紅学について

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紅学とは
紅学(こうがく)とは本来、紅楼夢に関する全ての学問を指します。

周汝昌氏は、思想や芸術に関する研究は紅学の範疇外とし、作者・版本・脂硯斎評・佚稿に関する研究のみが紅学であると提唱しました(当然反対意見もあります)。このため、曹学・版本学・脂批学・探佚学のみを狭義の紅学とよぶ場合があります。

▩曹学
曹雪芹の生涯および家系に関する歴史的研究のことで、曹雪芹自身に関する研究を特に芹学という場合もあります。

▩版本学
主に原稿に近い手写本(脂批本)を対象として、諸本の関係、文字の比較、収蔵史などを研究するものです。

▩脂批学
評者の立場から紅楼夢の完成を支援した脂硯斎の、人物およびその批注について研究するものです。

▩探佚学
第80回までの本文および脂硯斎の批注等から、曹雪芹が本来予定していた第81回以降の内容について探求する研究です。


旧紅学と新紅学
(1)旧紅学

旧紅学とは、五四運動(1919年)以前の紅学、つまり胡適(こてき)氏以前の諸説を指し、そのうち、評点派索隠派は後世に大きな影響を与えました。

▩評点派
主に随筆形式で作品に批点論評をつけていくもので、細部に対する種々の読み方を提示しています。しかし作中の人物が実在の誰に似ているとか、どの詩詞が巧みであるとか、その多くは文人的な趣味にまかせての詮索で、批評としての価値は低いとされます。周春、王希廉(おうきれん)、張新之(ちょうしんし)、姚燮(ようしょう)などが代表者とされます。

▩索隠派
乾隆・嘉慶年間に形成された一学派で、書中に隠された「真事」を探るとして、清代の政治事件との関連を見る(いわゆるモデル詮索)ものです。
索隠派の代表者とされる蔡元培(さいげんばい)は「石頭記索隠」で、紅楼夢は滅満興漢(反清)を狙いとした政治小説であるとしました。

また、清代には、明珠(みんじゅ・康煕帝の宰相)の家事でその子の納蘭成徳(のうらんせいとく)を宝玉のモデルとする「明珠家説」が広く受け入れられましたが、他にも世宗順治帝と董鄂(とうがく)妃との情事(王夢阮、沈瓶庵の説)、順治・康煕王朝80年の歴史(孫静庵の説)などがあります。

(2)新紅学

新紅学とは、胡適以降の考証派による研究を指し、資料の収集・分析・鑑定に基づいて実証的な研究を行うものです。

胡適の「紅楼夢考証」と兪平伯(ゆへいはく)の「紅楼夢辨」によってその基礎が築かれ、その後、周汝昌、呉恩裕、呉世昌氏など多くの紅学者によって研究が進められました。

新紅学は本来、紅楼夢は曹雪芹の自叙伝であるとする自伝説に立っていましたが、自伝説は1950年代に起こった「紅楼夢研究批判(紅楼夢論争)」で徹底した批判を受けました。

なお、紅楼夢研究批判以降の紅学を特に当代紅学と呼んで区別することもあります。


主な紅学家
(1)旧紅学

▩周春(しゅうしゅん・1729~1815)
乾隆59年(1794)に中国初の紅学専著である「閲紅楼夢随筆」を著しました。周春は紅楼夢を康煕年間の靖逆侯・張勇の家事であると提唱し、その考証方法は索隠派に引き継がれました。

▩蔡元培(さいげんばい・1868~1940)
中華民国初期の革命家、思想家、政治家で、北京大学総長も務めた人物。「石頭記索隠」で紅楼夢は滅満興漢(扶明反清)を狙った政治小説であると提唱しました。索隠派の代表的人物とされます。

▩王国維(おうこくい・1877~1927)
中国泰斗の国学者。文学評論家、歴史学者、近代学者。ショーペンハウエルの影響を受けたという哲学思想で「紅楼夢」を論じ、「紅楼夢評論」で紅楼夢は生の苦痛とその解脱への道を展開した作品であるとしました。

