意訳「曹周本」


第84回
蘅蕪苑に踪を尋ねて愁懐を表し、瀟湘館にて竹賦佳句を咏ず

栄国府はこの数日、大勢の人で賑わっていました。秋菱は長患いがようやく癒えたばかりで、宝釵に着いていくことができず、とても気を揉んでいました。ちょうど宝釵が戻ってきたので、秋菱は急いで尋ねます。「もう蘅蕪苑には行かれましたの?」 宝釵は「あんたは病気で感傷的になっているのね。私は様子を見に行ったんだけど、雲ちゃんの踊りを見ただけで、まだ行っていないのよ」と言って、史湘雲の踊りのことをひとしきり話すのでした。

秋菱は「私は、お嬢様が住んでいた部屋が懐かしいだけなんです。今はどんな風になっているんでしょう? もし、林のお嬢様にお会いできて、詩の講釈が聞けるのであれば、死んでも構いませんわ」。 そう言うと眼の縁を赤くし、うつむいて涙を拭きます。宝釵は笑って「あんたの病気は日一日と良くなっているのに、どうしてわけもなく悲しむ必要があるのよ。あの園が懐かしいのなら、行って気散じすればいいじゃないの。くさくさしているんだったら、林のお嬢さんに詩の講釈をしてもらえば、気も晴れるじゃない。ただ、外はとっても寒いから、行く時は毛皮の服を一枚余計に羽織ることよ。もし病気をぶりかえしたら、遊ぶどころじゃなくなっちゃいますからね」。 秋菱は「はい」と答えるのでした。

次の日の朝早く、秋菱は急いで着替えをすると、薛未亡人と宝釵に申し上げて園へ出かけました。

もう寒い冬の季節だとはいえ、園内では臘梅(ロウバイ)が雪や霜にも負けずに花を咲かせ、実に素晴らしい雪上の景色となっています。秋菱はしばらく園に来なかったため、このように見渡す限り真っ白な庭園を見ると、心が晴れ晴れとします。自分たちのいるところに比べて、ここはなんて清浄な場所なんだろう、と思い、しばらく眺めてから蘅蕪苑へと向かうのでした。

見れば、以前は柱や軒に絡みついていた藤蘿(つたかずら)、薜茘(へいれい)、蘅蕪、杜若(カキツバタ)、紫芸、青芷(せいし)などは、全て干からびて風に揺れ落ち、かさかさに枯れた藤が積雪にかかる様子は、銀蛇がとぐろを巻いているようであり、白絹が舞っているようでもあります。

秋菱はしばし見とれて立ちつくしていました。

部屋番の婆やがこれを見て笑い、「お嬢様、どうした風の吹き回しです? 賑やかなところに行かずに、こんな物寂しいところにいらっしゃるなんて」。 秋菱は「静かなところで休みたいと思っていたんだけど、いつの間にか、宝のお嬢様が住んでいらっしゃったところに来てしまったの」。 婆やは「どうぞ中へお入りください。表は寒いので、中で火を起こしています。私どもが暖を取るためのものですが、お嬢様もお嫌でなければ暖まっていってください」。 秋菱は「婆やさんは御用があるでしょうから、どうぞ私にお構いなく」。 婆やは「でしたら、お嬢様、私の代わりにちょっと留守番していただけませんか。すぐに戻りますから」。 秋菱が「行ってらっしゃい。私がここにいますから」と言うと、婆やは大喜びで出かけて行きます。秋菱は「早く戻ってきてね。しばらくしたら、林のお嬢様のところに行きたいんですから」と大声で叫ぶと、婆やも大きな声で「はい」と答えるのでした。

秋菱は抄手遊廊(垂花門から正房まで続く廊下)に沿って歩いていきます。前には五間の清厦、続けて巻棚(左右の壁だけの部屋)、縁の窓にペンキ塗りの壁、全てが以前のままです。思えば、宝釵と一緒にここに住み、その後引っ越していってから、どれほど経ったのだろう。宝釵に教えてもらって詩歌を作り、鶯児と一緒に草花を編み、相思子(トウアズキ)や珊瑚豆を摘んだっけ…あの日々はもう望むべくもないのだ。秋菱はしばし自分の悲惨な身の上について思いました。小さい時から名もない者として、薛家に売り飛ばされ、薛蟠のお世話をすることになったが、薛蟠は人となりは下品だとは言え、いたわり慈しんでくれた。加えて、奥様とお嬢様はとても思いやり深く、頼るべき方々であった。まさかあんな山の神のような人をお嫁に迎えるとは思いもしなかった。奥様やお嬢様さえ眼中にないのだから、私が苦しむことになるのも当然だ! 好意がよい結果を生まず、逆に目の敵にされる。今では病気になってしまい、三日良ければ二日悪いという有様で、いずれはどうなってしまうんだろう。そんなことを考えながらぼんやりと歩くのでした。部屋づきの婆やたちは皆賑やかなところに行ってしまったようです。秋菱はそびえ立つ大岩の前でしばし立ち止まり、それから宝釵が住んでいた部屋に入りました。

