意訳「曹周本」


第115回
冷心の人と相遇して絲蘿(しら)を結び、熱腸の婦女は流落して他郷で喪(ほろ)ぶ

さて、鴛鴦についてですが、賈家の家産没収の後、多くの侍女たちは次々と去っていきました。鴛鴦は賈母づきの侍女でしたので、皆に一目置かれていました。鴛鴦の兄と兄嫁も元は賈家の使用人で、今では京城で小さな商売をしていましたが、鴛鴦は彼らに付き従うつもりはなく、南方に行きたいと思っていました。宝釵が懐妊し、世話をする者が足りなかったので、出産後に話を切り出すつもりでした。今、鳳姐が賈璉に離縁され、金陵に戻ることになったと聞き、また、宝釵が死産し、焙茗・麝月夫妻が世話をする状況になりました。鳳姐は元々自分とは馬が合うし、離縁されて不憫だし、一緒に金陵に戻ることにしよう! そう考えが決まると、宝玉夫妻に告げに行きました。

二人も、考えてみれば、鳳姐は確かに気の毒だし、しっかり者の鴛鴦が一緒に行ってくれるならそれに越したことはない。そこで、引き留めはせず、涙を流して、「あんたが鳳姐に付いて行ってくれるなら、私たちも安心だよ」と言って、襲人からもらった銀子を一錠取り出して鴛鴦に渡し、「道中必要なものに使ってくれ。二人とも女性だし、途中で世話をしてくれる者は誰もいないんだから、十分に気をつけてね。そして、鳳姐をしっかりと慰めてやっておくれ。私たちも気に掛けているからって。本当に離縁されたとは限らないんだからね」。 鴛鴦は、「私もそう思います。璉の若殿様もちょっとお怒りになられただけで、奥方様を南方の旧宅にしばらく帰すだけかと。あちらには大殿様と珍様の奥様もいらっしゃいますし、行けば世話をしてくれる者もおりますし」。 宝玉は、「あんたの言うとおりだ。金陵に戻って、父上に会ってもらうのもいいだろうね。父上は私塾で先生をして生計を立てているそうだけど、暇で何もすることがないよりはずっといい。兄嫁さんと蓉さんの奥さんは田舎で農作業をしているって聞いたけど、難儀しているだろうから、くれぐれもよろしく言っておくれ」。 鴛鴦は一つ一つはいと答え、最後に、「この銀子は、二の若様と奥様が取っておいてください。二の若様は宗学での仕事がなくなり、今後どうやって暮らしていくつもりです? 私たちは何とかいたしますわ」。 宝玉は、「気にしないで。私たちは京城にいるんだし、生活のすべは何とか見つけるさ。あんたたちこそ、道中文無しではどうにもならないだろう!」 鴛鴦はなおも固辞しようとしますが、宝玉は、「私たちもこれぐらいのことしか出来ず、本当に申し訳なく思っているんだよ」。

鴛鴦はやむなくそれを受取り、衣服の整理を始めますが、着替えの上下が二組と綿入れの服一枚だけでした。まとめ終わると、小花枝巷に鳳姐に会いに行きました。

鳳姐は既に荷物をまとめ終えていましたが、鴛鴦が来たのを見ると、涙を落とさずにはいられませんでした。鴛鴦はしばらく慰めて、「あちらには大殿様がいらっしゃいますから、南京に戻ったら会いに行きましょう。私はずっとあちらに戻りたいと思っていたんですよ!」 鳳姐は苦笑して頷きます。

平児は鴛鴦が来たのを見ると、鳳釵(鳳飾のかんざし)を一本取り出し、「これは何とか残しておいた鳳釵なの。持って行って途中で使ってちょうだい! 一緒に行けなくて本当にごめんなさいね」。 鴛鴦はそれを受け取り、「璉の若殿様もあんまりだわ。考えを改めてはくれないのかしら?」 平児は涙を流してため息をつき、「今回はもう見込みがないの。いくら諫めても聞いてくれなかったわ。私でさえ叱りつけられ、どうすることもできないのよ」。 鴛鴦はため息をつき、「璉様の奥様に過去の過ちがあったとしても、もう過ぎたことじゃない。いつまで拘っているのかしら」。 平児も頷き、「まだ気にされていたとは思いもしなかったわ。ずっと溜め込んでいたものが、別のことがきっかけで吹き出したのね」。 二人はまたしばらくため息をつきました。 平児は「あなたと奥様が無事に南京に無事着くことを祈っているわ。道中、奥様のことをくれぐれもよろしくね」。 鴛鴦は頷きます。

