意訳「曹周本」


第114回
威を逞しくせんと欲して鳳姐は鋭気を挫かれ 縦(ほしいまま)に談論して宝玉は遣り返しに遭う

さて、鳳姐は刑部の監獄で一日が一年の如く、長く辛い日々を送っていましたが、賈璉はあまり構おうとしませんでした。

劉婆さんと板児は、密かに食べ物や衣服を持って会いに行き、鳳姐は涙を浮かべました。劉婆さんは、「奥様もあまり悲しまないでください。いずれ見通しもつきましょう。板児の父親には刑部で働く友人もおり、先日も届け物をしましたので、応じてもらえるかもしれません」。 鳳姐は再三感謝の意を述べ、また、板児の手を取って、「ずいぶん大人になったわね。巧姐もあんたと一緒なら安心だわ。末永く幸せにしてあげてね!」 板児は「はい」と答えます。

果たして、鳳姐は二十日余りで出獄することができました。一つには板児の父親の働きによるもの、もう一つは茜雪の夫も影で尽力し、賈芸と紅玉の多方面での働きかけも功を奏し、ようやく出獄を果たしたのでした。

平児と巧姐は、鳳姐の出獄を知ってとても喜び、すぐに手配をし、板児に頼んで車で迎えに行きました。

鳳姐は彼女たちを見て、涙をボロボロとこぼしました。巧姐は進み出て鳳姐を抱きしめ、「母上、泣かないでください。やっと出て来られたのですから。一緒に帰りましょう!」と言って、平児と共に鳳姐を扶けて車に乗せ、まっすぐに小花枝巷の家にやってきました。

鳳姐は、賈璉がいささか恨みがましいように見えました。賈璉は、「あんたが出て来られたことは、まあ良かった。みんなで仲良くやっていこうじゃないか。ただ、あんたが獄中にいる間、家を仕切る人がいなかったので、母上に図ってもらって、平児を正妻にしたんだ。平児は元々あんたの側付きだし、あんたとも上手くやってきたんだから、あんたも喜んでくれると思う。家運が傾いた今、細かいことに構っている暇はないんだ。あなたは奥方だし、彼女は平の奥方というわけだ。うちの家事は彼女のお陰で何とかこなしている状況なんだからな!」 鳳姐はこれを聞くと、心中受け入れられるものではありませんでしたが、出獄してきたばかりで波風を立てるわけにもいかず、怒りを抑え、冷たく言いました。「道理で、私が監獄にいた間、あなたは何も取り合ってくれなかったわけね。私が邪魔だったとはね。よくもいろんな奥方がいたもんだわ」。

この時、平児は座を外しており、巧姐が鳳姐を部屋に連れて行って休ませました。しばらくして水を運んでいき、髪を梳き、顔を洗ってあげました。

鳳姐は出獄してからというもの、一つには、体が弱っていて万事億劫に感じたこと、二つには、平児は元々自分の使用人で、家事をさせるのも当然との思いから、毎日ゴロゴロして顔を出そうともせず、巧姐に食事を部屋に運ばせて食べていました。そんな生活が一月余りも続き、体も次第に回復しましたが、なおも家事を手伝おうとはしませんでした。

平児は生活が苦しいのを見て、巧姐と共に昼夜を問わず針仕事をしました。賈璉は屋台を手に入れて売りに行き、いささかの金を稼ぎ、家計の足しとしました。

邢夫人も厨房で働いたことなどありませんでしたが、家計が日に日に厳しくなるのを見ると、やむなく自ら厨房に立ち、平児と巧姐に針仕事をさせて生活費を稼ぐようになりました。最初は上手く出来ず、陰で何度も泣きました。次第に出来るようにはなりましたが、あまりに疲れる上に辛く、戻って来た鳳姐が手を貸してくれて楽になるか、或いは悠々自適の日々を送れるかもと期待していました。最初は、鳳姐の体が弱っていたので、やりたくないのも仕方がないと思っていましたが、既に一ヶ月余りが経ち、鳳姐がなおも病気だと言い逃れるので、邢夫人も怒りを覚え、次第に恨み言を言うようになりました。