室内を見ると、机もベッドの帳も以前のままです。秋菱はベッドに腰を下ろして涙をこぼしました。見ると、机の上に硯と紙があったので、筆をとって詩を一首書きました。しばらくすると婆やが戻ってきたので、秋菱は詩稿をしまって蘅蕪苑を後にし、ゆっくりと瀟湘館に向かって歩いていきました。

紫鵑は秋菱が来たのを見ると、急ぎ出迎え、「病気になったと聞いていましたが、今日はどうしていらっしゃったんです?」 秋菱は「林のお嬢様に詩を教わった日々が、夢の中でも忘れられなかったの。もう一度林のお嬢様の講釈を聞けるのなら、死んでも悔いはないわ」。 紫鵑は「何を言っているんですか、口を開くなり死ぬの生きるのって。あなたは若いんですから。史のお嬢様も私たちのところに住んでいて、今もお嬢様と詩の講釈をされていたんですよ。ちょうどいい時に来られましたね」と言って、「秋菱さんがいらっしゃいました」と告げました。

史湘雲がそれを聞いて迎えに出てきます。見れば、秋菱はずいぶん痩せていました。湘雲が秋菱を部屋に引っ張り入れると、黛玉も起き上がってきました。秋菱は眼の縁を赤くし、黛玉に挨拶をします。黛玉は「どれほど会わなかったわけじゃないのに、随分痩せたわね」。 秋菱は黛玉に心配をかけてもと思い、強いて笑みを作って言いました。「だいぶ良くなって、いつも林のお嬢様のことを気にかけていたんですよ。雲のお嬢様もこちらに住んでいらっしゃったんですね。私もやっと来ることができましたわ」。 湘雲は「あなたが来たと聞いて、努力は人を裏切らないというもの、きっと詩の名人になったことでしょうねって話していたのよ」。 秋菱は「お嬢様たちに習って、デタラメに何句か作ったに過ぎませんわ。先ほど蘅蕪苑に行き、私たちのお嬢様が住んでいた時の様子を思い出して、なんとなく一首作ってみました。お嬢様方、いかがでしょうか」。 湘雲はこれを受け取って読んでみます。

尋踪訪迹到園門、暗恨閑抛泪有痕(痕跡を訪ねて園門に到り、密かに恨むは虚しく棄てし涙の痕)
好鳥不啼池北樹、厳霜偏浸草南根(良き鳥は池の北樹では鳴かず、厳霜は偏に草の南根を浸す)
紫藤体弱何堪雪、杜若身軽豈有魂(紫藤は体弱く、何ぞ雪に堪えられん、杜若は身軽く、豈に霊魂ありや)
猶剰傷心一凹墨、為儂啼泣到黄昏(尚も傷心して一筆を残し、我が為に哭泣して黄昏に至る)

黛玉はこれを聞くなり茫然とします。湘雲は嘆息して「この詩はあなたじゃなくて、林のお嬢さんが作ったみたいね。きっと林のお嬢さんが教えたんでしょう」。 黛玉は「どうしてこんな悲しい句を作ったの? もっと陶彭沢(陶淵明)、李太白(李白)、蘇東坡(蘇軾)の詩をたくさん読むべきよ。陶彭沢は貧困に安んじて信じる道を楽しみ、穏やかでゆったりした人だったの。李太白は飄々として度量が大きく、功名官禄に全く興味のない人だったし、蘇東坡は志が報いられずに嶺南(広東)に流されたけど、『日啖荔枝三百顆、不辞長作嶺南人(日に荔枝を三百個も食べられるのなら、ずっと南嶺の人でいるのも悪くない)』って詠んだわ。とにかく心が広くて、何があっても動じない人だったのね」。

傍らで画本をめくっていた雪雁は、黛玉の話を聞いてぷっと笑います。黛玉が「馬鹿な子ね、何を笑うのよ」と言うと、雪雁は「お嬢様がそんなことを自分にじゃなくて、他の人に言い聞かせているのが可笑しくて。もしお嬢様がいつもそんなふうに心がけていらっしゃったら、病気だって良くならないわけがないでしょうに」。 黛玉は嘆じて「私はもう長いこと病気を患っているのよ。秋菱さんはちょっと腹を立て、気が塞いで、憂さを晴らすことができなかっただけですもの、気散じすればすぐに良くなるわ。どうして私と同じなのよ」。 秋菱は「お嬢様の仰ること、覚えておきますわ。ただ、仇同士はよく巡り会うと申しますが、気を紛らそうと思ってもできないんです」。 湘雲は笑って「他人に何を言われようと我が道を行けばいいだけじゃないの。林のお嬢さんに倣って、朝から晩まで悲しみ、心痛な面持ちをしてちゃダメよ。美人灯みたいに風が吹けば倒れちゃいますからね」。