さらに二日が経ち、平児は焙茗に言って駕籠を二つ呼んで来させ、巧姐、板児、劉婆さん、宝玉、宝釵、李紈、薛未亡人、岫烟、李綺たちが揃って見送りに来ました。皆が鳳姐を慰め、「しばらく南方で遊んでくるのも良いことです。しばらくしたら戻って来れましょう」。

この日、賈璉は用事にかこつけて、夜が明けないうちに小花枝巷を離れました。一同は賈璉も悲しんでいると思い、これを責めようとはしませんでした。

やがて駕籠が到着し、鴛鴦は鳳姐を扶け起こします。一同は目に涙を浮かべます。鳳姐は初めこそ我慢していましたが、巧姐が駆けつけ、「可哀想な母上!」と叫び、鳳姐を抱きしめ、激しく泣きました。鳳姐の涙が滴り落ち、巧姐を抱いて放さず、一同は涙を拭って慰めます。巧姐はようやく離れ、鳳姐が駕籠に乗るのを手伝います。二人の車夫が担ぎ上げ、すぐに出発しました。一同は駕籠が遠くなっていくのを見て、ため息をつき、涙を流しました。

鳳姐は、駕籠の中で悲しみに啜り泣いていました。その夜は、京城から百十里のところまで来て、村の商店に宿をとりました。鳳姐はお茶も食べ物も摂らずに泣きました。

鴛鴦がお湯を運んできて、鳳姐を慰め、「気持ちを楽になさってください。私が言っても仕方ありませんが、あのままでは奥様は家で生き地獄を送ることになったんですよ。金陵に戻れば大殿様と大奥様がいらっしゃいますし、今よりずっといいじゃありませんか!」 鳳姐は口では「ええ」と答えますが、心には受け入れ難いものがありました。

鳳姐は、本来、負けず嫌いで見栄っ張りの性格ですが、このように辛い思いをしたことはありませんでした。それに、身内と遠く離れ、巧姐のことを考えると気掛かりでならず、悲しみに堪えませんでした。夜が深まり、商店の中がひっそりと静まり返っても、鳳姐はどうしても眠れず、ベッドの上で寝返りを打ち、月を眺めてため息をつき、涙を流しました。道中では鴛鴦が慰めてくれたものの、沈んだ気持ちが晴れることはありませんでした。

鳳姐には肝気が痛む持病があり、旅の疲れも加わって、途中で伏して起きられない状態になってしまいました。鴛鴦は、店の主人に地元の医者を呼んで診てもらい、鳳姐は十種以上の薬を服用し、二十日余りも宿に滞在し、ようやく歩けるようになりました。

しかし、手持ちの金銭が心許なくなり、駕籠に乗るお金もなく、主従二人で歩かねばなりませんでした。途中で餅菓子や芋を買って腹の足しにし、のどが渇けばひょうたんの水を飲み、夜は粗末な安宿に宿泊しました。半月でお金が底を尽くと、平児にもらったかんざしを売って使い、ようやく鳳陽(注:現在の安徽省滁州(じょしゅう)市)まで来ました。

鳳姐は空腹と疲れで、腰の痛みを訴えました。鴛鴦は替えの衣服を売って食べ物を買い、鳳姐に与えました。

鳳姐は食後に嘔吐し、顔が黄色くなり、歩くことができなくなりました。鴛鴦は、鳳陽郊外に荒れ果てた無人の寺院を見つけ、鳳姐を本堂の一角で休ませました。寺院は廃墟で、四方からすきま風が入りました。既に十月になり、南方でも初雪が降っていました。病人の鳳姐はともかく、鴛鴦もとても寒く感じたので、急いで寺院の外で稲わらを探してきて、鳳姐をその上に寝かせ、また、薪を集めてきて焚き火を起こしました。