鳳姐は、出獄してからというもの、賈璉が平児には殊の外優しく、「平の奥さん」と絶えず口にし、夜も平児の部屋でのみ寝泊まりするので、腹を立てていました。何かあれば遠回しに皮肉り、「下賤な端女(はしため)め、主人をないがしろにするからだよ! 何様のつもりだい!」 また、賈璉の薄情さにも不満をぶつけ、「私がどれだけお屋敷のために尽くしたかすっかりお忘れのようね! 一度罪を犯したら、『倒れそうな塀はみんなに押し倒される(墻倒衆人推=弱り目にたたり目)』と言うように、私を獄中にほっぽって、取り合ってもくれないんだから」。 これには賈璉も心穏やかではありませんでした。

この数日は春雪が降り、賈璉は屋台を出すことが出来ず、家でやけ酒を飲んでいました。鳳姐は快気したというのに、いまだに厨房に立つことを拒み、奥方の立場を笠に着て、平児に中庭の雪掃きをさせているのを見ると、賈璉は怒り心頭に発し、鳳姐に食ってかかりました。「今、うちの家計は平の奥さんの針仕事に支えられているんだ。巧姐も糸繰りして稼いでいるのに、あんたは何もせず、指図だけなのか? 母上でさえ厨房で煮炊きをしているんだ。中庭の雪ぐらい掃いてくれたらどうだ?」

鳳姐は仕方なくほうきを手に取って、雪を掃き始めました。ようやく掃き終えて休むと、賈璉はさらに、邢夫人の炊事を手伝うように言いました。

鳳姐は腹を立て、「私に出来るわけないじゃない。私を困らせるつもり?」 賈璉は鳳姐を睨みつけ、「だったら母上はどうしてできるんだ? それとも私がやるかい? あんたは、平児が元々自分の侍女だったから、何でもやらせればいいと思っているんだろうけど、今は平児が正妻なんだし、手が回らないことはあんたが助けてくれてもいいんじゃないのか? あんたは、二言目には、お屋敷で尽力したと言うけど、考えてもみてくれ。我々のお屋敷が家産没収になったのは、そもそもはあんたが引き起こしたことがきっかけじゃないかい? あんたは二姐を殺し、張華も殺そうとして訴えられた。平安州では雲の旦那(注:長安節度使の雲光)と通じ、張家の娘と未婚の夫を死に追いやったせいで、私があんたの罪をかぶった。あんたが秘密裏に我々の公金を使って高利貸しをしたことも分かっている。芸児のところにあった三千両の銀子も、あんたの碌でなしの兄貴に持って行かれたし、巧姐も騙されて売られるところだった。我が家はここまで落ちぶれたんだ。今さらあんたを責めるつもりはないけど、あんたは私たちを恨んでいるみたいだし、いったいどうなってるんだ?」 賈璉はますます頭に血が上り、最後にこう言いました。 「今後あんたには、我が家で奥方ぶるのはやめてもらおう。巧姐は田舎で糸繰りを習ったんだから、あんたも教えてもらうんだな。数日経っても覚えられないんなら、実家に帰ってくれ。あんたは口を開けば王家の富貴を誇っていたんだからな」。

話終わると、鳳姐は顔を真っ赤にしました。賈璉がかくも薄情で、旧情も忘れたのかと思い、涙を落としました。平児はこれを慰めて、「奥様も言い争わないでください。今や家が困窮し、二の若様にもどうしようもないのです。私たちも上手くやっていきませんか? そんな大事ではないんですから」。 賈璉は、「あんたも甘すぎるよ。そいつがかつて威勢の良かった時、あんたはどういう扱いをされた? 今だって、出て来たと思ったら焼きもちを焼いてばかりだ。私はさっさと離縁して出て行ってもらうのがいいと思うんだがな」。

