紅玉は、賈家が財産を没収され、宝玉や鳳姐が牢獄につながれてからは、一日中嘆息し、食事ものどを通らなくなりました。
賈芸は慌てて尋ねます。「あちらのお屋敷の事だろ? 宝の叔父上、璉様の奥様は罪を犯し、家産を没収されて牢獄に入れられてしまった。私たちに何か役に立てる方法があるのならともかく、そんなに溜息ばかりついていたって仕方ないだろう?」 紅玉は顔色を変えて、「あなたのおっしゃることは、ごもっともですわ。でも、私は宝玉さんと二の奥様の侍女として仕えたんですもの。他の方ならともかく、宝の若様の人となりを知らないわけがないじゃありませんか。侍女たちとふざけて騒ぐだけで、ちっとも主人らしくなさいませんでしたもの。人を手込めにして死なせるなんて有り得るもんですか。あなたは信じるって言うの?」 賈芸は「誰が信じるもんか。告訴したのは周瑞の義子の何三だそうだ。かつて金釧児姉さんから縁談を申し込まれたってことだが、あいつを気に入る者なんかいるかい? あいつは素行が悪くて璉の叔父上に叩き出され、暮らすすべもなく、追い詰められて「犬が塀を飛び越え(≒窮鼠猫を噛み)」、誰に唆されたのか知らないが、こんな騒ぎを引き起こしたってわけだ。それが分かったところで助ける方法がないんだ。全くむしゃくしゃする!」 紅玉は唇を突き出して、「あなたは宝の若様と仲良くしていたじゃないの。若様にどれだけお世話になりました? 何も方策を考え出せないなんて!」
賈芸は「簡単に言わないでくれよ! じゃあ、こういうのはどうだい? うまくいけば宝の叔父上は出てこられるかもしれない。あんたがまず牢獄に行って様子を見てくる。何か方法があれば実行に移すってわけだ。私が宝の叔父上の恩義を忘れるわけないじゃないか」。 紅玉はやっと涙を止め、顔に喜色を浮かべました。急いで牢獄に持って行く物を用意し、手提げかご二つにいっぱいにして牢獄へと向かいました。
たちまち牢獄の近くまで来て、紅玉があちこち聞いてまわっていると、一人の女性が前を歩いています。その面影には確かに見覚えがあり、じっと目を凝らし、喜んで大声で呼びました。「茜雪姉さん!」 その女性はすぐに立ち止まり、振り返って眺め、思わず「あらっ」と声を出し、「誰かと思えば小紅妹妹じゃない。妹妹は結婚して奥様になったと聞いて、私もとても嬉しかったのよ。旦那様はお元気? あちこち尋ねていたみたいだったけど、あんただとは気づかなかったわ。いったい誰を探しているの?」 小紅は嘆じて、「お姉様は知りませんの? 賈家が取り調べに遭い、宝玉さんも牢獄につながれ、このあたりの牢獄にいるそうです。私は宝玉さんに仕えていましたので、お会いしたいと思って参りました。お姉様はどちらへ?」 茜雪は「私も宝玉さんに会いに来たのよ。彼は獄神廟にいるそうだから、一緒に行きましょう!」 紅玉は「それはよかった!」と言い、二人は手に手を取って歩きます。
紅玉は「お姉様はお屋敷を出てからどうしていらっしゃったの? どうして宝玉さんが獄神廟にいることを御存知ですの?」 茜雪は「妹妹に嘘は言えないわね。お屋敷を追い出されて、しばらくは暮らしも落ち着かなかったんだけど、その後、ここの役所の文書係の師爺(しや)で、姓は鄧という方に嫁いだの。彼は温厚篤実で、いつも温情から手心を加え、決して人を陥れたりはしない人なの。先日、彼が帰って来て、賈家が取り調べに遭い、宝玉さんが牢に入れられて、獄神廟にいるって言うんだもの、びっくりしたわ。宝玉さんは日頃から人に優しく、牢に入る理由なんてないもの。