意訳「曹周本」


第94回
薛小妹は偶々海外の劇を談じ、賈蓉兄は飢民の村に捕まる

さて、探春が行ってしまうと、人々は賈母、王夫人が悲しみに暮れているので、喜ばせようと顔を出します。薛未亡人も賈母とカルタをしにちょくちょく訪れます。王夫人は探春のことを思い、宝琴をつかまえて尋ねます。「琴の嬢ちゃんは海外に行ったことがあるわね。海外はどんな様子なの? 聞かせてちょうだい」。 宝琴は「私は八歳の時に西海岸に行きました。あちらにも綺麗な山水があって、こちらと一緒なんですが、人の様子が違います。あちらの人は鼻が高く、皮膚は白く、髪は黄色く、目は黒でなくて灰色です。話す言葉も私たちとは違います」。 邢夫人は「言葉が違うんなら、あんたは話をしなかったの?」 宝琴は「最初は人々が何を言っているのか分からなかったんですが、私たち子供は一緒に遊んで、真似してしゃべるようになって、だんだん分かるようになりました」。 宝玉は「なら、琴妹妹、何か西洋の言葉をしゃべって聞かせてよ」。 宝琴は「しゃべったって気持ち悪いじゃないですか。みんなに笑われるだけですわ」。 それでも宝玉と湘雲が無理にせがむので、宝琴は笑って、「例えば、見知らぬ人が会って機嫌を伺う時には『How do you do!』、感謝する時は『Oh, thank you!』、物を買うのに値段を尋ねる時は『How much is that?』、今日何をするのか聞くときは『What shall we do today?』って言うんです」。 一同はどっと笑います。

宝玉は笑って「好妹妹、私に一句教えてよ。機嫌を伺う時は、『好(ハオ)…』何だっけ?」 宝琴は笑って『How do you do!』ですよ。これは見知らぬ人の挨拶で、顔見知りの人なら『How are you!』と言います」。 宝玉がこれを読み上げると、湘雲も続いて声に出したので、一同は大笑いです。

賈母は笑って聞きます。「あちらでは時間がある時に観劇をするのかい?」 宝琴は「いたします」。 賈母は「こちらのものと一緒なのかい?」 宝琴は「同じではありません。あちらでは太鼓や銅鑼は鳴らしませんわ」。 賈母は「物語もあるのかい?」 宝琴は「あります。あちらでは百年あまり前にシェークスピアという方がいて、素晴らしい脚本を書きました。私もその方の『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『ヴェニスの商人』などの劇を見ましたけど、とても面白かったですわ」。 賈母は「好妹妹、一つ聞かせておくれよ」。

宝琴はちょっと考えて、「では『ロミオとジュリエット』をお話しします。この物語ははっきり覚えていますわ」と言って、「キャピュレット家とモンタギュー家はかの国では富も権力もある家柄で、両家は深く恨み合っていました。キャピュレット家の女子・ジュリエットは聡明な美しい娘で、仇敵のモンタギュー家の公子・ロミオを尊敬していました。ロミオはとても勇敢で、二人は恋に落ち、父母の反対を押し切って密かに結婚しました。でもジュリエットの父は、彼女を別の男に嫁がせようとしたので、ジュリエットは結婚を避けるために一時仮死状態になれる薬を飲み、みんなはこの哀れな娘が本当に死んだのだと思いました。この時、ロミオは決闘でキャピュレット家の親族を殺してヴェローナ城に逃げていましたが、ジュリエットの死を聞くと急いで帰ってきました。彼はジュリエットの遺体の側に駆けつけ、彼女が本当に死んだことを知ると、悲痛のあまり、愛に殉じて自殺してしまいます。しばらくしてジュリエットは目覚めたものの、ロミオが死んでしまったのを見ると、とても悲しんで本当に自殺してしまいます。両家では彼らの霊前でショックを受け、ついに和解をして長年の仇敵関係を終わらせたんです。この物語は西洋では広く知られていますわ」。