二人とも疲れていたので、焚き火のポカポカとした暖かさで眠りに落ちました。鴛鴦が目を覚ますと、もう夜が明けており、地面には雪が一尺ほど積もり、ひらひらと舞っていました。鳳姐はなおも昏々と眠っていました。鴛鴦はため息をつき、カゴを手に取り、通りに物乞いを行こうとしました。寺の門を出ると風と雪が吹きつけ、鴛鴦は二度身震いをし、袖で顔を覆って引き返しますが、なおも思い直します。もし自分が行かないと、鳳姐が目を覚ました時に食べさせるものがないし、重い病気の鳳姐に一日食べさせないわけにもいかない。そこで、意を決してスカーフを巻いて出て行きました。

鴛鴦は、何とか茶碗半分の残飯と残り物の饃(モー:小麦粉をこねて焼いた食品、パンズ)二つを手に入れ、鳳姐が空腹を訴えるのを心配して急いで戻り、火のそばで煮込みました。しばらくして鳳姐が目を覚まし、鴛鴦は急いで差し出しました。鳳姐が水を一杯飲み、その食事を食べると、少し気分がすっきりしましたが、腰がまだ痛くて絶えずうめき声を上げました。鴛鴦はさらに、火で炙った饃を鳳姐に差し出しました。

鳳姐は呻きながら首を振って、「もう要らないわ」と言い、また、「あんたもお腹がすいただろうから、少し食べてちょうだい」と言いました。鴛鴦はとても空腹でしたので、これをかきこみ、茶碗半分の水を飲むと、少しお腹が満たされました。鳳姐の呻き声を聞き、またしばらく慰めました。

鳳姐は腰のあたりを押さえ、喘ぎながら言いました。「ここから南京へはまだだいぶあるけど、お金がなくなり、私は重い病で先に進むことができなくなったわ。どのみち、この病気は治らないんだから、妹妹は先に行ってちょうだい! 迷惑をかけたくないの」。 鴛鴦は笑って、「奥様、何を仰られますか! 私と奥様は一緒に発ったのですから、一緒に帰るんですよ。奥様一人をここに残し、一人で行けるわけがないじゃありませんか! この鴛鴦をどんな人間とお思いです? 奥様はとにかく気持ちを楽になさってください。病気は徐々に良くなりますから」と言って、頭を上げて空を眺め、「大雪になりますね! 私はもう少し薪を集めてきます」。

間もなく、鴛鴦は薪を集め、掘り残しの芋を拾って持ち帰り、火で焼いて鳳姐に食べさせました。

焚き火のおかげで体も温まりました。鳳姐はしばらく呻き声をあげていましたが、再び眠りにつきました。雪はますます強くなり、鴛鴦は、しばらくは外に出るのも難しくなると思いました。幸い、この一日頑張って集めた芋はまだ数個残っており、火のそばに座って、いつの間にか眠りに落ちました。

鴛鴦は、ぼんやりとした意識の中で、誰かが話しているのが聞こえました。「こちらのお二人の女性はどなたです? どこかでお会いしたような気がするのですが」。 鴛鴦がびっくりして目を覚ますと、目の前に一人の若い男性が立っており、自分たちを注意深く見ています。その人は堂々たる風貌で、腰に剣を帯びています。鴛鴦はその若者をじっと眺め、喜んで叫びました。「あなたは柳の若様ですか? いつぞや頼大さんの花園で、芝居のことを伺いましたが」。

その若者は、これを聞くとびっくりして、「と言うことは、あなた方は頼尚栄君の屋敷の方でしたか! 道理で見覚えがあるわけです。どうしてこんなところに?」 鴛鴦は「若様、まずは御確認ください。こちらでお休みの方がどなたか分かりますか?」

柳湘蓮はじっくりと見ていましたが、確かに見覚えはあるものの、どうしても思い出せません。鳳姐は病気で痩せ細り、昔のような風采がなく、分かるはずもありませんでした。そこで、鴛鴦に対して首を振り、「頼尚栄君の家事を執られていた奥様でしょうか?」と言うと、鴛鴦は嘆息して、「やはりお分かりになりませんか。頼尚栄さんの屋敷の奥様どころでありません。栄耀風雅を誇った栄国府当主、璉様の奥方様ですわ!」 柳湘蓮はこれを聞くと愕然とし、「なるほど確かに! どうしてこのようなことに?」

鴛鴦はため息をつき、「話せば長くなります。若様、こちらにお座りください。詳しくお話しさせていただきます」。 そこで湘蓮はわらの上に座りました。

鴛鴦は、自分が賈母に仕えた侍女だったこと、賈家が家産没収となり、鳳姐が監獄に送られたこと、一家が家廟に移り住み、火災で離散したこと、鳳姐が離縁させられたこと、道中物乞いをしたことなど、ここに至るまでの全てを柳湘蓮に話しました。