黛玉はこれを聞くなり湘雲をひっかこうとし、笑って「さあ、今日こそはその口を引き裂いてやるわ。このお喋りさんたら、ためになる話はちっともしないで、でまかせばっかり言うんだから!」 湘雲は笑いながら、秋菱の後ろに隠れ、「心痛な面持ちをしてちゃだめって言ったのも、お姉さんによかれと思ってのことよ。なのに、私に感謝するどころか、なぶろうとするなんてひどいわ」。 黛玉は「まだそんなことを言うのね。私の怖さを思い知るがいいわ!」と言って、湘雲をぐいと捕まえ、脇の下をくすぐり始めます。しかし、黛玉は体が弱いので、逆に湘雲に椅子の上に押さえつけられ、細い腰をくすぐられると、黛玉は笑って息も絶え絶えとなります。

そこへ宝玉がやって来て、この様子を見ると、すぐに黛玉に加勢します。湘雲を押さえつけ、二人がかりで彼女の腰や脇をめちゃくちゃにくすぐったので、湘雲はキャアキャアと笑って、「お兄さんとお嫂さんが妹をいじめるなんて! 私、御隠居様や奥様に裁きをつけてもらいに行きますわ」。 黛玉はこれを聞くと、更に力をこめてくすぐるのでした。ついに湘雲は許しを請うて、「優しいお姉様、妹は年がいかず、物を知りませんでした。今回のところはお許しください!」

秋菱は、彼らがこんなふうにふざけているのを見ると、心配事もすっかり忘れ、涙を流して笑うのでした。湘雲がこう言うのを聞くと、急いで「雲のお嬢様はお許しを求めていらっしゃいますから、罰を与えませんか。林のお嬢様はやっと少し良くなったのに、疲れてまた病気になってはいけませんわ」。 黛玉は湘雲が許しを請うのを聞いてようやく手を止めました。宝玉も立ち上がって、湘雲を見て笑うのでした。

黛玉は「今日のところは大目に見ますけど、罰は受けなさいよ」。 湘雲は髪を直しながら笑って、「二人がかりで私をいじめるんですもの。この罰はあなた方二人に与えるべきよ」。 秋菱は「もともと雲のお嬢様が引き起こしたんですもの、第一に罰を受けなくちゃいけないのは雲のお嬢様ですわ」。 湘雲は笑って「私も弟子を取って、加勢してもらわなくちゃいけないわね」。 黛玉は「罰を受けることを認めるの? 認めないのなら、またくすぐるまでよ」。 湘雲は「どんな罰にするの?」 秋菱は「罰として詩を一首作るのはいかがです?」 宝玉は「うん、いいね」。 湘雲は「でしたら、あなた方に従いますけど、どんな題にするの?」 宝玉はちょっと考えて、「だったら、前方の竹を題としよう。御覧よ、この寒いのに青々としているよ。これを詠んでみるのはどうだい?」 湘雲は「韻はどうするの?」 黛玉は「秋菱さんに詩を一首諳んじてもらい、その詩の韻を使えばいいんじゃないかしら」。 宝玉は「それでいいね。じゃあ秋菱さん、諳んじてみてよ」。 そこで、秋菱が適当に詩を詠みます。「泠泠七弦上、静聴松風。古調皆自愛、今人多不(清らな七弦琴の音、「松風」の凄涼さを静聴す。古き調べを皆愛せど、今は弾く人多からず)」。 黛玉はこれを遮って、「よしなさいよ。この十四寒の韻ではゆるすぎるから、別にもう一首詠んでちょうだい」。 秋菱は笑って「じゃあもう一度」と言うと、湘雲は「最初に諳んじた詩の韻を韻とすると言ったんだし、もう諳んじてしまった以上、変えることはできないわよ」。 黛玉は「でしたら、これでいきましょう。でもあなたには簡単すぎるわね。かの曹子健(曹植)は、七歩歩いて詩を作ったそうですけど、あなたの場合、二十歩で五言絶句を作ってもらうっていうのはどう?」 湘雲は笑って「二十歩も要らないわ。五言絶句でしたらもうできましてよ」。 黛玉は「ちょっとしゃべっているうちに、雲ちゃんはもう作っちゃったのね。じゃあ聞かせてよ。良くなかったら、また罰をあてますからね」。 そこで、湘雲は詠み上げるのでした。

葉緑経霜浄、風寒倍覚(葉緑は霜を経て清く、風の寒さにひとしお閑を覚える)
満庭深浅色、只看幾篙竿(庭は深浅の色に満つるも、ただ幾本の竿のみぞ見ゆ)