賈璉がここまで言うので、鳳姐は面白くなく、なおも言い返します。「『倒れそうな塀はみんなに押し倒される(前述)』の言葉どおり、あなたも私を押さえつけようとするの? よく考えてみて。この数年、私がどれだけお屋敷のために倹約し、骨を折ったと思って? 家産が没収されたのは全部私のせいなの? あなたが人様の妻を妾にしたことまで私のせいにして当たり散らすのはどうなの? あなたは口を開けば平の奥さんとおだてるけど、あの子はもともと私の侍女よ。地味に何年もやってきたくせに、今じゃすっかりのぼせあがって、私の頭を越えて高枝によじ登ろうとしているのよ。下賤なはしためが私を差し置いて正妻ですって? あんまりあなたが肩入れすると、とんでもない間違いを起こして、全てが台無しになるわよ!」

平児はこれを聞くと怒りに震え、あわや昏倒しそうになりました。賈璉は慌てて平児を扶け、鳳姐を指差して怒鳴りつけました。「昔のように威張り散らさないでくれ。私が平児を可愛がったら何だっていうんだ? 平児や二姐だったら、あんたの意のままになると思っているんだろうが、とんだ思い違いだ。二姐の件だって片付いたわけじゃないのに、今度は平児をやっつけようというんだな。巧姐がいるからあんたをここに置いてやってるんだ。何が正妻だ!」

鳳姐はむかっ腹を立て、部屋に入って泣きました。これ以降は大人しくなりましたが、平児とは話をしようとしませんでした。

たちまち巧姐の婚儀が近づき、鳳姐は仕方なく針仕事の手伝いをしていました。五月になり、王狗児の家で迎えに来ました。田舎といえど衣類や日用品はおよそ揃えられていました。その日は盛大に楽器を打ち鳴らし、巧姐を迎えたことは省きます。


さて、宝玉は馮紫英から推挙され、宗学で書写を担当する小間使いの教員になりました。馮紫英も虎門の宗学で久しく教職にあり、仲の良い友人達がいました。夜、授業が終わると、よく集まって酒を酌み交わしました。

秋風が吹き、夏の暑さも徐々に和らぎました。明かりを灯す時分になると、学友たちは一同に集い、法三章、政治談議、はたまた鬼神妖論の類まで話に花を咲かせました。真偽を織り交ぜた文人としての趣味によるものでしたが、談議はいつも盛り上がり、小事に拘らず、世の中に対する憤りを持つ今時の若者たちですから、遠慮もありませんでした。興の向くまま、晋代の嵆康(けいこう)や阮籍(げんせき;いずれも竹林の七賢のメンバー)らの賢者を褒めそやし、当世の国賊や禄盗人をこき下ろし、不満をぶちまけ、憂さを晴らしました。

しかし、しばらく経つと、この事は宗学の総監の知るところとなりました。総監は誠実で、皇室のために一心に働く人物でした。教育を施し、学生たちに法を守らせ、忠義の心を持って皇帝に報いることを旨としていました。自分の右翼宗学でこのような事が起こったと聞くと、もみ消すに越したことはないと思いました。この件の調査で別の案件が明るみになり、宗人府(明・清時代に、皇族(宗人)を監督した官庁)に弾劾されることも懸念し、急ぎ人を遣って首領が誰であるかを密かに調査させました。

そして、談合場所が宝玉の寝室であったことが判明し、当然、彼が首領と見なされました。

総監はすぐに宝玉を呼び出しました。宝玉は公文書を書写していましたが、何事かと思い、急ぎ筆を置いて、総監の書斎に出向きました。

総監は宝玉を立たせたまま、青ざめた顔で厳しく詰問しました。「君が賈宝玉かい? 大層なことをしでかしてくれたね! 公然と朝廷を誹謗中傷するような議論をするとはね」。 宝玉はこれを聞くと、びっくりして飛び上がり、「夜も長くなってきましたので、講義が終わってから数名の学友と集まり、詩文を解釈したり、賦を詠み、学問に励んだに過ぎません。朝廷を誹謗するなど思いも寄らぬ事でございます」。 総監は怒りで目を見開き、机を手で叩いて怒鳴りつけます。「まだしらを切るか! 巷では、ここが『東林書院』になると噂されているんだぞ! 私があずかり知らないとでも思ったのか? お上に知られ、罪に問われでもしたらとんでもないことだぞ! 他言無用だが、ここに二串の銭を用意したから、持って帰りなさい。ここにはもう来なくてよい」。