柳湘蓮は頭を振ってため息をつき、「威容を誇った名家がかくも一敗地に塗れるとは思いもしませんでした!」と言って、さらに宝玉の現況を尋ねます。宝玉と馮紫英たちが宗学を辞めさせられたと知ると、いずれ上京して二人に会いたいと思いました。

鴛鴦は尋ねます。「尤の三のお嬢様が亡くなり、柳の若様は道士について行かれたと伺っていましたが、どうしてこちらに?」 湘蓮は嘆息して、「尤三姐は激しい気性で、絶世の美人でしたが、私に福がなかったばかりに全てを失ってしまいました。たまたま道士に出会い、彼の不条理な話を真に受け、付いていきましたが、後に彼は何も知らず、路上で物乞いをし、人々を騙しているだけであることを知り、別れて各地を放浪しました。暮らすすべがない時は、金持ちから奪って貧乏人に分け与えるのを生業としていましたが、その後、足を洗い、泉州で商売を始めました。今回は、仕入れに来て大雪に見舞われ、こちらのボロ寺に避難したところ、思いがけずにあなた方にお会いしたというわけです。璉様の奥方様が病気ということでしたら、まず町に行って医者に診てもらいましょう。すぐに駕籠を呼びますから、姐姐はここでお待ちください!」

湘蓮が立ち上がると、突然、鳳姐が夢の中で泣き叫びました。「旦那様、私を離縁しないで! こんな目に遭っているのよ! 来世では牛や馬に生まれ変わってあなたにお仕えしますから!」と言って、また眠ってしまい、夢の中で啜り泣いていました。柳湘蓮は頭を振ってため息をつき、出て行って間もなく、駕籠が二つやってきました。鳳姐が目を覚ましたので、鴛鴦は急いで鳳姐を扶け、「どなたかお分かりですか?」と尋ねると、鳳姐は手で目をこすり、じっと見ると、目の前に見目麗しい若者が立っていました。

湘蓮は、鳳姐が口を開くのを待たず、急いで挨拶をし、「奥方様、私を覚えていらっしゃいますか? 奥方様は病気になられたのですから、町に行って医者に診ていただきましょう。ここで風雪に悩むことはありません」。

鳳姐はしばらく眺めていましたが、「わっ」と泣き出し、「あなたは柳さん? これは夢かしら?」と言うと、湘蓮は「奥方様、どうぞ駕籠にお乗りください。町に参りましょう。大丈夫、夢ではありませんから」。

鴛鴦と湘蓮が鳳姐を扶け、二人は駕籠に乗って上等な宿へと移りました。駕籠を降りると、鳳姐を扶けて上室に寝かせました。店の主人はキクラゲのスープを運んできて、鴛鴦は急いで鳳姐に飲ませました。店主の妻は綿の上等な衣服を持ってきて、水を汲み、鴛鴦と一緒に鳳姐に沐浴と着替えをさせました。

全てが終わると、鴛鴦が沐浴し、衣服を着替えました。すっかり別人のようになり、幾分痩せたものの、白いうりざね顔には赤みがさし、立振舞いは優雅で、目を引く美しさがありました。鳳姐でさえ、病気の身ではあるものの、往時の風采が偲ばれ、湘蓮はこれを見て安心しました。

しばらくすると、店の主人が医者を連れてきたので、湘蓮は自ら鳳姐の病状を尋ね、人を遣って薬を取りに行かせ、スープを煮て、自ら味見をしてから運んで来ました。

鳳姐は感激し、玉のような涙をこぼしました。落ち着ける場所ができ、天宮に入ったかのようで、安堵しましたが、長く蓄積した悲しみに旅の疲れが加わって、病状は重く、一向に良くなりませんでした。湘蓮は毎日ツバメの巣の粥とキクラゲのスープを用意しましたが、それでも、三日良ければ二日悪いという有様で、大きな改善は見られませんでした。鳳姐は昔のことを思い出し、巧姐のことを思っては泣いて悲しみました。鴛鴦と湘蓮は傍らで仕え、あれこれと慰めますが、鳳姐が回復することはなく、毎日肝気の痛みを訴えました。

