちが大きく動かされたんでしょうけど、林のお嬢様のことで何かあったのかしら」。
そこへ襲人が部屋に入ってきて、部屋いっぱいに人が座り、拳を打って酒を飲み、大きな声でわめき叫んでいる様子を見ると、しばらく驚いて呆然とし、「私がちょっと出て行った間に、どうして酒宴なんか開いてわめき散らしているのよ?」 宝玉は「とやかく言わずに早く座って飲みなよ。さっさとこの人に三杯ついでおくれ」。 小紅は杯を持ってきて襲人に二杯つぎます。
襲人はちょっと考えて、手を叩いて笑って言います。「そうか、分かったわ。そういうことね!」 一同は「分かったのなら早くおっしゃってよ」。 襲人は手を叩いて、「きっとこういうことね。私どもの家に一人増えることになったのよ」。 宝玉は魂が飛び出るほどびっくりします。
一同が「誰が増えるの? 説明してよ」と言うと、襲人は笑って、「さっき奥様の部屋にモクセイのシロップ(桂花露)をもらいに伺ったところ、奥様はお笑いになって、私に甄家の宝玉さんを見たかとお尋ねになったの。私どもの宝玉さんとそっくりで、ご隠居様は奥様に義子にするよう言われたんですって。私どもの家に二人の宝玉さんがいることになるじゃない! 私は奥様に、うちの宝玉さんは甄家の宝玉さんに会われたんですかってお聞きしたら、奥様は『もちろんよ。二人の宝玉が手を取り合って笑うと、二人は着ているものも同じだし、まさに天から降りてきた一対の金童みたいだねって、みんな手を叩いて笑ったのよ』ですって。今お酒を飲んでいるのも、きっとこのためでしょう?」
宝玉はほっとして、「既にお見通しなら、酒も料理もやりなよ! しばらくこんなに楽しいことはなかったんだもの。今日は五児と小紅も加わったから、賑やかに楽しくやろうよ」と言って、凍石の杯を差し出して襲人に一杯ついだので、襲人はようやく腰を下ろします。
宝玉は「ご覧よ、あんたの好きな火腿餃子(中華ハムの餃子)を取っておいたよ」。 麝月が運んでくると、襲人は宝玉が久しぶりにこんなに喜んでいるのを見て、嬉しくなって食べ始めます。
この時、宝玉の乳母の李婆さんがやって来て、「お酒を飲むのに一声もかけてくれないなんて。私も楽しませてもらいに来ましたよ」。 宝玉は手を叩いて笑って、「どうしてこの人のことを忘れちゃったんだろう」と言って、急いで上座に座らせ、自ら組み合わせ模様入りの琺瑯びきの杯を選んで酒をつぎます。李婆さんは終始つまらなそうにしていましたが、襲人の前にある餃子を取って食べ、「これは上手いね」と言います。一同は、宝玉がまた癇癪を起こすんじゃないかと思いましたが、宝玉と襲人は餃子とケーキを全て紙に包んで李婆さんに差し上げます。宝玉は「気に入ったのなら持っていって食べてよ。いつも心配をかけているんだから、今日はたくさん飲んでよ」。 これには李婆さんも喜んで笑って、「やっぱり私の宝玉は孝行者だね、私の乳を飲んで育っただけのことはあるよ。早く結婚して孫の顔を見せてもらいたいもんだね」と言ったので、一同はみな笑います。小紅は「お婆さま、心配なさらずとも、きっともうすぐですよ。三のお嬢様が行かれたのですから、次は当然二の若様の番ですわ。お婆さまは祝い酒を飲んで、孫を抱くのを待つだけですわ!」 李婆さんは喜んで笑って「本当にそうだね、三のお嬢ちゃんが行ってしまえば、私たちの宝玉が結婚する番だろうね。どこの家の福のあるお嬢さんが宝玉と結ばれるのか知らないけど、賢淑な人であれば幸いだね。私が言うのも何だけど、あちらのあの若奥様(金桂)みたいな人では、家中ひっくり返るような騒ぎで毎日どうしようもないからね」。 宝玉は笑いながら、「あんたも少しお酒を過ごして余計なことを言うんだね。もう一度言ったら、次はあんたを呼ばないよ」。 李婆さんは宝玉が恥ずかしがっているのだと思い、それ以上は言いませんでした。一同はまた大騒ぎし、拳を打ち始めるのでした。