今日こうして会いに来て、思いがけず妹妹に会ったというわけよ」。 紅玉はこれを聞いてしばし茫然としますが、「お姉様は宝玉さんが心優しく、法を犯すわけがないことを御存知です。旦那様がこちらの文書係の方でしたら、何とか宝玉さんを助け出してはもらえないものでしょうか?」 茜雪は頷いて、「賈家のほかの方ならともかく、宝玉さんなら私たち二人もよく知っているわね。人を手込めにして死なせたりなんかするもんですか。きっと恥知らずの碌でなしが彼を嵌めようとしたのよ。私がちゃんと夫に言っておくわ。そもそも金釧児姉さんが井戸に飛び込んで死んだのだって、彼とは関わりがないのに、告発した奴に巻き添えにされたのよ!」 紅玉は少し考えて、「告訴したのは何三じゃないの?」 茜雪は「間違いないわ、周瑞の義子の何三よ。思い返せば、金釧児姉さんを嫁にいただきたいって、彼の義母さんが大奥様にお願いしていたんだけど、その後亡くなってそれっきりになったの。今になってどこかで酒を引っかけてきたのか、気を強くして、こんな天にも背く騒ぎを起こしたのよ」。 紅玉は「何三のところへは私の夫が話をつけに行き、訴状を撤回するよう説得してもらいます。銀子は数十両もあればいいでしょう。お姉様は戻ったらどうか旦那様にお願いしてください」。 茜雪は「こっちは心配しなくてもいいわ。肝心なのは妹妹の旦那さんに何三を見つけてもらうことよ」。 二人は相談がまとまり、獄神廟へとやってきました。
看守の獄卒は、役所の鄧師爺の奥方だと分かったので、ペコペコして腰をかがめ、「鄧の奥様にはどうした風の吹き回しでこちらへ?」 茜雪が「私たち二人は廟内にいる賈家の二の若様にお会いしたいの。門を開けて連れて行ってちょうだい」と言うと、看守は急いで門を開け、二人を連れて東院の一間の部屋にやってきて、部屋の戸を開け、「賈家の二の若様は一人でここにおります。奥様の親戚とは知りませんでしたが、虐待したりはしておりませんので」。 茜雪は頷いて答え、「それならよかった。そもそも何もしていないんだし、数日で出られるんだから、気をつけてお世話してね!」と言って、紅玉とともに部屋に入ります。
宝玉は目を見開いて二人を見つめていました。二人が「宝の若様!」と叫ぶと、宝玉は「わっ」と声をあげて泣き出します。「二人が来てくれるなんて思いもしなかったよ」と言って進み出て、片手に茜雪、もう片手に紅玉の手を取って床机(しょうぎ)に座ります。そして茜雪に尋ねます。「あんたは出ていったあと元気だった? どうして私がここにいることを知ったんだい?」 茜雪は先ほど紅玉にした話を宝玉に話しました。最後に、「二の若様、もうしばらく御辛抱ください! 私は帰って夫に伝えます。二の若様が辛い思いをされているのを知れば、きっと報告書に手心を加えてくれますから、若様の冤罪はすぐに晴れますわ」。 宝玉は涙を拭いて、「あの年、楓露茶のことで見境もなくあんたを追い出し、その後しばらく後悔していたんだ。それなのにこうして会いに来てくれて力になってくれるなんて、どれだけ感謝したらいいんだろう!」 茜雪は目の縁を赤くして、「何でもありませんわ。若様は善い方ですし、決して私を叩き出したのではないと存じています。背後にどんな方がいたのかは分かりませんが、もう過ぎたことですし、そんな昔のことを持ち出しても仕方ありません。今は若様のお力になれれば嬉しいんです。若様は入獄して何日も経たないというのに、どうしてこんなに痩せてしまったんでしょう! もっと心を広く持つべきですわ」。 宝玉は頷き、紅玉の方を向いて尋ねます。「あんたも心配してくれたんだね。芸児とはうまくやっているのかい?」