黛玉は「十四寒の韻なのに、十五刪の韻を持ってきたわね」。 湘雲は「それもありでしょう」。 黛玉は「まあいいわ。でも、後ろの二句は、あなたが考え出したものと思えないわね」。 宝玉は「『風寒倍覚閑』もいいね。数本の緑竹が寒風に負けない様をうまく詠んだね」。 秋菱は「雲のお嬢様がまだ話しているのに、宝玉さんと林のお嬢様が二人して雲のお嬢様に御意見なさるなんて。各々に罰を当てないといけませんわ」。 湘雲は「阿弥陀仏、それでこそ公平というもの。林のお姉さんも七歩で詩を作ってみてよ」。 そこで黛玉はちょっと考え、こう詠むのでした。

葉葉含幽恨、枝枝拂画楼(葉には秘めた恨みを含み、枝は画楼を払う)
斑斑皆是涙、抛洒永無休(斑は皆涙にして、散り棄てて久しく止むことなし)

秋菱は「聞いているとすらすら出てくるようで、やっぱり林のお嬢様は腕がおありになりますね。口にお出しになれば、よい詩が出来上がるんですもの」。 黛玉は「なにがよい詩よ。でまかせに言ってみたにすぎないわ」。 湘雲は「口任せとはいえ、言い回しが実に自然だし、音と韻の調和がとれているわね。確かに素晴らしいけど、悲哀に過ぎますわ。韻を限らなければ、お姉さんには簡単だったわね」。

宝玉は黛玉の詩を聞くと涙がこぼれそうになり、しばし何も言えませんでした。秋菱が彼に詩を作らせようとすると、はっと我に返って、「二人の妹妹が素晴らしい詩を作ったんだもの、私はもう作れないよ!」 秋菱は「これは罰なんですから、どうあっても作らないといけませんよ」。 湘雲は「私と同じ韻で作ってちょうだい。もし作らないと言うのなら、罰として、三日間私たちに会いに来てはいけないわよ」。 宝玉はびっくりして立ち上がり、拱手の礼(両手を胸の前で組んで一礼する)をして、「妹妹、どんな罰でも受けるけど、私を一人にはしないでよ!」 湘雲は「でしたらさっさと作ることね」。 宝玉はしばし熟慮した後、「私も出来たよ。でも二人の妹妹には及ばないな。教えを請いたいものだね」。 湘雲は「さあさあ早く詠みなさいよ。詩を一首作るのにこんなにもたつくなんて」。 宝玉は「私が作ったのは七言絶句なんだけど、いいのかな?」 湘雲は笑って「まずいことがあれば、詠んだ後に言うわよ」と言うので、宝玉はようやく詠みました。

亭亭佇立幾千竿、翠袖佳人倚暮(亭には幾千の竹が佇み、翠袖の佳人は暮寒に拠る)
別有幽思誰解得、瀟湘琴韻共珊(秘めし思いを誰ぞ解からん、瀟湘館の琴の音が美しく響く)

秋菱は「結構です。翠袖の艶やかさを詠まれたのは真新しく、この着想はここの情景にぴったりですね。三首ともみな素晴らしいですわ。俗っぽくならず、それぞれに異なる趣向があるんですね」。 宝玉は「あんたの評価も詩の名人としての本領発揮だね。一首作ってみればいいのに」。 秋菱は「私は先ほど作りましたもの、勘弁させていただきますわ」。

一同は談笑しながらしばらく評論をしました。湘雲と黛玉の髪が乱れたので、紫鵑と秋菱が髪を梳くのを手伝います。宝玉は出ていき、しばらくすると二枝の紅梅を摘んできて、黛玉と湘雲のそれぞれ鬢のところにそっと挿し、しばらく眺めてから言うのでした。 「二人とも鏡を見てごらん。そこに挿した花はどうだい?」 湘雲が見ると、果たして花が挿してあり、香しい匂いが体のすみずみに染み入り、鏡を見てにっこりするのでした。しかし、黛玉は挿すのを嫌がり、花を手折って、机の上の磁器の花瓶に挿します。

宝玉はこれを見てふっとため息をつき、「この花は鬢に挿してもらうのに持ってきたもので、瓶に挿したいのなら、また摘んできますよ。どうして鬢から取っちゃったの?」 黛玉は嘆じて「私の頭はいつも病気ですもの。花を粗末にすることはありませんわ。花瓶に挿せば何日も見れるんですもの。その方がよろしいんじゃなくって?」

湘雲は聞くなり、くすっと笑って「あなたも度量が小さいわね。花一本がどれほどのものよ、そんなに惜しむなんて。あなたの病気はやっと良くなったばかりで、顔にはまだ血色がないけど、私、あなたに花を挿して、その病気をやっつけてみせるわ」。

黛玉は病気をやっつけると言われると、無理に固辞することもできず、湘雲のなすがままに花を挿させます。鏡を見ると、なるほど喜色が増していましたが、思わず頭を横に振って嘆息し、「私の病気は生まれながらにして得たものです。花がどうして押さえつけられましょう! 今は抑えられたとしても、数日もたたずに再発するわ。もともとあなたとは違うんですもの」。 湘雲は「気持ちを楽にして、毎日病気のことを考えないようにすれば、日一日と良くなるわよ」。 黛玉は思わず手で涙をぬぐい、頭を振るのでした。