湘蓮は気を揉み、自ら鳳陽中を回って名医を求め、毎日二、三人の医師が診に来ました。鳳姐は申し訳なく思い、「私のために銀子を無駄にしないで。この病気は望みがないんだから、あなたがあちこち奔走する必要はないのよ」。 湘蓮はただ鳳姐を慰め、「よく養生し、とにかく心を広くもつことです。薬を服用すれば必ず治りますから」。

さて、柳湘蓮と鴛鴦は共に冷人(冷淡な人)でした。二つの冷が遭遇し、一つの熱となったのです。鴛鴦はこの苦難の時に柳湘蓮と出会い、初めはただただ感謝していました。やがて、湘蓮が義侠心に富み、苦しむ人々を救うために奔走し、銀子も惜しまず使う人物であることを知り、次第に尊敬から愛情が芽生えました。思えば、湘蓮は尤三姐の意中の人であり、他の誰もが彼女のお眼鏡には叶わなかった。なるほど、確かに信義に篤い君子であり、彼と生涯の伴侶になれれば、生きてきたのも無駄ではなかったと思えるだろう。しかし、さらに考えてみると、この数年世間を渡り歩いてきながら、妻を娶っていないわけがあろうか。自分はどれほどの者だというのか、家柄は釣り合うのか、このような邪念や愚かな妄想をしてどうするのか。しばらく気持ちが落ち着かず、鳳姐のベッドの前に座って呆然としていました。

そこへ柳湘蓮が入ってきました。鴛鴦はぼんやりとしていましたが、湘蓮を見ると顔を赤くし、急いで立ち上がって席を譲ります。湘蓮は、「お気遣いは無用です。奥方様は薬を飲んで落ち着かれましたか?」 鴛鴦は、「落ち着いたようです。痛みもないようで、お休みになられました」。 湘蓮は頷き、椅子に座りました。鴛鴦が情のこもった眼差しで、俯いて指をもじもじ動かしているのを見ると、突然心が動きました。

実は、柳湘蓮は鴛鴦に会ってからというもの、彼女がただの女性ではなく、遠く離れた金陵に鳳姐に付き従い、道中では物乞いをしながらも仕え、何の不満も示さない様子に、なんと義理堅い女性かと思い、心から尊敬の念を抱いていました。鴛鴦はそもそも、尤三姐とも優劣つけがたい美人であり、湘蓮には早くから恋い慕う気持ちがありました。ただ、一つには、鴛鴦は苦難の最中にあり、失礼な振舞は嫌われるのではないかと思ったこと、二つには、尤三姐の死に際して誓いを立て、彼女のような女性でなければ妻にはしないこと、五年間は恋愛を断つことを自らに課していました。今、指折り数えると五年は既に過ぎており、なおも満ち足りない思いはあるものの、鴛鴦の情感のこもった様子に心が動かされ、何か話そうとして躊躇います。

鴛鴦は頭を上げて湘蓮に笑いかけ、「若様が佩いていらっしゃるのは、尤の三のお嬢様に贈られた鴛鴦剣ですか? 私の名も鴛鴦と申しますので、その鴛鴦と命名された宝剣を拝見し、見聞を広めたいと思うのですが」。 柳湘蓮は心が千々に乱れ、こう思うのでした。彼女の名前も鴛鴦で、私の剣と同じ名だったとは。私たちには夫婦の縁があるのではないだろうか? そこで、急いで宝剣を外し、鴛鴦の前に差し出しました。

鴛鴦は両手で受け取ると、鞘の表には龍と夔(き)が格闘している彫刻が施され、目もあやに宝玉がちりばめられた二本合体の剣で、一本には表に「鴛」の字、もう一本には「鴦」の字が刻んでありました。鴛鴦は仔細にこれを眺め、ついには感情を抑えられずに胸に抱き抱えました。

これを見た柳湘蓮は、しばらくの間、血が沸き立ち、目まぐるしく感情が交錯しました。目の前にいるこの女性こそ、在りし日の尤三姐で、夢でまで慕い続けた人だ! 思わず心奪われました。いわゆる冷なる者は、しばらく会えなかった意中の人にひとたび相まみえると、冷は熱となり、留まるところを知らず、常人の十倍もの熱量となるのでした。しばしの間、湘蓮は鴛鴦を見て呆然と立ちすくんでいました。