紅玉は「仲良くやっておりますのでご安心ください。二の若様が辛い思いをされていることはみんな存じています。今はまず食事をしてください。賈芸には外で援助させますので」と言って、茜雪とそれぞれ持参した食べ物を取り出しました。
紅玉はバターロール(奶油巻子)、フリッター(油炸餅)、色とりどりのキンモクセイの花ゼリー(桂花糕)を容器に詰めてきており、もう一つの容器からアヒルの姿蒸し(清蒸鴨子)を取り出しました。茜雪が持参したのはウズラのフライ(油炸鶴鶉)、燻製にした鶏(熏鶏)、アヒルの丸焼き(烤鴨)といったものでした。宝玉もここ数日はさすがに腹も減っていたので、立ち上がってアヒルの姿蒸しにかぶりつきました。茜雪は「熱くしてきますのでお待ちください。胃に溜まるとまた病気になりますわ」と言いますが、宝玉は「まだ温かいから大丈夫だよ!」と言って一椀のアヒルをぺろりと平らげ、骨だけを残しました。また、バターロールとウズラのフライを少し食べました。紅玉と茜雪はこれを見て、傍らでそっと涙を拭います。
宝玉が食べ終わるのを待って、二人はまた彼を慰め、十分に安心させてから共に退室しました。
茜雪は廟門の前で看守の者を呼んで尋ねます。「賈家の若様に食事を届ける者はいないの? どうしてあんなにお腹をすかせているの?」 看守は顔を赤くして答えます。「賈家では毎日食べ物を届けてよこします。私たちはここでは三人編成なんですが、董と李の二人が酒と料理をくすねてしまい、彼には粗末な物しか出していないんです。私は飲食には手を付けたことがありません」。 茜雪は「董と李の二人の看守に、賈家の二の若様は私の親戚だから、よく世話するようにってあんたから言ってちょうだい。私が美味しいお酒と料理を買ってあげるから」と言って、獄卒にいささかの銀子を渡しました。
さらに、紅玉は鳳姐に会わせてくれるように茜雪に頼みます。茜雪は「理屈から言って、璉様の奥様のことは私とは関係ないわ。でも妹妹の頼みとあってはしょうがないわね。お行きなさい! あの方は西側の女牢にいて、私の母がそこにいるから、頼めば連れて行ってくれるわ」。 紅玉が茜雪に感謝して、鳳姐に会いに西の牢獄に行ったことは述べません。
さて、宝玉の一件はそもそも何三が賈環に唆されて行ったものであり、賈家が一敗地に塗れたのを見て、何三は約束の銀子をもらおうとあちこち賈環を探しますが、賈環は身を隠してしまいました。何三は見込みがないことを悟りますが、さりとて直接家を訪ねる勇気もなく、心中不運をかこっていました。
そこへ賈芸が探しに来て、何三を酒を飲みに引き連れ、こっそりと尋ねました。「あんたと宝の叔父上は昔も今も恨みはないはず。どうして訴えたりしたんだい?」 何三は嘆息するばかりで言葉がありません。賈芸は「何か辛いことがあるのなら話してくれよ。楽になるからさ」と言って何三に二杯注ぎ、真っ白な銀子を一錠取り出して彼の前に差し出します。「三の兄貴はいつもサバサバしているのに、どうして今日はそんなに煮え切らないんだい?」