宝釵は宝琴が楽しそうに話すのを見て、しきりに目で合図して、もう話さないように促しますが、宝琴は気付きませんでした。

物語が話し終わると、しばらくは声もなく、一同は皆はむせび泣いて嘆じます。

賈母はしばらくしてから、「その二人の子もあまりに愚かだったね。両家が仇同士だとは言え、父母に背いて身勝手を通すべきではなかったね。結局は身を滅ぼす災いを招いたんだから。可哀想ではあるけれど、褒めるところはないね」。 王夫人は「ご隠居様の仰るとおりです。父母に背いて我が身を決めたところで何の良いことがありますか。あの『西厢記』の鶯鶯と張生だって下賎の身に過ぎず、芝居では良く描かれているけど、金もうけのデタラメばかりだもの」。

一人黛玉はこれを聞くと、ひそかに噛みしめるのでした。仮死状態になる薬を飲み…ロミオは愛に殉じた。ジュリエットもまた死をもってこれに殉じた。これこそ似合いの二人というべき。心は通じ合うもの、海外の劇だって私たちと同じなんだわ!

一方の宝玉は呆然とし、地団駄踏んで嘆じます。「天よ、天よ、どうして愛情ある者を苦しめるのですか? 誠意を尽くして相愛となっても、法に背けば死ななければならないのでしょうか? 夫婦になっても相愛でなければ、憎み合わなければいけないのでしょうか?」 宝釵はくすっと声を出して笑い、「宝玉さんがおっしゃることも確かに道理です。人には本来愛情がありますが、この愛情に溺れて礼節を越えてはいけません。それなら娼婦と変わらないじゃないですか?」 宝玉は「それは違いますよ。娼婦の類はもともと無情であって愛情とはいえない。真の愛情に駆られた時は、例え火の中水の中、死も辞さないというもの。姐姐の言う礼節の者は、娼婦や淫猥は許しても、真の愛情は許さないのです。だからロミオとジュリエットは死ななくてはならず、劉蘭芝(りゅうらんし)と焦仲卿(しょうちゅうけい)も自殺に至りました。こんな礼節があっていいのでしょうか。改めないとどれだけの人が死ななければいけないことか!」

【補注】劉蘭芝と焦仲卿
六朝時代の成立とされる長編叙事詩の「孔雀東南飛(くじゃくとうなんひ)」。焦仲卿の妻・劉蘭芝は姑に仲を裂かれて実家に帰りますが、再婚を強要されて池に身を投げ、夫の焦仲卿もその後を追ったという悲劇を歌ったもの。

王夫人はこれを聞くと奇妙に思い、「また馬鹿なことを。私たちは先祖代々そうしてきて、誰も反対を言った者はいないじゃないの。あんたは大人しく勉強するべきだと思うよ。それでこそ賢聖の道理が分かるというもの。あれこれくだらないことを考えて父上にぶたれないように気をつけなさい」。

賈母も「やっぱり海外の演劇は私たちのところの『鶯鶯伝』や『牡丹亭』と変わらないね。琴の嬢ちゃんも今後はもう採り上げるんじゃないよ。あれらはみな邪説だから、若い娘は見るものじゃない」。 宝琴は「はい」と答え、姉妹たちも辞して出て行きました。

黛玉は宝琴に「さっきの物語はとても良かったわ。あとで私のところに来てもう一度聞かせてくれない」。 宝玉は手を叩いて、「そりゃいいや! 私も聞きに行くよ」と笑って言います。湘雲は宝琴を捕まえて、西洋の言葉を教えてもらおうとします。

宝釵は「大変だわ、女の子が手仕事を習わずに海外のことを学ぶだなんて、人に聞かれたら笑われるわよ」。 宝玉は笑って「姐姐はまた間違ったことを言っていますよ。西洋の言葉をいくつかしゃべったって何を騒ぐことがあります? 外国のお嬢ちゃんだって中国の詩を学んでいるのに、私たちが学んじゃいけないの?」 宝釵は「そうは言っても、やはり針仕事が女の子の本分ですもの。あなた方もあんまりこの人に好きにさせないで。ますますいい気になって本分を忘れてしまうわ」と言って一同と別れ、宝琴を連れて帰ります。

宝釵は宝琴に、「琴ちゃん、今日はどうしたの? ご隠居様や奥様にあんな話を聞かせるなんて! 目配せしたのに見ないんだもの。今後はあんな洋書を見てはいけません。焼き捨ててしまった方がいいわ」。 宝琴は「好姐姐、すぐには焼かないで。まだ訳したい詩がいくつかありますので、気が済んだら自分でやりますから」。 しかし宝釵は安心できず、宝琴に針仕事を習わせ、それらを焼き捨ててしまいました。