さて、紫鵑はその夜、黛玉が窓辺に一人で座っていたので、側に行ってこっそりと「おめでとうございます、お嬢様」と言うと、黛玉は驚いて尋ねます。「突然どうしたのよ? びっくりするじゃないの!」 紫鵑は笑って、「お嬢様はもう心配する必要はありません。喜んでください、お嬢様のことはもう八割方決まったのですから」。 黛玉は心中いぶかしく思いながらも平静を装って、「この娘はおかしくなったのかしら? 私の前でこんなデタラメを言い出すなんて。私の何が決まったっていうのよ?」 紫鵑は笑って「まじめに申し上げますと、お嬢様と宝玉さんのことですよ。今日、宝玉さんがご隠居様にお願いに行かれたところ、ご隠居様もそうお考えで、お嬢様がまだ小さく、お体も弱いので、二年経ってからの話にしたいとのこと。宝玉さんはご隠居様に、とにかく決めていただきたいと頼んだところ、ご隠居様は、大殿様が間もなく南方に巡察に出かけるので、二ヶ月後に戻ってきた時に、大殿様と奥様に話し、吉日を選んで決めようっておっしゃったんですって。いかがです、この上なくおめでたいことではありませんか?」
黛玉は目を見開き、涙が堰を切ったように流れ出し、しばらくハンカチで涙を拭くだけで何も言えませんでした。
紫鵑は笑って、「これで私どもにも心づもりができました。お嬢様はあと二ヶ月お待ちになり、大殿様が戻られて、ご隠居様が話をされれば事は成るわけです。宝玉さんはお嬢様のことを思って、今日はご隠居様にどれだけ頭を下げたか分かりませんわ」。 黛玉は涙をぬぐいながらも冷笑して、「思ってくれているなんて一言も言っていないし、私たちのことなんて何とも思っていないかもしれないじゃない」。 紫鵑は「それでは宝玉さんが可哀想ですわ。あの暑い中を汗を流して知らせに来てくれたんですから。お嬢様はちょうどお休み中でしたので、私にこっそり話して、お嬢様にもご自身で話すつもりだったんですよ。私は、お嬢様が恥ずかしがるといけませんから、私が夜こっそりお嬢様に話せば済むと申し上げたので、宝玉さんは仕方なく承知されたんですよ」。 黛玉は絶えず涙を拭き、しばらくしてから、「あんたは出て行ってちょうだい。私が一人で座っていたからって、適当なことをベラベラとしゃべって。だいたい、誰が恥ずかしげもなく結婚したいだなんて願うのかしら? 私は一生、一人静かに過ごしたほうがいいわ!」 紫鵑は笑って、「いつもこのことを心に懸けていらっしゃるのに、今日は望んでいないなんておっしゃる。お嬢様も手に負えませんね」。 黛玉は涙をぬぐって笑い出し、顔を赤くして、「もし江南に住んでいれば、こんな心配はしなくてすんだわ。今は何もかも私たちの自由にはならないんだもの」。 紫鵑は黛玉の人となりをよく知っているので、それ以上のことは何も言わず、笑って「今晩はまだ暑いので、お嬢様はやっぱりベッドでお休みください。夜はもう更けましたよ」。 黛玉は「あんたが寝なさいよ。私はもう少しここに座って、月明かりのもとで木々や竹の葉が揺れるのを見ていたいの」。 紫鵑は黛玉の間着を換え、香を焚き、お茶を入れ、ハスの花と栗粉のケーキを持ってきて、「お腹が空かれたら召し上がりください。寒くなったら上着を羽織って、病気にならないようになさってくださいね」。 黛玉がうなずいたので、紫鵑はようやく立ち去りました。
黛玉は一人万感の思いが募り、こう思うのでした。いつもお婆様は思ってくださっていたのね。お婆様が決めてくれなければ、誰も私の婚儀なんか気にしてくれないわ。結婚したらお婆様に百倍も孝行して、私と宝玉さんへのお心遣いに報いましょう。また、こうも思うのでした。宝玉さんは本当に得難い知己だわ、何が『金玉の良縁』よ、これから互いに慈しみ合えばいいのよ。不幸にして父母は早逝し、悲しみや楽しみを分かつことはできなかったけど、結婚したら宝玉さんと一度蘇州の実家に戻り、墓山を掃き清め、父母にも宝玉さんを見てもらおう。きっとあの世でも安心してもらえるわ。