何三は、「宝の若様が金釧児さんを手込めにしたなんて、俺は知らなかったんだ。みんな三の若様が言ったことだ。義母がかつて奥方様に、金釧児さんを俺にくださるようにお願いしたことがあったので、彼女が死んでしまった時はとても悲しかったんだ。三の若様からその話を聞いたので訴え出たまでさ」。 賈芸は「確かな証拠もないのに、どうして人の話を鵜呑みにして訴えたりしたんだい? 宝の叔父上は善人だし、人を死に至らしめたりすることは絶対にないよ。もしもお上に確かな証拠を出すように言われて、あんたが出せずに誣告罪に問われたらどうするんだい?」 何三はびっくりして、「芸の若様、そんなことがあるのかい? 俺が好き勝手に訴えたところで、事実なら自業自得で罪を受けるわけだし、俺も金釧児さんの恥をそそいで仇を討てるんだし、違うっていうんなら釈放されてそれまでだと思っていたんだが、どうして俺が罪に問われるんだい?」 賈芸は笑って、「だったら、ありもしないことをいくらでもでっちあげて告訴できるじゃないか。誣告した者は懲らしめないと役所の仕事だってきりがないだろう? だから私は、さっさと訴状を撤回したほうがいいと言っているんだ! そもそも事実無根のデマだし、人に聞いた話にすぎないんだ。金が要るならこの銀子を取っておいてくれ! 宝の叔父上が出て来られたらもっと礼をするからさ」。
何三は大いに焦り、とりあえず銀子を受け取って、話をしようとすると、周瑞が激怒して入ってきて、何三が宝玉を告訴したことを責め質しました。驚いた何三は土下座して、「人様が言うことを聞き間違えたんです。すぐに訴状を撤回しますから」と言うと、周瑞は「もともとお前には失望していたが、こんな天に背き道理にもとることを引き起こすとは思わなかったぞ!」と何三を怒鳴りつけました。また、いささかの金を出して酒を買ってやり、「時間があったらうちの母ちゃんにも顔を見せるんだぞ!」 何三はこれを聞いて喜び、酒を引っかけるとすぐに、賈芸とともに役所に手続きに出かけました。
さて宝釵は、心中とても悲痛でした。思えば賈家に嫁いでから一日として楽しい日があっただろうか? 新婚の夜でさえ、宝玉さんは林のお嬢さんを祀っていた。元妃娘娘が薨去され、ご隠居様が亡くなり、今は兄が牢獄に入っている。母は毎日泣き暮れ、賈家は財産を没収された。宝玉さんは獄につながれ、獄中でどうしているのかも分からない。王夫人は家廟に引っ越してすぐに病気になったし、一家に残る数十名の暮らしをどうして自分ごときが支えられよう! 辛いことばかりが思い至り、涙が玉のようにこぼれます。
そこへ玉釧児が息せき切って入ってきて、「大殿様が戻って来られ、上の奥方様(邢夫人)と奥様方も皆行かれました。奥方様(王夫人)は二の奥様を呼んでくるようにと私を遣わされました」。 宝釵は涙を拭いて、王夫人のところへやって来ました。
尤氏、李紈、平児たちもみなそこにいました。賈政はひげをしごき、涙を流して言います。「事ここに到れば、みんなにもはっきり言うが、聞いても悲しまないでほしい。兄上と珍児は黒竜江に流刑に処されることになり、明日帰宅して家族と何日かを過ごす。これも陛下の有り難き思し召しによるものだ」。
邢夫人と尤氏は、これを聞くと声をあげて泣き出し、一同もみな涙が止まりません。賈政は「こうなっては泣いても仕方がない。この機会にみんなで兄上と珍児に道中の品や食料を用意してやるのが我々の誠意を尽くすことになるだろう! 私は北静王府から二千両の銀子を借りてきた。二人に五百両ずつ渡し、残りは家で使おう! どうか倹約して暮らしてほしい。金陵の先祖代々の墓地にはまだ土地や家屋があるから、南方に行きたいという者は衣食の当てもあるし、ここで飢えを忍ぶよりはましかもしれない。加えて三百両の銀子を旅費として渡そう。みんなよく考えなさい」。