宝琴はもやもやして、ペトラルカがラウラに書いた詩を数首訳すと、黛玉と湘雲に見てもらい、彼らの物語を話します。「ペトラルカはイタリアの人で、ラウラという娘をとても愛していました。たくさんの十四行詩を書いて愛慕と賛美を示したんです。この絶世の美女を一目見ようと、遠方より多くの人がやってきたんですよ」。 湘雲は笑って「ならば彼の詩は広く伝わって多くの人に賞賛されたんでしょう?」 宝琴はうなずいて「言うまでもありませんわ。でも惜しいことに、その娘はその後病気で死んでしまいました。ペトラルカはまた哀悼と慟哭の詩をたくさん書き、それがこの『短歌集』になったんです」。 

黛玉はそれを聞くと呆然とし、しまいに嘆息して、「その娘も死ななきゃならなかったんだわ! 愛情ある人は死んでしまうけど、知己を得られたなら死んでも悔いはないのね」。 宝琴と湘雲はうなずき、一同はしばらく嘆息してから別れました。

黛玉はなおも頭に手を当てて座っていました。窓の外の緑竹が静かに風に揺れるのを見て、思わず舜帝と娥皇・女英の故事を思い出して感慨を覚え、簫を一本取り出すと、前方の緑竹に向けて悠々と吹き始めます。一陣の風が吹き、花魂や鳥魂に泣いて訴えているような思いにとらわれていると、後院で誰かが嘆息し、泣き悲しんでいるように聞こえます。

【補注】娥皇と女英
娥皇・女英の姉妹は尭(ぎょう)帝の娘で、共に舜に嫁ぎました。南方に出征したまま戻らない舜を探して彼の墓に辿り着き、泣き続けて共に亡くなったとされ、九嶷山に群生する湘妃竹の斑点は二人の涙と伝わります。

黛玉は最初は、悲しげな簫の音が泣き声に聞こえるのだと思いましたが、簫を止めてよく聞くと、確かに後院でむせび泣いている者がいます。そこで、こっそりと後院へ出て行って見ると、宝玉が梨の木の下に座って落花を悲しみ、寂しくなった枝に長嘆し、心を痛めています。頭や服の上には花びらが雪のように積もっています。梨の木は東風に吹かれて香りも残さず、空枝はやつれ、花びらは一帯に散っています。黛玉は歩み寄って尋ねます。「あなたでしたか。私は花魂が泣いているのかと思いましたわ! どうしてこちらにいらっしゃったの?」 宝玉は「四妹妹のところにいたんだけど、櫳翠庵に行こうと思って出てきたら、もの悲しい簫の音が聞こえて付いてきたんです。妹妹の悲しげな簫の音と吹かれて散った梨、どうして心を傷めずにいられましょう?」

黛玉は「梨の花はもともと短い命なのよ! 昨日はまだ見頃だったのに、昨晩強い風が吹いて無残に落ちてしまいましたので、今日は早くから梨の花を悼もうと思っていたんです。そしたら雲ちゃんと琴妹妹が来てあれこれ騒いでいて、掃きにも行けませんでした。一緒に片付けてあげましょうよ」。 宝玉は「そりゃあいいや。これもあなたの作った花塚に埋めてあげれば、いずれは浄土となり、当てもなく漂って泥にまみれることもないね」。 黛玉はかぶりをふって、「今日は別の考えがあります。川辺できれいに洗って、干して枕の中に入れるの。そうすれば寝る時にも花魂の声を聞くことができますわ」。 宝玉は頷いて賛成します。二人は早速花びらを拾い集め、川辺で綺麗に洗ってから乾かすのでした。


さて、賈璉は庄園から戻ると、探春が去った後の仕事に追われて忙しい日々を過ごしていました。それらが概ね片付いたので、大きく息をついて、「ひどく忙しかったけど、やっと一息つけるよ」。 鳳姐は笑って「国舅殿下(国王の外戚を示す)にはお疲れ様でした。今晩は酒肴を用意しますので、大いにお祝いいたしましょう」と言って、厨房に申しつけ、晩になると酒料理を持ってこさせます。