宝玉がまた紅梅を一枝手折ってきたので、湘雲は手を叩いて「いい香りね! なんて綺麗なんでしょう!」と声を上げます。

宝玉は話をしようとしますが、黛玉はたちまち身を返して冷笑し、「やっぱり持っていって花瓶に挿してくださいませ。私は花なんか要らないのに、手折ってくるんですもの。この部屋は薬の臭いが満ちていて、花の香りも台無しですわ」。 宝玉は笑って「薬の香りってのは花の香りの上にあるもので、実に素晴らしいものだよ。私は花の香りを加えた薬の香りが好きだな。五臓六腑まで全部きれいに清めてくれるようだからね」。 秋菱は「宝玉さんが言うのもごもっともですね。私も今、薬を服用していますので、帰ったら花を摘んで添えてみますわ。この病気をきれいに洗い流してくれるかもしれませんから」。 湘雲は手を叩いて「すばらしいわ。園で花を一枝摘んで帰りなさいよ」。

黛玉もにっこりと笑いました。秋菱はすぐにいとまを告げると、心もうきうきと、園に花を摘みに行きました。東北の通用門の方に向かいながら、こう思うのでした。戻ったら宝のお嬢様に、もう一度園に越してくるよう勧めてみよう。私もお嬢様に付いてきて、あんな家には二度と戻るもんですか。

秋菱が出て行って間もなく、黛玉の部屋に昼食の連絡があり、柳五児が大きな棒盒(果物や菓子を盛る器)を運んできました。雪雁と紫鵑がこれを受け取ってしつらえ、宝玉も食器を並べるのを手伝います。湘雲・黛玉・宝玉は本来、賈母のところに行って一緒に食べるべきなのですが、賈母は三日間、精進料理を食べていますので、黛玉は湘雲を留め、厨房に言って料理を二つ付け加えさせました。五児は火腿(ハム)とエビと筍のスープ、ハトの卵、筍の薄切りと炒めた鶏の細切り、ウズラの揚げ物、粕漬けにしたガチョウの卵、モヤシ、クリームの巻子、つやつやした御飯を持ってきました。

宝玉がくんくんと嗅いで「いい匂いだ!」と言うと、五児は笑って「これは母の手作りで、とても美味しいんですよ。嘘だとお思いでしたら味見してくださいませ」。 黛玉は「いったい、ここでお食べになるの? お戻りになってお食べになるの? 自分のところで食べるんでしたら、早くお戻りなさいよ!」 宝玉は笑って「部屋に戻って食べるつもりだったけど、この料理がとってもいい匂いなので、ここのほうが美味しく食べられるんじゃないかな。私の食事も取ってこようっと!」 黛玉は「私はもともとたくさん食べないし、あなたが大食漢だといっても、これだけのものを食べきれないでしょう。十分ですから、取ってくることはありませんわ」。 湘雲は「そういうことなら、お部屋に人をやって、待っていることはないからって伝えましょう」。

黛玉が使いの者を出そうとすると、五児が「私が戻る時に花のお姉さんに伝えればそれで済みますわ」。 宝玉は「私の分はお前達で食べていいからって、私を待っていることはないからって、伝えておくれ」。 五児は「はい」と答えて出て行きました。

黛玉は茶碗半分の御飯にスープを注ぎ、ハトの卵を一つ、筍を数切れ、もやしを数個食べただけで終わりにしました。湘雲はお腹がすいていたので、ウズラの腿を手で取ってバリバリと食べ始めました。宝玉は粕漬けのガチョウの卵をつまんでみて、「食べてみてよ。本当においしいんだから」と言って、一つを黛玉に、一つを湘雲に渡しました。黛玉はこれを食べてみて、「本当においしいわ。明日柳のおばさんに言って、また漬けてもらいましょう」。