【補注】東林書院
宋代に江蘇省無錫に開かれた学塾で、明末に反政府思考を持つ在野の知識人たちがここに集まって時勢を論じ、政治勢力を結成して東林派と呼ばれました。一時中央政界を支配しますが、宦官の魏忠賢 (ぎちゅうけん) と結んだ非東林派と争って敗れ、この党争が明朝没落の一因となりました。

宝玉がなおも話そうとすると、突然、焙茗が駆けてきて、大声で叫びました。「二の若様、早く家にお戻りください! 奥様が出産されそうですが、あまりよろしくありません」。 宝玉は総監にせせら笑いをし、その金を受け取って袖に入れ、焙茗と共に家に帰りました。

宝玉が見ると、宝釵はベッドに横たわり、汗をびっしょりかき、うめき声をあげていましたので、慌てて焙茗に尋ねます。「産婆を呼んで来れないのかい?」 宝釵は首を振って、「呼ぶ必要はありません。まだしばらくは我慢できますから」。 麝月と鴛鴦も、「何度か発作を起こしましたが、二の奥様はよく耐えていらっしゃいます。今薬を煎じております。ただ子供がなかなか下りて来ませんので、やはり産婆を呼ぶべきでしょう」と言い、宝玉も「早く呼びに行ってくれ!」と繰り返し叫びます。

焙茗がなおももたもたしているので、宝玉は催促し、「どうして行かないんだ? 妻がこんなに苦しんでいるのが分からないのか!」 焙茗は、「昨日は油や塩を買うお金さえなかったのに、どうやって産婆を呼ぶんです?」 鴛鴦はこれを聞くと、急いで部屋に行き、箱から衣服を取り出して来て、「まだほとんど新品ですから、すぐにこれを売って呼んで来てください」。 焙茗は「間に合わないかもしれないよ」。 鴛鴦は「間に合わない時には、柴やお米に換えて来て!」 宝釵は痛みで汗が止まりませんでしたが、それでも話を遮って、「売りに行くことはないわ。私は我慢できますから」。 宝玉は宝釵があまりに苦しそうなので、部屋の中を右往左往し、大粒の汗をかいていました。

そこへ都合良く、蒋玉函と襲人が見舞いに訪れ、百両の銀子を差し出しました。宝玉もあえて辞退せず、焙茗に早く産婆を呼んでくるように言い、蒋玉函を外の部屋に通しました。

襲人はすぐに部屋に入り、宝釵のベッドの前に来て、宝釵があえぎながら呻き声をあげているのを見ると、急いで慰めます。「奥様ご気分はいかがです? もう少しで楽になりますから」。 宝釵は呻きながら、「だめ、お腹の中の子が動いていないみたいなのよ」。 一同は皆、「そんなことはありません、お子様も疲れているのでしょう」。

宝玉は声を上げて泣き出し、「別れて数年、ようやく会えたのに、まともに話す時間も取れないとは残念です。また改めて、会う機会をもちましょう」と言って拱手し、蒋玉函は立ち上がります。襲人を世話をさせるために残すと、宝玉に別れを告げ、騎乗して立ち去りました。

そこへ焙茗が、産婆を連れて戻ってきました。誰もが救われたと思いました。その産婆は巫女も兼務している者でしたが、門を入ると、「この部屋は鬼気に満ち溢れています。血まみれの鬼をひょうたんに取り押さえれば、子供も生まれてまいりましょう!」と言って、一杯の水を持ってこさせ、宝剣と紙銭を取り出し、口の中で念仏を唱え、部屋中を飛び跳ねました。宝釵はますます呻き声を上げ始めました。