鴛鴦は宝剣のみを気に掛け、湘蓮の様子を見ておらず、宝剣を鞘に収めて柳湘蓮に返しますが、湘蓮は受け取らず、彫られた石像のように呆然として鴛鴦を眺めていました。驚いた鴛鴦はどうしていいのか分からず、小声で話します。「若様の宝剣なのですから、若様がお収めください!」 湘蓮はようやく我に返り、しばらく顔を紅潮させますが、なおも宝剣を受け取らず、逆に鴛鴦に言いました。「姐姐がこの剣を気に入っていただけたのなら、どうぞ留め置きください! 私の代わりに姐姐が持っていてくれても一緒ですから」。

鴛鴦は、数日間手元に置いて観賞してほしいと言っているのだと思い、「既に拝見しましたので、やはり若様がお収めください!」 すると突然、湘蓮は鴛鴦の手を取って、「私の気持ちをどうして分かってくれないのです? 宝剣は二人目の方にしかお渡ししないのですよ!」 鴛鴦はよく考え、思わず顔を真っ赤にし、そっと言いました。「私はこの剣を受けるに値するのですか?」 湘蓮は、「姐姐以外に、尤三姐に続く二人目の方はいないんです」。

鴛鴦は様々な思いが交錯し、今にも心臓が飛び出しそうでした。しかし、あらためて考えてみます。長年外地にいた彼が未だ妻を娶っていないということがあろうか! だから、自分を側室にしたいと言うのだろう。そこで、色をなして、「若様のこの剣は、奥様が管理されるべきです。私がどれほどの者でしょうか。若様の剣をお持ちできるわけがありません」。 湘蓮はため息をつき、「どうして分かっていただけないのでしょう。私に妻などいるわけがないでしょう。私の心にはずっと尤三姐の情に報いる気持ちしかないのです。姐姐は尤三姐と同じく、気丈で義理堅い女性で、また大変な器量好しの方です。私はあなたを妻に娶りたい。三姐もきっと納得してくれましょう。ここで跪かせていただきますので、どうかこの剣をお受け取りください」と言って、膝をつきました。鴛鴦は慌てて湘蓮を扶け起こし、心から嬉しく、蜜水を飲むより十倍も甘く感じ、急いで宝剣を受け取りました。柳湘蓮も喜びに満ち溢れました。

その時、鳳姐が突然夢の中から叫びました。「何が『太虚幻境』よ。そんなデタラメな場所にどうして私が付いて行かないといけないのよ。璉の旦那様が考えを改めてくれれば、すぐにでも迎えに来てくれるんですからね!」 鴛鴦はこれを聞くと悲しみがこみ上げ、湘蓮に目配せをして出ていってもらいました。

鳳姐はしばらくして目を覚ましました。鴛鴦は急いで尋ねます。「奥方様、どんな夢を見ていたのです? 『太虚幻境』などと聞こえましたが」。 鳳姐は首を振って、「よく覚えていないの。ただ、坊さんと道士が私をどこかに連れて行くと言っていたわ。きっと私の寿命はもう尽きるんだわ!」と言って涙を流しました。鴛鴦は慌ててこれを慰めて、「奥方様は長いこと病気で衰弱されており、よく夢を見られるのでしょう。夢の中のことが信じられるもんですか。気にされることはありませんわ!」 鳳姐は頷きます。鴛鴦が燕の巣の粥を運んできて、鳳姐は二口飲みますが、呻きはおさまりませんでした。

翌朝、早々に柳湘蓮が様子を見に来ると、鳳姐は顔色が真っ黄色で、腹部には水が日増しに貯まり、もう食事ものどを通らない状態でした。三人の名医に診てもらいますが、揃って首を振り、「この二日間が山でしょう。どうか、もっと医術に優れた方に診てもらってください!」と言って、処方箋も書かずに、拱手の礼をして出ていきました。

鳳姐はこの数日間、目眩、耐え難い痛み、腹部の張りが続き、自分がもう長くないことを分かっていました。その日、目を覚ますと、少し頭がはっきりしていました。鴛鴦が急いで薬を持ってきますが、鳳姐は頭を振り、鴛鴦に起こしてもらいます。柳湘蓮をも呼んでもらい、涙を流して話します。「離縁され、出立してからというもの、鴛鴦にはあれこれと世話をしてもらい、苦しい中よく助けてもらったわ。本当に義理堅くて良い子よ。いまわの際に柳さんと巡り会い、持ち前の義侠心で、血の繋がった親戚より十倍も良くしてもらい、ここに落ち着くことができたわ。ただ、私に福がないばかりに、あなたたちにお別れを言わなくてはならなくなったわね」。