黛玉は椅子に座ったまま恍惚に入り、夢見心地に、自分が正に宝玉と結婚したかのように思うのでした。二人は天地に拝し、ご隠居様、大殿様、奥様に拝してから洞房(新婚夫婦の部屋)に入ります。宝玉はそっと蓋頭(結婚式で花嫁がかぶる赤い布)をめくってニタニタと馬鹿笑いをします。やがて黛玉の手を取って笑い、「妹妹が今まで安心できなかったのは、このことが気がかりで病気になっていたからだね。私もこの病気になっていたけど、今日ですっかり良くなったよ。その鳳冠はきつくて頭が痛くなるから、かぶることはないよ。さっさと取って私が髪を梳いてあげるよ」。 宝玉は小躍りをして喜び、自ら鳳冠を外して、金糸で珠をつないだ鳳釵(鳳形の簪)と花飾りを挿し、手を叩いて笑って、「妹妹はまさに天上の仙女のようだね。妹妹に言っておくことがあるんだ。いずれ私たちにも織姫と彦星みたいに男の子と女の子を一人ずつ授かれば可愛いと思うんだけどどうだい?」 黛玉は恥ずかしさにうつむいて、宝玉を押して、「またおかしなことを言うのね。明日、宝姉さんのところに行って、如意郎君(理想の旦那様)を紹介してさしあげてはいかがかしら?」 宝玉は「そうだね、宝姐姐の理想は私たちとは違うからね。明日にでも状元郎(科挙の状元及第者)を探して娶わせてあげてこそ、宝姉さんのような人品やこのこ数年の苦労も報われるするというものだね」と言うと、黛玉も頷きます。
ふいに廊下のインコが鳴き出します。「紫鵑、早く水を持ってきて、お嬢様がお目覚めよ!」 黛玉はハッとして我に返ります。見れば空はもう明るくなっていましたが、桃色の薄絹を貼り付けた窓辺に座ったまま、夢の中の事を何度も振り返り、離れがたく思うのでした。しばらくして紫鵑がやって来て、黛玉が一晩中椅子に座っていて、側にあった香も既に燃え尽きてるのを見ると嘆息がやみませんでした。
黛玉が夢見心地となった話はさておき、鳳姐は甄夫人が去ると、栄禧堂東側にある王夫人の部屋に行きました。
王夫人は彼女が来たのを見ると喜んで、急いで尋ねます。「あんた、さっきは何か方法があると言ったけど、邪魔が入ったわね。今度こそ言ってごらん」。 鳳姐は「もし奥様が宝妹妹に嫁に来てもらいたいのでしたら、これ以外に方法はありませんわ」。 王夫人は「侍女たちもみな追払ったから、どんな方法か早く聞かせておくれ」。 鳳姐はこっそりと王夫人に告げ、最後に「奥様、よくお考えください。これならご隠居様もどうしようもありませんわ」。 王夫人は喜色満面となり、念仏を唱えます。最後に、「あと何日かしたら宮殿に上ってお后様(元春)に拝謁する日で、ご隠居様も同行なされるけど、どう言ったらいいだろうね?」 鳳姐は「構いません。奥様はこのようにされれば、ご隠居様に疑われることはありませんわ」と言って、王夫人に二言三言耳打ちします。王夫人はしきりに頷いて、「それはいいね、みんなあんたに任せるよ」。 鳳姐は「宝玉さんはやはり大殿様が連れて行かれるのがよろしいでしょう。戻ってきた時にはもうあとの祭りで、林のお嬢さんが結婚してしまっていればどうしようもありません。これなら林のお嬢さんもおそらく喜ぶでしょうし、ご隠居様も何も言えないでしょう。これで万に一つも失敗なく、宝のお嬢さんを私どもの家に迎える事ができますわ」。 王夫人は笑って、「あんたの考えは万全だね、それでいくとしよう。今晩、大殿様が戻られたら、宝玉を南方にお連れいただくよう私から言うわ。ご隠居様のほうはあんたに任せるよ」。 鳳姐は「奥様、ご安心を。ご隠居様はもともと宝妹妹を気に入っておられるし、林のお嬢さんが余計なんです。林のお嬢さんさえ片付けば、ご隠居様もお喜びになるはずですわ」。 王夫人は「そうだね。やっぱりあんたたち夫婦は揃って頼りになるね。蓉児のことだって、もし璉児が行かなければ、しばらくは戻って来られなかったろうからね。宝玉の外回りについても璉児にお願いするよ」。 鳳姐ははいと答えて立ち去ります。後のことを知りたければ次回をお聞きください。