産婆は部屋の隅まで跳ね回り、腰から赤い布を取り出してひょうたんの口を塞ぐと、喜色満面に、「奥様、お喜びを! 血まみれの鬼は既に捕え、ひょうたんに封じました。大口を叩くわけではありませんが、一刻も経たずに男の子が無事に生まれて来られましょう。若様と奥様にはおめでとうございます!」

その時、襲人が声を上げます。「ああ、良かった。子供が出てきましたわ、男の子です!」 産婆はこれを聞くと眉を吊上げて、「いかがです? 鬼を捕らえなければお子様は出て来られましたか? 私のこの宝剣は元は老子様から賜ったもので、手に取れば必ずや獲物を捉え、実に霊験あらたかですぞ!」 産婆が誇らしげに話していると、麝月が子供を抱いて泣き出します。産婆が見ると、子供は死んでおり、宝釵は昏倒していました。一同が泣いている混乱に乗じて、産婆は部屋を飛び出し、机の上の茶碗を二つ引ったくって出て行きました。

一同は産婆に構わず、宝釵を囲んで大声で叫びました。ようやく宝釵が目を覚まし、襲人が急いでお湯を持ってきて飲ませると、宝釵はわっと泣き出しました。

宝玉が見ると、男の子の容貌は自分に似ており、日の光を見ず、一声も発することなく亡くなったことを思うと、心は剣で刺されたよう、涙が顔中に流れました。襲人はこれを慰めて、「二の若様、奥様、お気持ちを強くお持ちください。坊ちゃんは亡くなりましたが、来年またご懐妊なされ、お産みになられれば同じことです」。 宝玉は宝釵が非常に悲しんでいるのを見て、自分が泣くわけにもいかず、焙茗に子供を埋葬するように言い、また、宝釵のために鶏と魚を買ってくるように頼みました。

襲人も二日間滞在し、宝釵が飲食をして次第に元気になっているのを見て、さらに半日慰めてから別れを告げました。宝釵は頷いて、「妹妹にはお世話になったわね。妹妹がいなかったら、私たちは母子共に死んでいたかもしれないわ!」と言って、また泣き出しました。襲人も目を赤くして、「奥様、あまり思い悩まれませんように。襲人は若様と奥様の温情を生涯忘れませんし、時間があれば会いに参ります。奥様に日一日と良くなっていただくことが襲人の幸せですから」と言って、宝釵に一礼し、宝玉に別れを告げました。

宝玉は襲人の手を取って、「この二日間、あんたには助けてもらったし、銀子も届けてくれた。私たちは困窮しているけど、あんたと蒋玉函君が援助してくれる。帰ったら玉函君によろしく言ってくれ。折角来てもらったのにお構いもできなかったからね」。 襲人は、「それは構いませんけど、次はいつ来られるか分かりません。二の若様は、このところ随分お痩せになりましたから、もっと体に気をつけないといけませんね」と言って目を赤くし、名残惜しい気持ちになりました。宝玉も別れがたく思っていましたが、日も暮れてきて、町を出られなくなることを心配し、駕籠に乗るように促しました。


さて、鳳姐はといえば、小花枝巷の家に戻って以来、賈璉は鳳姐に対して冷淡で、構おうともしませんでした。幸い、巧姐は孝行者で、毎日鳳姐のことをあれこれと気を配ってくれ、薬湯を煎じ、お茶や水を運び、時には優しい言葉で慰めてくれたので、鳳姐はずいぶん気が紛れました。