鳳姐は「あの壇上の上等の黄酒も開けてちょうだい」。 平児はすぐに応じます。侍女見習たちは鳳姐と賈璉が宴を始めたのを見て席を外します。

鳳姐は自ら賈璉に盃を渡し、並々と酒を注ぎ、平児を矮榻(わいしょう/腰掛け台)に座らせて、「私たちの屋敷から今や二人の王妃様を輩出したわ。二の旦那様は今や二ヶ国の国舅になられ、更に苦労をおかけします。どうぞぐっと飲んでください。私と平児は国舅殿下を敬って二杯差し上げます」。 賈璉はこれを受け取ると一気に飲み干しまし、「お世辞は要らんよ。お前達も邸内で忙しくしているのは分かっているし、お前さんと平の嬢ちゃんに一杯ずつ差し上げよう」。 鳳姐はこれを受け取って飲み干し、平児は一口だけ飲みます。

鳳姐は笑って「国舅の旦那様が、もし南方からあれだけの銀子を回収して来なければ、先日の王妃様のことで我が家はスッテンテンになっていたところですよ!」 賈璉は笑って「どこでもこんな具合さ。おまけにあんたは、私の目の前でこざかしく振る舞うんだからな」。 鳳姐は笑って「それはいいじゃないの、何とかうまくやっておきますから。しばらくはお金がありますから、楽に過ごせますわ。 賈璉は「楽になんかしていられないかもしれんぞ。今回庄園から戻ってこれたのも、あんたに助言をもらって飴と鞭を使い分けたからだし、平の嬢ちゃんも安撫することが大事だと言ってくれたからだ。何の用意もなく乗り込んでいたら、戻って来られなかったかもしれん。今年はほとんど収穫がないんだし、来年がどうなるかなんて分からないんだぜ」。 鳳姐は「私は飴と鞭を使い分けてとは言ったけど、取ってこなくていいなんて言わなかったですわ。全く入ってこなくなったら、私たちはどうやって過ごすのです?」 賈璉は嘆息して、「あんたも自分で見に行けばわかるさ。戻ってこれただけでも良しとしないといかないんだぜ」。 鳳姐は「信じられませんわ。本当にそんな有様なの? あのずる賢い連中が隠しているのよ。二人を引っ捕らえて裁きを受けさせてやればいいのよ」。 平児は「奥様、何をわざわざ気を揉まれるのです。二の殿様がやっと戻ってこられて、納めることが出来たんじゃないですか。お陰で手抜かりなくやれているじゃないですか。もし彼らを裁きにかけて民を怒らせたら、二の殿様が戻って来られなくなるばかりか、大変な災いを引き起こして収まりがつかなくなりますわ」。 賈璉は「私もそう思う。戻れなくなるような状況になれば烏庄頭は頼りにならず、銀子をばらまかないといけないんだからな!」

話が終わらないうちに、小紅がやって来て報告します。「大殿様と珍の殿様が、二の殿様にすぐにお越し下さるようにとのことです。蓉様が被災者たちに捕えられたとのことです」。 賈璉と鳳姐はこれを聞いてびっくりします。賈璉は「どうだい? 間が悪ければ、今頃私が西の庄園で捕まっていたかもしれないな」と言うと、急ぎ身を起こして賈政のところへやってきました。