平児は賈璉と鳳姐の事が済んでいないので南方へは行けません。宝釵は宝玉がまだ出獄しておらず、兄も獄中にいるためやはり行けません。李紈は叔母と二人の従妹がともに京におり、南方に行っても面倒を見てくれる者がおらず、京師に留まって子供に勉強を教え、実家の者と一緒にいることを希望します。しかし、尤氏と賈蓉の妻は考えが決まらず、明日賈珍が戻ってから改めて相談することにしました。
次の日、賈赦と賈珍が牢獄から戻り、それぞれ邢夫人、尤氏と抱き合って泣き暮れます。
邢夫人は賈赦に向かって、「あなたが行ってしまったら私は誰を頼りにすればいいんです? 璉児と嫁はまだ獄中にいるのに、ますます人がいなくなってしまいますわ!」 そう言って更に悲しく泣きました。賈赦は涙を流して、「我々夫婦は今別れればもう会えないかもしれない。璉児のことだが、どうも風向きが変わったようだ。もし出てきたら、お前はあいつに従って暮らしてくれ。嫁のほうはどうなるか分からないがな」。 夫婦二人は向かい合って痛ましく泣きました。
賈珍と尤氏はさらに年若い夫婦ですし、まして、尤氏はこれまで賈珍の命に黙って従ってきました。賈珍は今一人で遠く離れた辺境の地に行くことになり、尤氏の平時の良き所が思い出されます。そこで、尤氏の手を取って、涙にむせびながら、「私は黒竜江に行かねばならなくなったが、到底人の住むところではないだろう。戻って来られないかもしれず、私は死んだものと思ってくれ!」 尤氏は耐えられずに声を上げて泣きます。賈珍は「私が心配なのはお前のことだ。私がいなくなったらお前はどうやって生きていくのだ? 長い先のことを考えねばなるまい」。 尤氏は泣きながら、賈政が昨日話したことを伝えます。賈珍は嘆息して、「幸い北静王、南安郡王といった殿下の思し召しで我らの屋敷を守ることができ、銀子までお貸しいただいた。この御厚情は実に得難いものだ。とは言え、数十名がこのまま暮らしていくのは難しいだろう。やはり先のことを講じなくてはならない。これは私の考えだが、お前と蓉児は南方に帰りなさい。あちらは少し窮屈でも、祖先の墓地と土地家屋があり、なんとか暮らしていけよう。依るべき実家の者がいる宝の叔母上(宝釵)や珠の奥方(李紈)とは違うのだから、お前達は南方に帰り、蓉児には野良仕事をさせ、これまでのように思い上がってはならぬ」。 尤氏は嗚咽しながら頷きました。
そこで、賈珍は賈蓉を呼び、このことを依託します。賈蓉は跪き叩頭して涙を流し、「父上の申付けはしかと肝に銘じておきますので御安心ください! 大殿様と共に無事に黒竜江に着かれますようお祈り申し上げます。将来お帰りになられ、再び一家で集えますことを心より願っております」と言って、再び地に伏して泣きました。賈珍も涙を流し、賈蓉を引き寄せて言います。「我々の家はお前にかかっているのだ。私がいなくなっても、しっかり家業を支えてくれ。南方に帰る道中は母上の世話をして、これまでのように偉ぶってはならぬぞ」。 賈蓉は一つ一つに「はい」と答えます。
焦大は、賈家の資産差し押さえを受けて呆然とし、ひとしきり賈珍を罵っていました。「出来損ないの不孝者め! 祖先の御威光も保てず、世襲職さえ失いおって、いずれあの世でどの面下げて曾祖父様に会うつもりだ!」 さらにひとしきり、官服を着た強盗野郎と罵って、「白中人目も憚らずに強奪なんかしやがって。人様の物が欲しいもんだから『資産差し押さえ』とか何とか抜かしているが、この焦大様の目をごまかせるもんか!」 そして、賈珍が黒竜江に流されることを知ると、何としても賈珍に付いて行くと言って聞かず、泣きながら、「この家産は俺が死体の山からお助けした曾祖父様が築かれたものだ。かくも一敗地に塗れたからには、俺も曾祖父様に合わせる顔がない。ここは主人に従って一緒に死なせてくれ!」
