「ビッグコミックスピリッツ」は創刊当初は月刊でしたが、1981年6月(7月15日号)から隔週刊、1986年4月(4月14日号)から週刊となり、高橋留美子先生は「めぞん一刻」終盤では、「週刊少年サンデー」(小学館)の「うる星やつら」と併せて週間連載2本を抱えながらも、高い質と人気を維持したまま満了させました。
1986年~1988年にフジテレビ系列でテレビアニメ化、1986年には石原真理子さん主演で実写映画化され、1988年にアニメ映画「完結篇」が公開されています。また、2007年と2008年にはテレビ朝日系列にて伊東美咲さん主演でテレビドラマ化されました。
この作品は、おんぼろアパート「一刻館」を主舞台に、管理人の音無響子と住人の五代裕作が結ばれるまでの6年半の恋愛模様を描いたものです。
五代は優柔不断で、人生の岐路でことごとく失敗しているダメ男です。そんな五代は、新しく管理人として赴任した美人で年若い響子に一目惚れをしますが、響子は実は未亡人であり、亡夫・惣一郎への操を堅く守ることを自らに課していました。
前半は、五代同様に響子に一目惚れをした三鷹瞬、うやむやのうちに五代のガールフレンドとなった七尾こずえとの多角関係を中心にストーリーが進み、後半では五代の教育実習での教え子・八神いぶきや、三鷹の見合い相手・九条明日菜をも絡んだ複雑な恋愛ドラマが描かれます。
しかし、根幹にあるのは五代・響子・惣一郎の三角関係であるといえ、ある意味では「響子の惣一郎からの自立」を描いた物語であり、そんな響子を支えられる存在になるまでの「五代の成長物語」でもあると言えましょう。
さらに、一の瀬・四谷・朱美といった一刻館の住人たちと響子・五代は、アパートの隣人関係を遥かに超えた擬似家族的な繋がりをもっています。何かにかこつけては五代の部屋に集まって宴会を始める彼らは、微妙な恋愛関係にも面白がって土足で踏み込んでくる反面、響子や五代が悩んで足踏みをしている時はそれぞれが不器用なやりかたで後押しをし、二人の恋の行方を暖かく見守っています。
その他大勢のキャラクターたちも極めて個性的な人物ばかりで、彼らの干渉や引き起こす騒動が、物語を盛り上げる大きな要素となっています。
作中のエピソードは、「すれ違い」や「勘違い」によって生じる他愛もないいざこざが主体ですが、一向に進展しない二人の関係に、読者は時にじれったさやもどかしさを覚えつつ、作中の世界に惹きこまれていくことになります。
「めぞん一刻」が、高橋留美子先生の他の作品と大きく異なる点は、作中の時間(年月)がリアルタイムで経過していたことと、非現実的な人物が一切出てこないことの2点であり、当時の世相を反映した非常にリアルで等身大の世界を描いています。
一刻館については、高橋留美子先生が大学時代に住んでいた中野区のアパートに隣接して建っていた「ヘンなアパート」をモデルにしたことを名言されています。
時計坂は「あくまで架空の街である」と作者自身が明言していますが、連載開始直後に居を移した東京都東久留米市にモデルと思われるポイントが数多く存在します。
また、五代の実家があるのは高橋留美子先生の故郷である新潟県新潟市であり、八神の通う女子校は、高橋先生の母校である新潟県立新潟中央高校がモデルであるとされ、最終話で描かれた八神の通う女子大は、同じく高橋先生の母校である日本女子大学の目白キャンパスであるとされています。
以上の高橋先生にとって身近な光景のほかにも、新宿・渋谷・横浜などの描写が確認できますし、連載中に休暇で出かけた群馬県伊香保温泉や石川県能登の風景を作中に登場させています。
住人たちの妨害に悩まされながらも、五代は何とか三流私立大学に合格。それから間もなく、音無家の墓参に同行した五代は、響子の境遇を知ることになります。響子は、高校時代に講師の音無惣一郎と恋に落ち、卒業後に両親の反対を押し切って結婚したものの、僅か半年で死別された過去をもっていたのでした。
響子への想いを募らせる五代は、酔った勢いで響子に(はた迷惑な)告白をします。しかし、響子が入会したテニスクラブでは、彼女に一目惚れしたコーチの三鷹瞬が猛烈なアタックを開始。強力なライバルの登場に複雑な思いの五代でしたが、響子に再アプローチするどころか、うやむやのうちに七尾こずえとつき合うことに…ということで複雑な恋のバトルが始まります。
当初は惣一郎の思い出に浸り、現実に背を向けていた響子ですが、一刻館でのめまぐるしい日々を過ごす中で、胸中の惣一郎の影は次第に小さくなっていきます。「自然に忘れる時が来ても…許してください」と惣一郎の墓前で語る響子。
五代が大学4年の時、響子の母校で教育実習を行い、学級委員長の八神いぶきに(勘違いから)猛烈な好意を寄せられます。彼女は、就職が内定しない五代を助けるために、一流企業の人事部長である父と引き合わせますが、全てが裏目に出て、五代は就職未定のまま大学を卒業することになります。
一方、旧家の令嬢・九条明日菜と見合いをさせられた三鷹は、本人を無視して進んでいく縁談に切羽詰って響子に正式にプロポーズをします。さらに響子の両親をも巻き込んで、響子との見合いにこぎ着けますが、既に五代に向いていた響子の心を翻らせることはできませんでした。
結局、三鷹の愛犬が明日菜の飼い犬を妊娠させたことを、彼が明日菜を妊娠させたものと取り違え、そのまま明日菜と結婚することになります。
大学卒業後、保育園でアルバイトをしていた五代は、やがて不況により解雇されます。続いて、友人・坂本の紹介でキャバレーで働くこととなり、ホステスたちの子供の面倒を見る日々を送ります。これらの経験から、五代は保父になることを決意します。
一方、七尾こずえは、銀行の同僚にプロポーズされて悩み、五代に相談しますが、五代の「プロポーズしたい人がいる」との言葉を自分へのプロポーズと勘違い。これを知った響子は激怒して実家に帰ってしまいます。すったもんだの末、こずえは同僚との結婚を選択し、五代はついに響子と一夜を共にします。
その後、保母試験に合格し、保育園への就職も決定した五代は、ついに響子へのプロポーズを果たします。そして結婚式の一週間前、惣一郎の墓前で「あなたをひっくるめて響子さんをもらいます」と語る五代の言葉で、ついに響子は心の中の惣一郎から解放されました。