賈政は賈璉が入ってきたのを見ると、「蓉児のことは聞いたか? 被災民に捕らえられたのだ。官兵と被災民で殴り合いになっていて、赫知府も罪に問われるかもしれん! 何か方法を考えないといかんな」。 賈璉は「蓉児はどのようにして捕らえられたのでしょうか? 被災民たちは何を要求しているのです?」 賈珍は「あやつは少し急ぎすぎたのだ。着いてすぐに連中が隠し持っていた財宝を探し出し、リーダーを捕え、吊して打ち据えたので、被災者たちは奪い返しに来たんだ。蓉児は先に私の名刺を赫知府のところに持って行ったので、官兵が出てきて双方がぶつかり合い、蓉児と頼昇が捕らえられた。我々の方でも奴らを何人か捕らえた。赫知府も慌てて、お上から罪を問われるのを恐れている状況だ。蓉児にもしものことがなければいいのだが」。 賈璉は「西の庄園だってそんなものです。被災民たちが集まって騒ぎを起こし、金持ちを叩いて貧者を救おうとしており、肝の小さい者は逃げてしまいました。私が見たところ、七割の庄園では全く収穫がなく、人々は首をくくり、食糧を出すことができませんでした。どうして虎の尾を踏む必要がありましょう。ここは恩を売って、一年間小作料を免じ、みんなに野菜や果実を植えて凌がせ、干ばつのさほどひどくない三割の庄園では一割を免じたので、人心も次第に落ち着いてきました。出て行った者も、小作料を免じ、野菜や果実が植えられたのを見ると次々と戻ってきて、離れた所に水を引いて野菜を植えたり、山中に狩りに行った者もいました。もし手荒なことをしたら大騒ぎになっていたでしょう」。 賈珍は「私も最初そう考えていた。だが、あの連中を許しておいていいのか? こちらが譲歩して前例を作れば、奴らも要求を強くしてきて、我々のほうが立ち行かなくなる。私が思うに、いささかの銀子を赫知府に渡して、賊が造反したことを報告し、兵を出して数百人も殺したとて朝廷には罪を問われないかもしれない。心配なのは、蓉児がそれで出て来られなくなるとまずいのだが」。 賈政は嘆息して、「連中の造反は本来兵を出して弾圧すべきだ。ただ、一つには騒ぎが大きくなると我々も赫知府も咎められる。二つには蓉児に万が一のことがあるかと思うと心配でならない。ここは璉児にひとっ走りしてもらって、赫知府に届け物をして屈強な兵を出し、これらに恩賞を取らせれば、すぐに落ち着くのではなかろうか」。 賈珍は頷いて、「こちらですぐに手を打とう。銀子をけちっては落ち着くまい。これこそ『鶏を盗み損ねて一握りの米を損する(うまい思いをしようとして逆に損をする)』ってことだな。悪いが二叔にひとっ走りしてもらって、先手を打てればきっと上手くいくだろう」。 賈璉も頷き、賈珍と共に辞して出ます。

賈珍は「あの二ヶ所の庄園もどうせ収穫はできまい。いっそ売ってしまうのがいいと思うのだ。放っておくと、かえって面倒なことになるからな」。 賈璉は「今時誰が買ってくれましょう? どのみち、この騒ぎが落ち着かないと高く売れないでしょうから、来年また話しましょう!」と言って、二人は共に去りました。

一方、賈母は賈蓉が捕えられたことを聞くと驚いて、尤氏、鳳姐を呼んで尋ねました。尤氏は「ご隠居様、ご安心を。璉二さんが行ってくれれば、すぐに一緒に戻ってまいりますよ」と言ったので、賈母はやっと安心します。

鳳姐は賈母が他のことを問い正すことを恐れ、笑って言います。「陽気も良く、日も長くなりましたので、ご隠居様も引き籠もっていては退屈で病気になってしまいますわ。兄嫁様(尤氏)も来たことですし、叔母様(薛未亡人)もお呼びしてカルタ(抹骨牌)をいたしましょう」。 賈母は喜んで、「さっき横になったけど寝つけなかったから、眠たくなってきたところだったよ」と言って薛未亡人を呼びにやり、また、鴛鴦に申しつけます。「廊下に用意をしておくれ。あそこのほうが涼しいからね」。

