もし事故死なら地層が観察される地方の県警から身元調査の依頼があると思います。音無家が中野にあることは、「配達された一枚の葉書」からほぼ確実なので、病院に到着するまでには時間がかかってしまい、身元確認は霊安室で行われることになります。着の身着のままという訳にはいきません。また遠方に行く準備が必要だと思います。響子の「だってそんな」という言葉の意味も説得力がありません。従って事故死説は却下されると思います。
また折衷説にも疑問の余地があります。「子供のいる情景」では、響子の母が三鷹に盲腸や糖尿病の心配をしています。しかしそのような病気に合併症があったとしても、突然死ぬことは考えられません。盲腸の場合、考えられる合併症は腹膜炎や腸壊死ですが、これは、じわじわと死に至るもので、家族に知らされないまま突然死に至るとは考えられません。また糖尿病にしても、心配されるのは低血糖ですが、これも糖尿病と診断されれば、頓服の一つや二つは必ず携行している筈です。糖尿病と診断された人が頓服を忘れるなどということは、余程のことがない限り、考えられません。従って折衷説も却下されると思います。
一方、純粋な病死説の場合、例えば学校で突然死した場合、近所の救急病院に担ぎ込まれることが予想されます。その時は取るものも取り敢えず、病室に直行することも可能と思われます。しかし惣一郎さんの性格からすると、過労死とは思えません。そんな人が突然死すると考えられるでしょうか?
私がその死因として考えるのは、肥大性心筋症です。肥大型心筋症は原因が不明で、自覚症状がないまま、突然不整脈になり死に至る病気と聞いております。惣一郎さんは、この病いだったのではないでしょうか?自覚症状がないため、健康診断でも精密検査をせずに発見されず、自分でも知らず知らずのうちに病に犯されていた可能性があります。それが何らかの原因で発作を起こし、職務中に突然死した。響子の「だってそんな」という言葉には、今朝まで元気に学校に行っていた人が死ぬ訳ないとでも言いたげな様子がありました。
肥大型心筋症は24時間以内に死に至る病気と聞いています。私の友人もこの病気で突然死しました。元気な時は山登りをしていたのですが、帰り途、急に気分が悪いと言い出し、数時間後には帰らぬ人になりました。救急車で運ばれた山麓の病院で、突然死とはこういうことをいうのだと実感しました。だから惣一郎さんの場合も、肥大型心筋症の可能性が考えられます。「子供のいる情景」で律子が持病を気にしていたのも、盲腸や糖尿病という身近な病名を言ってはいましたが、実は肥大型心筋症のような病気がないかと三鷹に尋ねたかったんだと思います。
皆さんは、如何お考えになるでしょうか?
病気については全く素人ですので何も言えませんが、腸閉塞や急性腸炎で重体に陥ることもあるようです。また、病院の医療ミスが報道で報じられるのは決して昨今のことではありません。
改めて、「入院→病死」というバイアスで(こればっかりですが…(^^; )ストーリーを眺めてみると、「やっぱり惣一郎氏は入院して、病死したのかなぁ」と思えてくるから不思議です。
響子の父「現に惣一郎はあっというまに死んじまったじゃないか。もっとイキのいい若いもんを選べばよかったのに。」
三鷹「は… 病気…?」「ごらんの通り、いたって健康ですが。」
響子の母「いえ、そーじゃなくてね、ほら 体質で、必ず盲腸になるとか糖尿病になりやすいとか…」
さらには
響子「パパに似て健康なのよねー。」
までが死因に関して一方向(病死)を指しているんではないかと。
あと、五代が骨折で入院したときの響子さんの手際の良さ(惣一郎氏が入院したときに経験済み)とか。
真実はいずこ…? (^^;
で、問題は響子さんの母のセリフです。結婚話を持ち出すのに、いきなり健康状態を聞くのも確かにただ事とは思えませんが、それ以上に「必ず盲腸になる」家系だと何が問題なんでしょう???
ふと思ったのですが、惣一郎さんは盲腸で入院している最中に、何らかの病気が併発して亡くなったということは考えられないでしょうか? その記憶、或いは響子さんへの配慮から、響子さんの母は「盲腸はいかん!」と…
私は「病室」で面会しているので、惣一郎さんは入院していた可能性が高いと思います。もし、事故か突然の発症で病院に搬送されたなら患者は病室ではなく(救急)外来処置室で診療を受けるはずであり、小康を得るまで病室に移される事はないでしょう。
もちろんこれも病院側の施設の状況にも因りますので一概には言えないですが…
ついでに…。
死因不明の屍体の場合行われる解剖の多くは行政解剖です。司法解剖は犯罪性が認められる場合のみ行われるものです。
ちょっと不思議に思われるかも知れませんが、病院への搬送中に救急車内で死亡する事はまずありません。これは、死亡を宣告するのが医師に限られているためで、多くは病院に着いて蘇生を試みそれが不可能と判断された時点で死亡が宣告されます。(心肺停止で到着しても心肺蘇生を行うと復活する人もいます。)ですから病院到着後すぐに病理解剖が行われる事はまずないですし、病理解剖を行うとしても遺族の承諾書が必要なので、解剖前に遺体に対面できるはずです。
もう一度読み返してみると、響子さんが例の日記を渡されたあと、読み始めるときの心境は
「惣一郎さんの方は、いつから あたしのこと意識し始めたのかしら………」
でしたよね。日記は故人の内面の記録ですから、惣一郎氏の死因に関して響子さんが負い目を感じていたとすれば、ここでの反応は全然別のものになっているはず。
また、学業関係(学校内)での死亡であれば、同僚が付き添うのが自然ですから、「私生活上で」かつ単独行で突然死亡したとも考えられますね。
脳卒中というには年齢が若過ぎる気がします。やはり「事故死」かつ即死ではない状況が考えられます。
頭部(脳)に致命的なダメージを受けたというのが分かりやすいと思います。
仮に、頭を強く打って意識不明の重体になった場合、集中治療室で脳波の検査を受けることになろうかと思います。しかし、手の施しようがなくなった場合、臨終は病室(個室)で迎えるのかもしれません。
病院関係者の方のコメントをいただきたいところです。
たとえばストーリーとしては、
「惣一郎は、自身の趣味である地層観察(化石採取)に出かけた際、不注意で足を滑らせて岩場から転落した。地元の住民の通報により病院へ搬送されたが頭を強く打っており、同日死亡した。」あたりは十分考えられそうです。平山さんもひょっとしてこの線ですか?