宝玉はスープが美味しくて、二口飲んで御飯に注ぎ、さらに巻子(小麦粉を薄く伸ばし、巻いたものを切って蒸した食べ物)を取ってちぎりました。湘雲が「今日はずいぶん食が進むのね」と言うと、宝玉は「自分の部屋ではこんなに美味しく食べられないよ。あんたがウズラの揚げ物を美味そうに食べるのを見て、ガブリとやりたくなったのさ。今後も一緒に食べられたらいいのに」。 黛玉は「もしも伯父様の前でしたら、御馳走だって喉を通らないでしょう?」 湘雲は「大殿様は出世されたんですもの。きっと嬉しくって、美味しく食べられるわよ」。 宝玉は「父が昇任しようとしまいと私には関係ないよ。私に言わせれば、一生野老閑夫(田野の老人?)でいるほうが、禄盗人の国賊の仲間になるよりずっといいよ。“朝飲木蘭之墜露兮、夕餐秋菊之落英(朝に木蘭の墜露を飲み、夕には秋菊の落英を餐う<注:屈原の詩。自然を味わう生活が最上であるとの意味>)、我行我素(我が道を行く)”こそが私の心に叶っているのさ」。 湘雲は「あなたは本当に怡紅公子、快楽閑人ね。将来はどうなっちゃうのかしら? 国や民に害をなす国賊にならなければいいですけどね」。 宝玉はため息をついて「“世溷濁而莫余知兮、吾方高馳而不顧(世は混濁して我を知る者なく、我は高く馳せて顧みず)”っていうじゃないか。人にはそれぞれ志があるのに、妹妹はなぜ私に強要しようとするんだい?」 湘雲は「あなたはいつになったらお解りになるのかしら? 官に入って名臣・良将となった者もたくさんいるじゃないの。管夷吾(管仲)と鮑叔牙(鮑叔)は斉の桓公の天下を補佐したし、狐偃と趙衰は公子の重耳に付き従って流浪し、彼が国を復興するのを助け、ともに名を後世に残したじゃないの?」 宝玉はこれを聞いて面白くなく、「無官こそが気軽でいいのさ。陶彭沢(陶淵明)は“采菊東籬下、悠然見南山菊(菊を東籬の下に採り、悠然として南山を見る)”と言って、本当に自然に帰ったじゃないか。名臣・良将なんかになるよりずっといいよ!」 黛玉は冷笑して「雲ちゃんが男の子だったら、さっさと進士に及第しちゃうんでしょうけど、こちらの方はそんなこと望みっこないわ。どうにもならないわよ!」 宝玉は思わず嘆じて「まさに“女嬋娟兮為余太息(美女は私が為に嘆息す)”だね。私は真っ当な人間だもの。どうして禄盗人の国賊の仲間になれよう?」 湘雲は冷笑して「あなたのために嘆息してくれる人がいるんだもの、私にはあなたに忠告する資格なんてありませんわ。あなた方は二人で私のことをとやかく言うけれど、宝のお姉様がここにいらっしゃったら、きっと道理を説いてくれるわ。私にはそんなことを考えている暇なんてありませんからね」と言って立ち上がりました。黛玉がなおも答えようとしたので、宝玉は急いで「御隠居様のところに行こう。林妹妹も早く横になった方がいいよ」と言って、湘雲と一緒に退出しました。

黛玉も見送りませんでした。彼らが出て行くと、頷いて嘆息し、宝玉が先ほど言った“女嬋娟兮為余太息(美女は私が為に嘆息す)”の句を思い返して、思わず涙をこぼすのでした。あれは無意識に、心の底から出た言葉に違いないわ、とあれこれ考えるうちに、精神がぼんやりしてきて、夕食も食べずに横になったものの、一晩中一睡もできませんでした。次の日はけだるく感じて、どこにも出かける気になりませんでした。

宝玉は湘雲と一緒に賈母のところに行きましたが、心中では黛玉がまた怒ったり泣いたりして体を壊すのではないかと心配で、戻って慰めてあげたいところでしたが、また、湘雲に嘲り笑われるのではないかとも思うのでした。

宝玉がどうしようかと悩んでいると、賈母に尋ねられました。「あんたたちは林の嬢ちゃんのところでどんな美味しいものを食べたんだい? 私は今日は精進だったんだけど、あんたたちを呼びにやったら、もう林の嬢ちゃんのところにいるって言うんだから」。 宝玉は笑って「今日は雲妹妹のお相伴をして、林妹妹のところで食事をしたら特別に美味しかったので、明日も三人で食べたらいいねって言っていたんです」。 賈母は笑って「雲ちゃんはお客さんだもの、相伴するのは当然だよ。昨日の夜、珍さんの媳婦(息子の妻)が高麗エビを一籠送ってよこしてね、あんたたちは好物だろうから、林の嬢ちゃんのところに持っていって一緒にお食べ。私はこういう生臭はあまり好きじゃないんでね」。

宝玉と湘雲は手を叩いて喜びました。二人はさっそく、どうやってこの高麗エビを食べるか相談にかかります。賈母は「この生臭は消化しないからね、林妹妹にはちょっとだけおやり。あんたたちも食べ過ぎないように。お腹が痛くなってはつまらないからね」。 二人は「はい」と答え、賈母に付き合って、しばし双六をして遊ぶのでした。

賈母は人をやって、高麗エビを瀟湘館に届けさせました。宝玉と湘雲はわくわくして、さっそく行って美味を味わいたいと思うのでした。ちょうど園に入ると、宝琴にばったりと出会ったので、湘雲は有無を言わさずに彼女を引っ捕まえ、揃って瀟湘館に向かいます。途中、彼女に高麗エビの食べ方を尋ねると、宝琴は笑って「何が難しいの? 塩をふってさっと煮込み、剥いて食べれば軟らかくて美味しいわよ」。 湘雲は「以前カニを食べたときは姜酢が必要だったけど、高麗エビにはどうなのかしら?」 一同は議論しながら瀟湘館にやってきました。黛玉はこれを見て「よしてよ! やっぱりあなたたちが持ってきたのね。こんな生臭で、また私の部屋を汚そうっていうのね」と言うので、一同は笑うのでした。