(2)新紅学

▩胡適(こてき・1891~1962)
学者、哲学者、教育家。五四運動で指導的役割を果し、白話文学を提唱しました。中国古典文学研究においても大きな功績があり、「紅楼夢考証」を著して、紅楼夢の作者が曹雪芹であることを証明し、紅楼夢は曹雪芹の自叙伝であるとしました。

▩兪平伯(ゆへいはく・1900~1990)
顧頡剛(こけつごう)と討論した結果をまとめた「紅楼夢辨」を著し、胡適とともに新紅学の基礎を作りました。1954年に始まった紅楼夢論争では批判の対象となり、文化大革命でも大きな迫害を受けました。

▩呉恩裕(ごおんゆう・1909~1979)
1950年代に紅学研究を始め、北京香山で曹雪芹にまつわる口伝や資料を収集し、雪芹の生涯研究(芹学)に大きな功績を残しました。

▩周汝昌(しゅうじょしょう・1918~2012)
胡適の後を継いで、新紅学研究の第一人者となりました。著書に「紅楼夢新証」ほか多数。中国曹雪芹学会栄誉会長。

▩馮其庸 (ふうきよう・1924~2017)
中国紅楼夢学会名誉会長、中国人民大学国学院院長。曹雪芹の家系や脂本の研究、思想研究を推し進めました。

▩梁帰智(りょうきち・1949~2019)
遼寧師範大学教授。紅楼夢学会理事。「石頭記探佚」を著し、「探佚学」を大きく発展させました。

紅学関連年表
1791年(乾隆56年)程偉元・高顎が木活字本「紅楼夢」を出版する(程甲本)
1792年(乾隆57年)程偉元・高顎が改訂版を出版する(程乙本)
1794年(乾隆59年)周春が「閲紅楼夢随筆」を著す
1814年(嘉慶19年)裕瑞が「棗窓閒筆」を著す(~1820年)
1904年(光緒30年)王国維が「紅楼夢評論」を発表
1912年(民国元年)上海有正書局が大字版「国初抄本原本紅楼夢」を出版
1916年(民国5年)蔡元培が「石頭記索隠」を発表
1920年(民国9年)上海有正書局が小字版「国初抄本原本紅楼夢」を出版
1921年(民国10年)胡適が「紅楼夢考証」を発表
1923年(民国12年)兪平伯が「紅楼夢辨」を発表
1927年(民国16年)胡適が「脂硯斎重評石頭記」(甲戌本)を上海で発見する
1932年(民国21年)「脂硯斎重評石頭記」(庚申本)が北京で見つかる
1949年中華人民共和国が建国される
1953年周汝昌が「紅楼夢新証」を発表
山西省で夢覚主人序本「紅楼夢」(甲辰本)が見つかる
1954年紅楼夢研究批判(紅楼夢論争)が始まる
1961年清蒙古王府抄本「紅楼夢」(王府本)が北京で見つかる
1963年記念曹雪芹逝世200周年展覧会が故宮博物館(北京)で開催される
1966年プロレタリア文化大革命が発動される(~1976年)
1979年中国芸術研究院に紅楼夢研究所が設立される
「紅楼夢学刊」が創刊される
1980年第1回国際紅楼夢検討会がアメリカで開催される
第1回全国紅楼夢学術討論会がハルピンで開催される
中国紅楼夢学会が設立される
1983年記念曹雪芹逝世220周年学術討論会が南京で開催される
2004年記念曹雪芹逝世240周年(揚州国際紅楼夢学術検討会)が揚州で開催される
2013年記念曹雪芹逝世250周年大会暨学術研論会が北京で開催される
2015年曹雪芹誕辰300周年記念大会が北京で開催される
参照:紅楼夢大辞典(文化技術出版社)