一同はこれを聞くと、皆恥じて言葉がありません。賈珍も顔を真っ赤にし、焦大に向かって、「あんたはもう年だし、あの野獣の出没する僻地になんか行けるもんか。ここは皆と一緒に南方に行ってくれ! 曾祖父様の墓地も南方にあるんだし、行けば心安らげるだろう」と何度も頼み込み、ようやく焦大に承知させたのでした。
一同は賈珍と賈赦の出立を見送ると、尤氏と賈蓉の荷物の整理を数日かけて手伝い、王夫人は宴席を設けて尤氏と賈蓉の妻の送別をしました。親族一同は互いに抱き合い、悲しみのあまり喉を詰まらせ声が出ない有様でした。
さらに数日が経ち、賈蓉が船を雇ってきたので、一家は家人数名を連れて出発しました。鶯児たちは残って宝釵に仕えることにし、一緒には行きませんでした。
尤氏たちが去ってしまうと、家廟の中は随分人が少なくなったようで、王夫人、宝釵らたちは辛い日々を送ることになるのでした。
さて、宝玉のことですが、紅玉と賈芸があれこれと手を尽くし、何三に訴状を撤回させました。林四娘のことを詠んだというのも、そもそもいわれなき罪でした。また、茜雪の夫がうまく事務処理をしたので、半月も経たずに無罪放免の判決となり、宝玉はようやく獄神廟から出ることができました。
賈芸は焙茗を伴って出迎えに行きました。宝玉が廟門を出てくると、焙茗は急ぎ前に出て抱きつき、泣きじゃくりました。賈芸も涙を拭って宝玉に挨拶しました。宝玉は涙を流し、彼らを引き寄せて言いました。「あんたたちはこんなにも私のことを思っていてくれたんだね。こうして出てこられたんだから、もう泣くのはやめて、とにかく家に帰ろうじゃないか!」 焙茗は獄神廟に入って宝玉の布団を片付けると、雇った車に乗せ、三人一緒に車に乗り、一路家廟へと戻ってきました。
王夫人は早くから表で待っており、車を見ると急いで迎えに来ました。車から降りた宝玉の衣服はシミで汚れ、顔色は悪く、かなり痩せていました。王夫人は耐えきれずに宝玉を懐に抱き、「愛しい我が子よ」と叫びました。
宝釵や襲人たちも傍らで涙を流しました。
宝玉が廂房の宝釵の部屋に来ると、宝釵は急いできれいな衣服を揃え、襲人は水を運んできて、宝玉が髪をとかし、顔を洗うのに付き従いました。それが終わると彼の髪を赤紐で束ねてやりました。そこへ、一同が宝玉を見舞いにやって来ました。
惜春は「二のお兄様、数日お会いしなかっただけですのに何百年も経ったかのようですね。こうして戻って来られましたから、また一緒に碁を打ったり絵を描けますね」と言ったので、邢、王夫人は泣くにも泣けず、笑うにも笑えませんでした。
邢夫人は「四の嬢ちゃんは子供っぽさが抜けないって聞いていたけど、本当にそうなのね。家運が傾いたのに、どこに碁を打ったり絵を描いたりする余裕があるもんかい」。 惜春は「家運の衰退は予測できたことです。お兄様がなさっていたことは、天下の美食がみな自分の胃袋に入らないことを残念がるような有様でしたもの。家が没落しないわけがありませんわ。ですから大げさに騒ぐほどのことではないんです。私たちは泰然と構え、粗食を心がけ、地位や名誉に固執しなければずっと穏やかに過ごせるんです」。 一同はこれを聞いて呆気にとられます。一人宝玉だけは嘆息して、「やはり四妹妹は凡俗を超えた人だ。富貴や喜び、悲しむことなしに本当のものは得難い。後日あらためて時間を作って、四妹妹と碁を打ち、絵を描くことにするよ」。 惜春はこれを聞いて喜びます。