鴛鴦たちはこれを聞いて泣き崩れました。鳳姐ははらはらと涙を流し、それを拭わずに、「一つだけ心残りがあるの。鴛鴦は小さいころから長年御隠居様に仕え、また、命を懸けて私の面倒を見てくれたわ。私が死んだら、女性の身で誰も頼る人がいないのよ。柳さんは義に篤く、あなた二人は性格も合うし、器量好しで天成のカップルだと思うの。柳さんに娶ってもらえないかしら? もう奥さんがいるのなら、鴛鴦を妹にして、いずれ良い人を探してもらえれば、私の心配事もなくなるわ。まだ妻帯していないのなら、私が取り成してあげるから、二人で天地に拝して結婚してちょうだい! 承知してもらえるかしら?」 湘蓮は、「尤三姐が世を去ってからというもの、私は俗世を離れて流浪し、いまだ妻を娶ってはおりません。奥方様に取り成していただけること、鴛鴦姐姐は尤三のお嬢様ととても似ていますし、知己を得ることができ、この上ない幸せです。全ては奥方様にお任せいたします!」

鳳姐はとても喜び、急いで湘蓮に支度を頼みました。

湘蓮は、店主夫妻に協力を求め、楽器を鳴らし、花ろうそくを灯し、店主が進行を務め、店主の妻に扶けられて鴛鴦が天地に拝します。また、鳳姐に三度礼拝しました。鳳姐は大声で笑い、仰向けになってそのまま息を引き取りました。

湘蓮は既に準備をしていたので、急いで店主の妻に水を汲んできて鳳姐の体を清めるよう頼みました。店員数名で棺を運んできて、その日のうちに棺に入れ、当地の墓地を選ぶと、笛や太鼓を鳴らし、墓地に運んで埋葬しました。鴛鴦と湘蓮は、白い麻服を着て喪に服し、鳳姐の墓前で痛哭しました。鳳姐の霊を南京に送り返し、人々を訪ねた後、泉州へと帰りました。

その後、二人は夫婦仲睦まじく暮らしました。しかし、柳湘蓮が金持ちを襲って貧者に施し、山で追い剥ぎをしていたことが明るみになり、役所に逮捕され、投獄されてしまいました。

鴛鴦はとても心配し、八方手を尽くして頼み込み、また、毎日酒と料理を持って監獄の湘蓮を訪ねました。湘蓮は鴛鴦の手を握って、「こんな事になるとは思わなかった。あんたに累が及ばないかと心配でならない。私のために駆け回ったり、毎日料理を届けてもらい、本当に申し訳ない」。 鴛鴦は、「何でもないわ! 私がしたくてやっていることよ。あなたが早く出獄して、夫婦一緒に過ごせるなら、苦労したって餓死したって本望よ」。 柳湘蓮は感激やまず、「あんたは本当に得難い知己だよ。でも私たちは困窮してしまった。私のために働いたり、無駄なお金を使わないでくれ。将来どうやって暮らしていくつもりだい?」 鴛鴦は、「心配しすぎよ! 人とお金とどっちが大事なの? 『山に行ったら山の歌を歌え(到了哪山,再唱哪山的歌=柔軟に適時適切な対策を取ること)』って言うじゃないの! 出て来られさえすれば、破産したからって何よ!」と言って、柳湘蓮の言うことを聞き入れようとはしません。湘蓮には、ゆっくり休んで、外部のことはあまり気にしないようにとだけ言って、戻ると店の商品を換金し、役人に渡して働きかけました。一年余りで柳湘蓮はようやく釈放されました。

鴛鴦は非常に喜び、自ら迎えに行きました。柳湘雲が家に戻ると、家財はほとんど残っておらず、鴛鴦が自分を出獄させるために使い果たしたことを知り、感謝に堪えませんでした。そして、小さな店を開いて商売を始めました。柳湘蓮は、鴛鴦と約束をし、旅費を稼いだら、京城に帰って宝玉、馮紫英たちに会いに行くことにしました。鴛鴦は嬉しそうに頷きました。この後はどうなるでしょうか。お知りになりたければ次回をお聞きください。


[
次へ]