巧姐が嫁に行ってしまうと、鳳姐は気が抜けたようで、日々巧姐を思い、気がくさくさして面白くない毎日を過ごしていました。

邢夫人も鳳姐には距離を置き、あまり口を出そうともしませんでしたが、平児をは義理の娘として可愛がりました。鳳姐は賈璉と話をしたかったのですが、賈璉は取り合わず、大小のことは全て平児と相談し、夜は平児の部屋でのみ休みました。鳳姐は孤独を感じ、一日過ぎるのが一年のように感じ、再び病気になっていきました。

平児は心根が優しく、鳳姐の食事量が減ったのを見ると、こっそりと賈璉に、医者に診てもらいたいと相談しました。賈璉はこれを聞くと激怒し、平児を叱りつけ、「馬鹿も休み休み言え! 我が家は暮らすのにも精一杯なのに、どこに薬を飲ませる金がある? あいつは大丈夫だ。具合が悪いふりをしているだけで、大した病気ではあるまい」。 これには平児もどうしようもなく、それ以上何も言えませんでした。鳳姐にあまり構うのも憚れるものの、鳳姐の怒りをかって病状が悪化することも心配していました。

その日、紅玉は鳳姐が病気になったと聞き、菓子を持って見舞いに来ました。鳳姐は一目会うなりポロポロと涙を流し、「あんたはやっぱり良い子だね。まだ私のことを思ってくれていたんだね。この家には新しい奥方がいて、私は人としてさえ扱ってもらえないのよ。前世でどんな罪を犯したのか知らないけど、生まれつきの病気がちでね。夫は新しい妻に夢中で、私が病気になったってお構いなしなのよ」。 紅玉は、「奥様は心を広く持ち、あまり余計なことを考えないでください。そうすれば日一日と良くなりますわ」。 鳳姐は、「心を広くなんかできるもんですか。今は薬を飲むお金もないし、ほかのことは言うまでもないわよ」。 紅玉は、鳳姐の話を聞くと、携えた一錠の銀子を取り出し、鳳姐に手渡しました。「奥様は病気になられたんですから、このお金で医者に診てもらってください。奥様が獄中にいらっしゃったので、家の取り仕切りをされる方がおられず、伯父上様は平の奥様を正妻になさったのです。これも人情の常です。平の奥様は平素からとても良い方ですし、もともとは奥様の侍女です。まずい理由などありましょうか? 奥様は心を強く持つべきですわ!」 鳳姐は頷きます。紅玉はまたしばらく慰めてから立ち去り、邢夫人や平児に会いに行ったことは省きます。

鳳姐は、紅玉が持参したものを開け、少し食べると元気が出て来ました。ちょうど賈璉が戻ってきて、ため息をつき、商売ができず、米を買う金さえない、一家でどうして暮らしたものか、とこぼしていました。机の上に点心が二つあるのを見ると、すぐに「誰が持ってきたんだ?」と尋ねます。平児は、「紅玉さんが奥様の見舞いに来ました。その点心は母上様とあなたの分です。母上様はあなたがお帰りになってからいただくと仰いました」。 賈璉は、「ならば、町に持って行って食料に換えてこよう。あの子は何か持ってきたんだろうからな!」 平児は敢えて何も言いませんでした。

賈璉は鳳姐の部屋に入り、鳳姐が一人で起き上がっているのを見て、「紅玉があんたに会いに来たのか?」 鳳姐は「あの子は旧情を思い、私を気遣ってくれているのよ」。 賈璉が「銀子を持ってきただろう?」と言うと、鳳姐はびっくりして、「銀子って何? 菓子を二つ持ってきただけよ。ちょうどお腹がすいていたから食べてしまったわ」。 賈璉は嘆じて、「あんたは家事をしないから、私たちの大変さが分からないんだ。嬢ちゃんが行ってしまってから、うちでは平の奥さん一人の針仕事だけ。いくら稼げると思う? 炊く米もないんだ。紅玉は旧情を思い、来る時はいつも銀子を持ってきてくれる。今回はあんたに会いに来たんだ。いくらかもらったんだろう? 柴や米を買わないと、この苦難を乗り切ることができないんだ」。 鳳姐は頑なに、銀子などもらっていないと言い張ります。