鴛鴦は侍女見習と共に準備に行きます。また、四、五盆のマツリカを持ってきて、棚の花と換えました。

しばらくすると薛未亡人がやって来て、四人でカルタをします。鴛鴦は蓮の実入りスープ(氷糖蓮子羹湯)を運んできて、賈母と薛未亡人は半碗ほど飲みます。

尤氏は賈蓉のことでカルタに身が入らず、かなりの負けとなりました。そこで人をやって家に取りに行かせようとしますが、鳳姐は「私のところからお貸しするわ! 何もバタバタと取りにやらなくても。でも、利息をもらうので、明日倍にして返していただくわね」。 尤氏は「世の中のお金はみんなあなたに管理されているのね。あんたがご隠居様や私たちに少し負けてくれるなら、神様だってあなたを憐れんで、孝行者だと言って寿命を延ばしてくれるかもしれないのに」。 鳳姐は笑って「馬鹿言わないで! どうしてあんたに孝行しなきゃいけないのよ! あんたがうんと負けて、ご隠居様や私たちを楽しませてくれるのが筋と言うものじゃないの」。 尤氏は「よくも言ったわね、ご隠居様を見てご覧なさい」。 果たして、賈母は既に牌を広げて上がっていました。鳳姐は席を立ち、おどけて言います。「この牌では無理ですね。勝っているうちに終わりにしないと。そのうち、お金はみんなご隠居様に勝ち取られてしまいますから、私は何としても兄嫁様に金を貸して利子を稼がないと!」と言ったので、賈母と薛未亡人は笑います。

賈母は笑って「あんたたち、この人の言うことを聞いたかい。早く席から引っ張り出しておやり! 今日はあんたから巻き上げてやろうと思ったのに、こんなに器が小さいとはね。このうえ恥ずかしくもなく利息を取ろうって言うんだから」。 鳳姐はぶつぶつと「どうして私ばかりお金がなくなるんでしょう。ご隠居様はお金を使い切れないんですから、タンスの中の使わないお金は私に貸してくださればいいのに! 2年も経ったら返したところでご隠居様には使いどころがないかもしれませんけど!」 賈母は笑って「この鳳の唐辛子(鳳辣子)の言い草はどうだい、私が珍の奥さんにちょっぴり勝って、この人には勝っていないのに、逆に私を貶めようとするんだからね」と言ったので一同は笑います。

そうして談笑していると、頼婆さんが賈母にあいさつにやってきました。賈母は急ぎ彼女を助け起こして、「久しぶりですね。ますます達者なようで」。 鳳姐は頼婆さんが来たのを見て、賈璉が明日出かけることに思い至り、立ち上がると頼婆さんを座らせて言います。「お婆様はなかなか来られないんですもの、ご隠居様とカルタをして遊んでくださいな。私たちは少し勝ったんですけど、ここで逃げておかないと、ご隠居様にやり込められて儲けがなくなってしまいますのよ」。 頼婆さんは「私が参りましたのは、ご隠居様、奥様、若奥様、お嬢様がたに、明日私どもの園で気散じをしてほしいと思ってのことです。陽気も良くなり、私どもの拙園はこちらとは比べものになりませんが、水閣涼亭(釣殿の東屋)も二つございます。只今は王妃娘娘が行かれて間もなく、ご隠居様や奥様、若奥様がたも気にかけていらっしゃるでしょうから、私どものところで憂さ晴らししていただきたいのです。私たちでカルタをしたり、女芸者を呼んで歌ってもらったら面白いではありませんか」。 鳳姐は笑って「構わないでしょう。早くに発って涼しいうちに帰ってくれば大したことはありませんわ」。 尤氏も「明日はご隠居様にお伴して一日楽しめますわ」。 薛未亡人も同意します。賈母は喜んで「そういうことなら、園の中の宝玉や嬢ちゃん達にも声をかけて、みんなで行こうじゃないか」。 頼婆さんは「奥様とお嬢様方、兄嫁様にはもうお声がけして参りました。いらっしゃるかどうかはこの年寄りの顔次第です」。 尤氏は「必ず行きますから安心なさって」。 そこで頼婆さんはようやく腰を下ろして賈母とカルタをします。

鳳姐は残金を全て尤氏に渡してから辞しました。カルタについてはここまでとします。

翌日、賈母は邢、王の二夫人、尤氏、鳳姐、宝玉と姉妹たちを連れて、車で頼大の家を訪ね、頼婆さんと頼大の妻は早々に出迎えます。頼大の妻は笑って、「ご隠居様、奥様、若奥様、お嬢様がたには顔を立てていただき、お招きしましたら皆さんでよくお越し頂きました」。 鳳姐は頼大の妻を指さして笑い、「あなたのところの老封君に自らお越しいただき、私どものご隠居様さえお弾みなのに、私たちがサボれるもんですか! 今日はどんな持てなしをしていただけるのかしら?」 頼大の妻は笑って、「若奥様とご隠居様、奥様、お嬢様がたが食べたことのないものや遊んだことのないものがございましょうか? 今日は邸内の殿方に頼んで雑伎団を呼びましたので、ご隠居様、奥様、若奥様、お嬢様がたには気晴らしをしてくださいませ。私たちの心ばかりのおもてなしでございます」。