一方の秋菱はというと、瀟湘館を出てから、いつもの憂いを忘れ、心うきうきとしていました。そしてこう思うのでした。もし私たちのお嬢様もいらっしゃったら、どれだけ楽しいか分からない。やっぱりお嬢様に引っ越してくるようにお願いしよう。いっそのこと、私はもうあの部屋には戻らず、お嬢様とずっと一緒にいよう。いつの間にか家に戻ってきたので、梅の花を挿しに行こうとしました。

しかし、彼女が部屋に入ると、たちまちガアガアとわめき立てる声。薛未亡人は部屋の中で涙を流し、宝釵と宝琴が傍らで慰めています。あちらの部屋では金桂が罵声をあげて「恥知らずのげすな売女(ばいた)め。男を囲うんなら一生囲っていればいいものを、小賢しくそそのかして、人の部屋を汚して、お前は快哉を叫んでいるんだろう! この家には大小の区別もなく、妾たちが束になって本妻を陥れようとするし、上には後ろ盾がいるんだもの、私がどうして平穏な日を過ごせるんだい!」と、わめいて泣き散らします。部屋の中を引っかき回し、椀や皿をぶつけ、めのうの壷や玉の石碗をどれだけ打ち砕いたか分かりません。

宝蟾も向かいの部屋で大声でわめき、「あなたは善悪のみさかいもつかないのですね。あの人は好きこのんであなたの部屋に行ったのに、あなたはどうして吐くほど飲ませたのです? 私と何の関係があるんです? あなたが勝手にあの人にちょっかいを出しておきながら、私を咎めるんですもの、私はどうしたらいいんです?」と言ってわんわん泣き散らします。

実は、昨日薛蟠は寧国邸で一晩中酒を飲み、朝早くに酔っぱらって帰ってきました。まず宝蟾の部屋に行ったのですが、宝蟾は、彼の体中から鼻をつく酒の臭いがするので、泥酔していることを知り、彼が吐いて部屋を汚すといけないと思い、笑いかけてこう言いました。「旦那様、おかえりなさい。先ほど奥様に、旦那様が戻ってきたかどうか尋ねられましたのよ。早く行かないと奥様がお怒りになりますわ」。

薛蟠はこれを真に受け、酔っぱらったままそちらへ行きました。しかし、金桂は博打に出かけてこの時部屋におらず、薛蟠は支えられなくなって、靴も脱がずにベッドに倒れ込んだのでした。

金桂が戻ってくると、ベッドの上には嘔吐物があふれて、ベットの帳まで汚れ、部屋の中は酒の酸臭が立ちこめていました。金桂はこの日、博打に負けてむしゃくしゃしていたところだったため、この様子を見て黙っていられるわけがありません。また、薛蟠は死んだ猪のように眠っているので、心中早くも怒りがこみあげ、急いで二人の侍女に命じて、薛蟠を揺すり起こさせようとしました。

当の薛蟠は、揺すられても半分酔っぱらったまま目が覚めず、なおも口の中ではもごもごと「かわいい子だ、構わないから薛の大旦那様と呼びなさい。そしたら悪いようにはしないから」。 金桂は彼がこんなふうなのを見て、怒りを爆発させ、ハンカチで鼻を覆いながら、大声で罵りました。「この死に損ないの色きちがいめ! あのげすな売女(ばいた)の部屋でどれだけ酒を喰らったか知らないけど、戻ってきて私をなぶりものにするんだね! まだ起きないんなら、棒でたたき出すよ!」

薛蟠は寝ぼけながらも、金桂が大声で怒鳴るのを聞き、びっくりして酒が醒めてきました。あわてて頭を起こして見ると、衣服もベッドも帳も全部が汚れ、自分は靴すら脱いでいませんでした。驚いてすぐに金桂に拱手し、謝って言いました。「怒らないでくれよ、昨晩は珍の兄さんに誘われて少し酒を過ごしてね、帰ってきて宝蟾の部屋に行ったら、あんたが呼んでいると聞いたからこっちへ来たんだ。ベッドや帳を汚すつもりはなかったんだ。すぐに替えさせるから」。

侍女たちは早くも寝具を取り替えようとしていました。薛蟠はわざと大声で怒鳴りつけ、「私が持ってきた色糸で刺繍した蚊帳はどうしたんだ? 早く取り替えるんだ! こんなのを使ってどうするんだ? あの上等の百合の薫香はどこにやったんだ? 早く持ってきて焚くんだ!」 金桂はペッと唾を吐いて罵り、「恥知らずの下等な品を誰が有り難がるもんですか。私を弄ぶつもりなのね」。 また、宝蟾が薛蟠に部屋を汚されるのが嫌で、自分の部屋に寄越したことを知って一層かっとなり、千の売女、万の妾と痛罵します。宝蟾も黙って聞くはずもなく、罵り返して泣きわめくのでした。