邢夫人はかぶりを振って嘆息し、「なるほど、四の嬢ちゃんは義姉さん(尤氏)に付いて南方に帰りたがらないわけだ。ここには一緒に遊んでくれるお兄さんがいるんだからね!」 惜春はかぶりを振って、「それは違いますわ。でも、私がいくら申してもあなた方は分かっていただけないでしょうから、言わないことにします」。 一同は惜春の性格が狷介なことを知っていますので、言い争おうとはしません。
宝玉は、襲人、麝月、秋紋らが側にいるのを見ると、胸が熱くなり、宝釵に感謝してやみませんでした。
王夫人は宝玉が戻ってきたのを喜び、彼がかなり痩せたのを見て、急ぎお金を出して厨房に鶏魚(イサキ)を買って料理させ、宝玉に食べさせました。賈環はこれを見てブツブツ言ったので、宝釵は人に命じて賈環と趙氏にも運びました。
さて、賈璉が獄につながれた原因は、張華が尤二姐のことを訴え、さらに平安州節度使に通じていたことが引き合いにされたからですが、そもそもは鳳姐が行っていたことで、賈璉のあずかり知らぬことでした。賈政の身辺には今や林之孝、周瑞ら数名の者がいるだけになっていましたが、日々奔走し、友人に頼み、役人に賄賂を送り、さらに張華を説得しに行きました。その張華は、そもそもは賈環の言うことを聞いて賈璉を訴えたのですが、今や賈環は身を隠して影も形も見えません。賈家は家産差押えに遭い、まさに因果応報、天罰覿面だが、王府と錦衣衛にことごとく財産を没収されたと聞く。どこに旨みがあろう? それに尤二姐は既に亡く、告発したところで生き返るわけでもないし、林之孝と周瑞が持参した二百両の銀子を受け取って、別に良い嫁さんをもらった方がよかろう。自分は外地二ヶ所で商売をしており、世話人を雇って自分が京に留まっているのも良策とは言えまい。そこで、これを承知し、二百両の銀子を受け取りました。兪府尹に対しては、「賈府は既に報いを受け、財産尽く官に没収されました。もう仇を討つ必要はありません。訴えたところで死人が生き返るわけでもないし、勝ってもぬか喜びでは何の面白みがありましょう。私も商売がありますので、この案件はさっさと結審いただきたい」とだけ言います。兪大人の方では、ちょうど南安郡王の頼みを受け、賈政が清廉な人物であることも知っており、賈府の家産差押えは見るに忍びないところでもあったので、張華がそう言うのを聞くと、人情にもかられ、遂に、平安州の件は鳳姐が行ったこと、尤二姐の件は賈珍の行ったこととし、数日も経たずに無罪放免となりました。
賈璉は何ヶ月も拘束されてようやく釈放されたものの、悲喜交々でした。寧、栄二邸の家財は官に没収され、家人が園の後ろにある家廟で暮らしていることを知り、林之孝とともに家廟へと向かいました。
家人はとても喜びました。賈政は賈璉のことでは苦労を重ね、やっと出獄できたので、顔を見ると辛酸苦楽が一度に心に沸き上がり、ただ彼を指さして涙を流し、一言も言えませんでした。
賈璉は急ぎ前に出て、跪いて叩頭し、泣きながら「甥は不孝者にして、二の叔父上に奔走いただき、大変な御苦労をおかけしました。幸いにして出て来られましたからには、必ずや身を正し、もう決してあのようなことをして祖先の徳行を辱めることはいたしません」。 賈政はこれを引き起こし、頷いて言います。「お前ももう分かっただろう。過ちを悔い改めるのに遅いということはない。お前の父上と珍さんは黒竜江に流され、生きて戻れるかどうかも分からない。お前が出獄した今、我が一家は全てお前の肩にかかっている。私はもう年老いた。お前が家業を支え、賈家を再興し、家門を輝かせなければならない。それでこそ天恩祖徳に背かず、あの世で祖先に会わせる顔もあるというものだ!」と言い終えて涙を髭に滴らせるのでした。家人はみな涙を流しました。