宝玉は雑伎団と聞くと喜色満面となり、すぐに行って見ようとしたので、鳳姐は「宝玉さん、慌てないで。曲芸なら私も出来ますから、あとでやって見せますわ」。 黛玉は「あなたの手品は誰も分かりませんわ。ハンカチを持ってきて覆い隠すだけのものですけど、人の耳と目を覆い隠すんですから」。 鳳姐は黛玉を指さして笑い、「みなさん見てよ、こちらの抜け目ない方(鬼霊精)は、私がまだやっていないのに見破ってしまったわ。流石に目敏いわね、みんなが分からないことが、どうしてあなたには先に分かったの?」と言ったので一同は大笑いです。

薛未亡人は「手品は手先を器用に、鮮やかにやらないと馬脚を現しますからね」。 賈母も笑って「確かに、私も何度か手品を見たけど、手先も鮮やかに多くのものが一瞬で変わるからびっくりされられたよ」。

一同はしばらく談笑し、お茶を飲むと、頼大の妻が声をかけ、頼婆さんが一同を花園に案内します。

舞台は臨時にこしらえたものとはいえ、整然として広く、台上には花の刺繍がされた緞帳が掛かり、その鮮やかさに目を奪われます。賈母は頷いて微笑み、真ん中の椅子に座ります。間もなく開幕し、銅鑼や太鼓、チャルメラが鳴り響きます。

まず、四人の子供が颯爽と飛び出し、手には四本の棍棒を持ち、頭の上にお椀を乗せ、竹竿の上でくるりと回る様子は、たくさんの蝶が群れて舞い、花々の中を戯れているようで実に見事です。

賈母は笑って、「あれらのお碗は言うことを聞かないのに、落としたのを見たことがないのは、相当な鍛練の賜なんだろうね。小さい時に私の家でやった雑伎もやっぱりこんな感じだったよ。甕を持ち上げるものもあり、とても器用で力強かった。その甕は足の上で玉のようにくるくる回り、最後には一人の子供が足の上に乗ったので、私はその子が足を滑らせて落ちるんじゃないかと手に汗を握ったよ。その子が着地すると、にっこり笑ってみんなに万福請安って言ったんだよ」。

鳳姐が口を開こうとすると、魔術師が登場しました。一人の道化師が即興で笑いをとります。魔術師は赤い布を持って、両面に何の仕掛けもないことをみんなに見せ、その布から卵を取り出します。鳳姐は笑って、「私が先ほど出来ると言ったのはこれよ、インチキですけど」。 その魔術師がうっかりして卵を落とすと、実は一本の紐が布に付いていて、それで隠してあったものが出てきたのでした。一同が笑っていると、さらに台の上で無数の花に変わったので、みんなは不思議がります。賈母、薛未亡人たちはますます喜びます。

しばらくすると、台上に一人の背の低い男が登場し、一同に挨拶しました。三十歳くらいに思えるのに身の丈は二尺にも足りません。傍らにいた道化師は、たえず彼とおどけて笑いをとります。一同は彼を指さして、「今までこんな小さな人を見たことがないわ。小人の国から来たのかしら?」と言うと、宝琴は「違います。あれは人を楽しませるためにわざとああされたんですわ!」

黛玉はこれを聞くと不愉快になりました。見れば、頼大の子と賈環らが手中の果物の皮を台上の小さな男に投げつけました。小さな男の頭が右に左に揺れ動くと、いたずらした者たちは拍手喝采をし、大笑いがやみません。宝玉は急いで駆けつけ、賈環を怒鳴りつけました。

黛玉はこっそりと湘雲に言います。「あとでご隠居様がお尋ねになったら、私は調子が悪いのでもう帰ったと言ってちょうだい」。 湘雲は「本当に調子が悪いの? 私が送っていくわよ!」 黛玉は笑って「あんたみたいな子は賑やかなのが好きでしょう。もっと遊びなさいな。私はこういうのは好きじゃないので、家に帰って休みたいの。私が一人で大丈夫だと言っても、また大騒ぎで探しに来る羽目になるもの」。そこで湘雲は何も言わず、黛玉はこっそりとその場を去りました。