薛未亡人は聞くに堪えず、行ってやめさせようとします。宝釵、宝琴はこれを押しとどめて、「勝手に騒がせておいて、私たちは聞いてなかったことにすべきです。わけもなく腹を立てる必要はありませんわ」。 薛未亡人は「あんたたち、あれが聞いて済ませられる話かい? これが栄えている家の日常と言えるかい? 口も利かず、物も見ずに生活していかないといけないなんて。前世でどんな災難をなしたのか知らないけど、小さい時にあんたの父さんが亡くなってから、やっとのことであんたたちを育て上げ、よい奥さんをもらえば頼りにできるものと期待していたんだよ。まさか、こんな物の分からない仇と娶せられて、家中ひっくり返されようとは思いもしなかったよ。人様がどんなふうに話しているか知っているのかい?」 宝釵は「どの家にももめ事はありますし、お母様は気にかける必要はありませんわ」。

秋菱は帰ってくるなり、夏金桂が口汚く罵っているのを聞いて、傍らで止めどなく涙が流れました。宝琴は彼女を慰めるのでした。

金桂は盃や皿、食器をぶち壊し、蚊帳を引き裂き、衣服をずたずたに切り裂きました。さらに自分づきの侍女たちに宝蟾をぶたせようとしました。宝蟾はドアを固く閉じ、侍女たちがドアを叩いても決して開けずに、部屋の中で無実を訴えてわんわん泣きわめきました。薛蟠はどうしようもなく、さっさと身を隠して、何日も家に戻らず、どこに寝泊まりしているのかも分からない有様でした。

秋菱は気を揉んで病気をぶり返し、日増しに重くなって痩せていきました。薛未亡人も腹立ちからやがて伏せってしまいました。薛蝌は日々奔走し、医者を呼んで二人の病気を診てもらいました。

やがて正月になり、金桂は身のまわりの物を片付けると、側づきの侍女や婆やを連れ、車を雇って実家に帰ってしまいました。夏家の迎えも待たず、薛未亡人に一声もかけずに帰省したのでした。彼女が行ってしまってから、やっと婆やが報告に来ました。

薛未亡人はこれを聞いて、さらに悩みを増しました。宝釵は「実家に戻ったのならいいじゃないですか。しばらく騒ぎもやむし、お母様も穏やかな日々を過ごせますわ」。 薛未亡人は「ちゃんと出かけていったのなら構わないんだけど、こんなふうにむかっ腹を立てて訳も分からずに飛び出していったのでは、体面も何もあったもんじゃないよ。知っていたならまだしも、分からなかったんだもの、まるであの人を粗末に扱ったみたいじゃないか」。 宝釵は「それも構わないでおくことです。あの人の好きにさせておくしかありませんわ。あの人は分かってやっているんですもの、私たちもあれこれと構ってはいられませんわ!」と言って、母娘ともどもしばし嘆息するのでした。

一方、秋菱の病気は良くないものの、金桂がいなくなってから、薛未亡人は日一日と良くなってきました。

金桂が実家に戻ると、ちょうど年末でしたので、彼の遠縁にあたる銭富という従兄が来ていました。彼も戸部に登録された皇商で、しばらく行き来がありませんでしたが、このたび京畿を通ったので、夏家に売買に来たのでした。金桂が花のようにみずみずしく綺麗になったのを目の当たりにすると、魂も落ち着かず、貴重な簪を何種類か取り出して金桂に贈りました。金桂はとても喜び、金桂の母親も年が明けるまで留めおくことにしました。

金桂は銭富の衣装が華やかで、風流で垢抜けしており、薛蟠より遥かに優っているのを見て、早くも心中喜んでいました。銭富はちらちらと彼女を横目で見て、しきりに流し目を送っていました。銭富は「妹妹は嫁がれたとお聞きしましたが、どうして旦那様と一緒にお帰りにならなかったのです?」 金桂は笑って「彼が人といえましょうか。もし彼が真っ当な人だったら私も戻っては来ませんでしたわ」。 銭富はこれを聞いて更に喜ぶのでした。折良く、金桂の母が用事があって出て行きました。銭富はそっと尋ねます。「お一人で戻ってきて、寂しくはないのですか?」 金桂は笑って答えません。銭富はお茶を出すふりをして、そっと彼女の手を握りました。これより銭富は夏家に住むようになり、二人は膠の如く漆の如く好きあって、薛蟠のことも頭から忘れ去りました。薛蟠が人を寄越しても戻らず、夏の奥様(金桂の母)はお嬢様がいじめられるのを心配し、年を越してから改めて話をしたい、と伝えてきました。薛蟠はしきりに嘆息するものの、どうしようもなく、毎日宝蟾の部屋で夜を過ごすのでした。あとはどうなるでしょうか、続きは次回にて。


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