賈璉はひざまずいて答えます。「二の叔父上の話を肝に銘じ、必ずや賈家を再興させますので、どうぞ御安心ください!」と言って賈政のところを去り、邢夫人の部屋へと向かいました。
邢夫人は今や寄るべきところがなく、賈璉が戻ってきたのを見ると、これまでとは態度を変え、彼を引き寄せて泣き出します。「やっと出てこられたんだね。あんたの父上は黒竜江に流されてしまい、私は誰を頼りにすればいいんだい?」 賈璉はこれを慰めて、「母上、御安心を。私がいる限り、母上にひもじい思いはさせませんから」。 邢夫人は「私も運がないよ。年老いてからこんな落ち目になるとは」。 賈璉はしばし彼女を慰めてから平児の部屋へと向かいました。
鴛鴦は早くに賈璉が出獄したとの知らせを受けていましたが、自らは尤氏が去った後に尤氏が住んでいた部屋に移っていました。
賈璉が部屋に行くと、平児は巧姐を引き連れ、涙を流しながら入口で待っていました。急いで平児と巧姐を引き寄せて部屋に入り、「辛い思いをさせたな。みんな私が悪いんだ。我が家も家産差押えの憂き目を見たが、これからはしっかりやっていこう。あんたたちが良くやってくれていたんで心中ほっとしたよ」。 平児は涙を拭って答えます。「私は嬢ちゃんのお世話をしただけです。あなた様がお戻りになって何よりですわ。嬢ちゃんには両親がいることですし、私は明日にでもここを出て、一人で暮らしていきますわ」。 賈璉は奇異に思い、「どこか行きたいところがあるのかい?」 平児は「こちらの侍女は売られる者も解雇される者もおり、みんな出て行きました。私は元々身分も低く、一介の侍女に過ぎませんので、解雇されるべきなんです。あなた様と奥様が戻って来られず、嬢ちゃんのお世話をする者がいないので留まっていたにすぎません。あなた様がお戻りになった以上、私が残ってどうしましょう。侍女一人をお側に留め置く道理はありませんわ」。 賈璉は「誰が侍女だって? どんな侍女だってあんたの足元にも及ばないさ。私には私の道理がある。安心しなさい」。 平児は声も上げず、傍らで涙をとめどなく流します。
賈璉は巧姐が出て行くと、平児を抱いて慰め、「私がまだあの鬼婆(夜叉婆)を愛していると思っているのか? 実を言えば、私が入獄したのも、我が家が取り潰しになったのも全てあの鬼婆の仕業だ。あいつは焼きもち焼きの疫病神だ。あいつの元で穏やかな日々を過ごせた者がいるだろうか? 尤の二の嬢ちゃん(尤二姐)もあいつの手の中で死んだじゃないか。私は蚊帳の外に置かれていたようだ。あいつは家運を傾かせ、子孫を断絶させた。私はあいつを許すことはできないし、いずれはあんたに代わってもらうつもりだ」。 平児は慌てて賈璉の口を塞ぎ、「お声を小さく。奥様に知られたら皮を剥がれますわよ! 奥様もあまりに惨いことをされ、監獄に入るような羽目になりました。とは言え、可哀想ですわ。どうか奥様を救う策をお考えください。賈家の者というだけで外部からの目も良くないんですから」。 賈璉は頷いて、「それは勿論だ。ただ、あいつが出てきた時に、あんたはもう服従することはないんだからな」。 二人は小声で真夜中まで話をし、賈璉は鳳姐がいた時のようにビクビクすることもなく、平児を可愛がるのでした。続きはどうなるでしょうか、次回をお聞きください。