この線でもう少し思いを馳せると、「桜の下で」で、響子さんがすすり泣きしながら見ていた遺品、実は文字通り惣一郎氏が最期まで身につけていたものかもしれません。特にハンマーは…。転落事故という仮定ですと、眼鏡が無傷なのが気になりますが…。
惣一郎さんの転落死については私も全く同じことを考えていました。惣一郎さんらしいといえば、らしい死に方かなと(不謹慎)。
遺品の件は気がつきませんでした。ただ、地層観察にネクタイしていくかどうかは疑問ですけど…
で、裏付けできそうな資料を探しているのですが、なかなか見つかりません。
推理小説の題材として、「自殺扱いであれば死後の処置が簡易(司法解剖されない)なため、犯人はそのように見せかける」という話があったように思うのですが、手元に本がありませんので…。
上記の死因の候補で「自殺」が全く採り上げられていないので、私自身もこの説(今さっき思いつきました)に戸惑っているところです。
明確な反証がありましたらぜひお願いいたします。
で、この線で少し考えを進めていきますと、
・響子が買い物で外出中、惣一郎氏は「何らかの方法で」自殺を図った。
場所は任意ですが、「自宅」という可能性はあります。
・直ちに病院に運ばれたが、処置の甲斐なく死亡。
・その直後、響子ら家族は病室で遺体と対面。
という可能性が出てきます。
さらに考えを進めて、「なぜ自殺するに至ったか(動機)」ですが、
(1) 仕事上の悩み
(2) 持病を苦にして
あたりが考えられます。
---------------------------------------------------------------------
以上を「先入観」として「めぞん一刻」のストーリーを振り返ってみると、いろいろと見るポイントが変わってきます。たとえば、
・響子の口癖「がんばってくださいね」が、悩みを抱えて一人苦しんでいる惣一郎氏の重荷になったとしたら?
・惣一郎氏の姉「あら、おとうさん、惣一郎ははね、どんなに悩んでいても食欲だけは影響のない子だったんですよ」は、裏を返せば普段から何か悩みを抱えていたのではないか?
・なぜ音無老人は惣一郎氏の日記をしばらく響子に見せなかったのか。「三年もたてば、あんたも冷静に読めるだろうしね。」の真意は?
・遺書は残されていないようであるが、もしそれが遺族、特に響子に対する最後の「優しさ」であったとしたら?
これはこれで一つの「物語」になりそうな、非常に重いテーマですネ。
また、高橋留美子先生は五代の教育実習の話で夏目漱石作「こころ」を採り上げていますが、これは偶然の一致なのかどうなのか…というのは深読みのしすぎですね。ちょっと脱線しました。(^^;
あくまでも私見ですが、私には、「メモリアル・クッキング」で楽しそうに高カロリーのニラレバ炒めを作っている響子の姿を見ると、惣一郎氏が食事制限に関わる病気で亡くなった(定説)とはどうしても思えないのです。
内臓疾患を持っていれば、たとえ減塩などの処置を取ったとしても、とてもあのような料理は食べられない。もし自分の作った食事が夫の死を早めたとしたら、とても笑顔であの料理を作ることはできない、と考えてしまうのです。
また自宅で亡くなったなら、病院に運ばれる時に、付き添いがつくのではないでしょうか?
惣一郎さんが死亡(または危篤)の連絡が入った時、音無老人、郁子とその母は揃って家にいました。郁子の父は病院にはいませんでした。音無老人と郁子の母が揃って響子さんの帰りを待っているという状況は不自然だと思います。
やはり惣一郎さんは「外」で倒れ、響子さんが帰る寸前に病院から電話があったという状況、と見るのが自然でしょう。
確かに惣一郎さんは内臓疾患を患っていたとは思えないほど元気ですよね。死因が病気の場合、やはり内蔵疾患ではなく脳卒中だろうと思います。個人的には「事故死」の方に心が動いています。病室の件が説明できるかどうかが問題ですが。
惣一郎さんが当時入院生活を送っていて、症状が突然悪化して亡くなったとも考えられますが、響子さんは全く予期していなかったと見受けられるため、事故か病気で病院に担ぎ込まれたと考えた方が自然だと思います。
まず、交通事故で即死の場合は警察の霊安室に、原因不明の場合(含病死)は司法解剖のため監察医務院に運ばれるようです。
次に、病院への搬送途中に救急車の中で亡くなった場合、病院到着後に病理解剖をし(医師が死因を確認してないため)、霊安室に運ばれます。いずれも病室での対面はあり得ません。
つまり、病院に担ぎ込まれた時には息があって、響子さんたちが到着する前に亡くなったことになるわけですが、霊安室でなく病室で遺体と対面するのはどういうケースが考えられるのでしょうか?
ところで、「一刻館の思いで」で指摘されておりますが、響子さんは「病室」で惣一郎さんの遺体と対面しています。ならば病床で亡くなったことになり、事故死は苦しいかなと思うのですが…
このへんの事情は疎いので自分もよく分かりません。もう少し調べてみます。