邢夫人は聞き流すことができず、部屋に入って来て言いました。「私はこの目で、あの子があんたに一錠の真っ白な銀子を渡しているのを見たんだよ。今や一家の危機なのに、あんたはどうしても渡してくれる気がないのかい?」 鳳姐はそれでも拒絶し、「あの子は私に会いに来たのよ。私は今病気でお金がないの。どうしてあなた方に渡さないといけないの?」 賈璉はこれを聞くと怒りが爆発し、鳳姐を指さしますが、うまく言葉になりません。しばらく経ってから、ようやく、「分かった、分かった。もうこの家ではあんたを奥方として置いておくことはできない。さっさと出て行ってくれ! あんたに離縁状を渡すから、金陵の実家に戻りなさい」と言って、あたふたと部屋に戻って離縁状を書き、鳳姐の前に差し出しました。鳳姐は本当に賈璉に離縁されるとは思わず、恐怖のあまり地面に倒れ、叫びました。「いっそ私を絞め殺してちょうだい! どうして私が離縁されるの?」

平児は騒ぎが大きくなっているのを見て、急いで鳳姐を扶け起こし、賈璉を諫めました、「日ごろから、あなたは離縁すると仰っていましたが、ただの冗談だと思っていました。こんな騒ぎを起こされるとは。本当に離縁されるなら親戚の方々の笑いものですわよ! みんなで一緒にやっていきましょうよ!」

しかし、賈璉は頭に血が上っていて、平児の忠告も聞こうとしません。鳳姐を指差して罵り、「このあばずれに聞いてみろ。本当にやっていけると思っているのか? 離縁しないと、うちの家には平穏な日が来ないんだぞ。今後、あんたはどれだけ窮屈な思いをし、どれだけ涙を拭うつもりだ! どうしてこいつを庇おうとする?」と言って、平児を押しのけ、再び頭を返して鳳姐を指差し、「いっそのこと、全て教えてやろう! 今お前を離縁するのは私のたっての願いだ。理不尽に亡くなった二姐の敵討ちだ。二姐はあれほど善良な子でありながら、お前に受け入れられず、死地に追いやられたんだからな! 私の子孫を断ち切ることになったんだぞ!」と言うと、思わず窓の外を向いて天を仰ぎ、大声で叫び始めました。「二姐よ、見てくれたか? 今日こそこのあばずれと離縁し、あんたの仇を討ったぞ! 天国にいるあんたの御霊に捧げよう! 今、こいつはあんたより落ちぶれたぞ! 笑ってやれ! あんたは優しすぎたんだ。私がやっとケリを付けてやったぞ!」と言って、とめどなく涙を流しました。

これには鳳姐と平児も呆然とし、事態を飲み込むまでにしばらく時間を要しました。平児は鳳姐を扶け、恭しく三回叩頭し、涙を流しながら、「奥様、お体を大切になさってください。平児はこれより奥様にお仕えすることが出来なくなりました」と言うと、部屋に戻り、戸を閉めて泣きました。

鳳姐は、ようやく夢から目覚めたようで、賈璉は長い間恨みを抱き続け、ずっと離縁する気持ちを持っていたことを知り、既に挽回は出来ないことを知ると、あのようなことをすべきではなかったと深く後悔しますが、しばらくすると逆に冷静になりました。その離縁状を受け取り、「悲しまないでください。私たちは夫婦だったわけですし、娘もいます。明日までに支度を調え、もう一度娘に会ってから金陵に帰ります。あなたは平の奥さんと仲良くお過ごしください!」と言うと、賈璉に深々とお辞儀をし、涙をこらえて荷物をまとめ始めました。 賈璉はむかっぱらをたてて出て行きました。巧姐はこれを聞いて戻ってきて、鳳姐と抱き合って痛哭し、いささかのお金を渡し、支度の手伝いをしました。この後どうなるかお知りになりたければ次回をお聞きください。


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