一同はさらにしばらく観賞し、ようやく終わると休んでお茶を飲みます。頼婆さんは賈母、薛未亡人らに座ってもらいます。

鳳姐は笑って、「先ほど見せていただいた雑伎は、まあ楽しめましたわ。次はどんな美味しいものをご隠居様にご馳走していただけるのかしら。ご隠居様の好みはお婆様もご存知のように、甘くてさっぱりしたものよ。ご用意いただいた珍しい料理を全部お持ちになって。さあ、賞味させていただきましょう!」 頼婆さんは笑って、「珍しい料理なんてありませんよ。園で私がこしらえた果物ですが新鮮です。今日は早くから、『スイカの盃(西瓜盅)』を作らせました。若い時分にご隠居様と一度ご相伴させていただいたものです」。

【補注】西瓜盅
西太后が好んだ夏の瓜料理で、スイカの果肉を全て取り出し、この中にさいの目に切った鶏、中華ハム、新鮮な蓮の実、龍眼、胡桃、松の実、杏仁などを入れて蓋をし、何時間も湯煎にして加熱したもの。

一同は『スイカの盃』と言われても、どんな料理なのか分かりません。頼大の妻は婆やに一つずつ盛り付けさせると、自ら賈母と薛未亡人に献上し、一人一人の前に並べます。

頼婆さんは賈母と薛未亡人の西瓜の蓋を開けて、「ご隠居様、奥様、お召し上がりください」。 賈母は思わず「いい香りだね!」と声をあげ、スプーンですくって食べて「本当にこの上なく爽やかだね。あんたたち、信じられなければ食べてごらん」。 みんなも食べ始め、声を揃えて絶賛するのでした。

薛未亡人は「あなた方の家では世の中の美味しいものを全て食べ尽くしたと思っていましたけど、こんな食べ方を誰が知りましょう。どうやってこしらえたんですの?」 頼婆さんは笑って、「たいしたことはありません。小さい時にご隠居様と一度口にしたのですが、すっかり忘れておりました。先日、ご隠居様、奥様、若奥様、お嬢様方をお誘いした時には、鶏・アヒル・魚・豚肉や山海の珍味を考えたんですが、毎日食べていらっしゃるでしょうし、脂っこいものです。私どもの園でスイカが早く熟し、蓮の花も実をつけまして、うちの嫁がその上に載せることを思いついたんです。それを聞いて、この『西瓜盅』のことを思い出し、そんなに美味しいものではないけど、園で新しく採れたものも良いのではないかと思い、彼らに言って作らせたんです。スイカの中身をくりぬいて、鶏肉、中華ハム、蓮の実、サクランボ、ナツメ、杏仁、胡桃、竜眼といったモノを詰め、蓋をして湯煎にしてとろ火で煮込んだら出来上がりです。ご隠居様、奥様、若奥様、お嬢様方、いかがでしたか?」 一同は「美味しいだけでなく、食べ方も斬新ですね」。 宝玉は「林妹妹は調子が悪くて帰ってしまったけど、彼女にも一つ届けてあげようよ! きっと喜ぶよ」。 頼大の妻は急ぎ人をやって届けさせます。

食べ終わると一同は口を漱ぎ、園内で遊びます。鳳姐はもともと頼大の妻に相談事があったので出て行き、山石を回ると、賈環、賈蘭たちがそこで碗を蹴る曲芸(踢碗之戯)をして遊んでいました。賈環は頭の上に碗を乗せ、足の甲にも碗を置き、あの雑伎をまねて、足を使って碗を頭に蹴り上げます。が、ガチャンと音をたてて碗は二つとも地面に落ちて粉々に砕けます。鳳姐は思わず笑い出し、「あんたたちも曲芸をまねているのね!」 賈環は顔を真っ赤にして立ちすくみます。賈蘭は急ぎ立ち上がり、笑って言います。「私たちはこの練習で体を鍛えていたんです」。 鳳姐は頷いて笑いながら立ち去ります。賈環は賈蘭に向かって舌を出しました。後のことを知りたい方は次回をお聞き下さい。


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